第十話 Duo
ディースの予約した宿で、小一時間ほど休んでいると、グレイから連絡が入った。
「今しがた其方に到着した。敵性機体の最速到着予測まで二時間程だ」
随分とコイツ等が来るのも早かったな。まさかとは思うが……。
「アンタ等、師匠達が此処を狙ってくるのを分かってたのか?」
「……」
「おい……」
「話してあげたら? 彼ももう、関係者なんだから」
グレイの後ろから現れたベアトリクスが、グレイを見上げながら口を開いた。
「そうか。そうだな。
……今回お前が運んだ物は、お前が乗っていた機体のコアブロック。ポラリスが搭載されていた部分を修復したものだ。
フィリア達はそれを狙って来たという事だ」
「修復って、成功したのか?」
俺の問にベアトリクスが首を横に振る。
「全然ね。ただ、アレがどういう思想で造られたものかは分かったけれど……全く、反吐が出る」
秀麗な顔を苦々しく歪め、ベアトリクスは口端を噛んだ。
「アレは、徐々に操縦者の精神に影響し、融合していき、やがて一つの人格を作り出す」
人格? 融合? 何を……。
「それによって構成されるのは、かつてフィリア・シャルンホルストと並び称された猟兵にして、唯一の相棒だった、ザイン・アルベールその人の人格よ」
「ザイン・アルベールって、俺のなま――」
「このグレイこそ、ザイン・アルベール本人なのよ」
「――え」
ベアトリクスが話した事が、理解は出来ても受け入れる事が出来ず、俺は間抜けにも口が開いたまま呆ける。
「フィリアは、俺の遺伝情報から造り出した
「じゃあ、俺は……俺達は」
ザイン・アルベールという名が、
「俺を……なんだと思ってやがる……!」
俺は俺だ。俺なんだ。グレイでもザインでもない。
それならいっそ、犬の方がマシだ。
「フィリアを、倒せ」
グレイが初めて俺の目を見つめる。
「フィリアを倒して、終わらせろ。そして始めるんだ。
「アンタ……」
「時間だ。往くぞ」
踵を返すグレイの背は、これまでと同じく、遠く、そして大きいものだったが、少しだけ、少しだけ頼もしく、優しく見えた。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
俺達が都市部から少し離れた荒野に展開したところで、間もなくそれは現れた。
曇天を飛ぶ二機のマーシレスフレーム。
一機はかつて俺が乗っていた機体と同型……砲戦使用になっているのか、大口径ライフルを携え、大腿部にアサルトライフルを二丁格納しているのが見て取れた。
そしてもう一機は、純白の騎士を思わせる鋭利なデザインの機体。
一見武装が無いようにも伺えるが、鋭利な装甲の隙間にこれでもかという程の武装が隠されている。
主に、対MF戦仕様に特化されたその機体に過剰な火力は必要無く、敵機を屠る事のみを追求されたその機体は、操縦者の技量と相まって、先駆者という意味を持つ、ハービンジャーという名を与えられた。
「久しぶりだな。ザイン」
「……」
拡声音声で外部に届けられたその声には、様々な感情が込められているが分かり、彼女の言う
「つれないものだな。かつてはあれ程に蜜月を深めた仲だというのに」
「黙れ。ストーカーが」
「「ストーカー!?」」
グレイの言葉に、俺もベアトリクスもついぞ反応してしまう。
「……その声、三十六号か? 生きていたとはな」
三十六号という、耳馴染みの無いその呼称が俺の事を指しているというのは嫌でも分かった。
「お前の事は、これまでの素体の中でも割と気に入っていたのだがな。
だが、要らぬコトまで、
「師匠、アンタ……!」
「乱されるな。フィリアの術中だぞ。それに、アレは倒すべき敵だ。馴れ合うな」
グレイの言葉に、器用にもフィリアが機体を操作し、ハービンジャーの肩が竦まった。
「やれやれ。君がそんなだから、私は、私の理想のザインを造らざるを得なくなったというのに」
フィリアの言葉に、グレイは沈黙で答えた。
もはや確認を取るまでも無いが、師匠は……フィリア・シャルンホルストは、グレイに対して執着めいた感情を持っている。
グレイの言ったストーカーという言葉がそれを指しているのは明らかだ。
「それよりも、来襲の目的を聞こうか」
「目的? シラを切るなよ。お前達が私の大切なポラリスを復元しようとした事は分かっているし、それをお前達の後ろの街に運んだ事も分かっている。
まぁ、まともに修復できるとは思っていないが、万が一もあるしな。是非返してもらいたい」
「
「何を? 分かるだろう。まさか、本当に君を造る為だけに造ったとでも思っているわけではあるまい」
「やはり、そういう事か」
グレイは深い溜息を吐きながら、そう言った。
「明察だな。君の人格を素体に上書きできるという事は、他の者の人格も上書きできるという事。つまり……現在の優秀な人間のみの人格を保存し、素体に上書きしていく事で、優秀な人材の永久的なリサイクルと確保が可能というわけだ。
ただ餌を貪る豚のような無能な者は、もはや世界には不要な時代が来る。
人は、人類種はポラリスによって導かれ、次のステージに至るんだよ」
――なんだ。なんだよそれ。それって、
「だがまぁ、まだ実験段階でね。物資の限られた今のこの世界では、壊れたといえ貴重なんだよ。だから返してくれないか?
返却してくれるのなら……そうだな。そこの三十六号の処分だけで済ませてやろう」
「――っ!」
なんにせよ。俺は殺すってか。
「断る。こいつは、俺が引き取った」
「……ふぅ。元の所持者は私だよ? まぁ、私が君の遺伝情報から造ったから、ある意味では我々の子とも言えるか。ともすれば大概の場合、親権は母親にあるものだろう?」
「下らないジョークに付き合うつもりは無いが、どうもこの孤児は、母親に問題があるようなのでな。返すつもりは無い」
「オッサン……あんた」
「――問答は終いだ。いくぞ。ベアトリクス。ザイン」
グレイの言葉に、フィリアともう一機の空気が変わるのを感じた。
「残念だよ。ザイン。君と戦うのは本意では無かったからね。
では、こちらも往くとしようか。
「何……!?」
「ふ、聞くなよ。分かるだろう?」
まさか、フィリアは、ポラリスで自分を……?
「戦慄しろ。先駆者と呼ばれたこの技巧。君達に二重奏でお届けしよう」
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