第九話 A Dog's Way of Life



「よし。じゃ行ってみようか。ザイン」


「了解」


 ――この首輪が付けられてから、もう三週間が経った。

 俺は犬が芸を仕込まれるが如く、一日おきにあのオッサンとの模擬戦を繰り返している。

 結局一度もあのオッサンに勝てては居ないが、オッサンと自分の戦い方の感覚に変化が生まれているのは肌で感じるものがある。

 あのオッサンは……おそらく、俺を鍛えているんだと思う。

 そして、その先に考えている事もなんとなく、感じている。それについては、俺には全く理解ができないものだが、所詮憶測だし、詮索をするつもりも無い。


 オッサンとの模擬戦が無い日は、単独任務に出される様になった。

 大概が物資の輸送の護衛だったのは解せないが、この首輪がある以上、俺の生命はラヴィーネあいつらに握られているようなもんだ。

 それでも、俺が裏切ると思っていないとも思えない。物資の近くに俺を単独で置くというのは、あいつ等にとっては危険な筈だ。

 それ程にこの世界では、物資は貴重なのだ。

 世界の大部分が汚染された現在となっては、食料品ですら、天然のものは少ない。

 大概が地下プラントや汚染されていない地域でのみ栽培された麦などの穀物を原料とした合成食料が一般的だ。

 酒や珈琲なんかも、そういう味を再現されたである事が殆どだ。

 まぁ、かくいう俺も天然モノの食料なんか口にした事は無いが。

 電力に関してだけは、汚染地域でも発電可能な為、問題無いが、その他の資源は常に切迫している。


 そんな状況で、物資輸送に俺を付けるってのは、


「踏み絵か、それともよっぽどのお人好しバカか……ってか」


「キミを信頼してるっていうのは選択肢に無いのかなぁ?」


 俺の独り言が聞こえたのか、ディースが心にもない軽口を叩いてくる。


「フン。オメーが一番信用できねぇんだよ」


「傷付いちゃうなぁ〜もう。ベアトリクス、慰めてくれるかい?」


「死になさい」

 

「酷!」


 生理的にベアトリクスも受け付けないのか、ディースを軽くあしらっている。

 ――あの女、ベアトリクスは、俺がオッサンに鹵獲された任務の時に僚機としてアクア・レリストという機体に乗り、任務に参加していた、ベアトリス・ルメールという猟兵と同一人物との事だった。

 つまり、俺は最初からコイツ等に狙われていたって事だ。

 まぁ、コイツ等の狙いが、俺だったのか、エクスパシオンだったのか、それともポラリスだったのかは分からないが、俺は実際、コイツ等の犬にされている事に変わりは無い。


「ザイン。周囲に異常は無い?」


「あぁ。熱源もねぇし、違和感も感じねぇよ」


 ディースに変わって確認を取ってきたのはベアトリクスだ。

 物資輸送の場合、頻繁に海賊行為を行う猟兵崩れと遭遇するもんだが、コイツ等の輸送ルートで賊と遭遇した事は無い。

 輸送ルートが良いのか、コイツ等が何者か分かっているから手を出さないのか……どっちにしても、ラヴィーネがまともじゃねえ事は確かだ。


 ――まぁ、今の俺がそんな事を気にしていても仕方無いってもんだが……。


 ポラ公にブッ殺されかけた事を考えれば、機関に戻ったとしても、俺は処分される可能性が高いだろう。

 今になってみれば、あの任務の途中から機体が操作できなくなって、ポラリスに制御を完全に奪われたのも、もしかしたらグレイのオッサンと俺を接触させたくなかったのかもしれない。

 となれば、機関……いや、師匠も、俺が生きている事を知れば殺そうとして来る――とは、思いたくもねぇが、実際はその可能性もある。

 つまり、皮肉にもポラリスに殺されかけた時点で、俺は捨て犬で、その捨て犬に首輪を掛けたのがコイツ等というわけだ。


 帰る場所こそ無いが、俺は意地でも、命を懸けてでも証明しなければならない。

 ザインザインであるという事を。

 レプリカでも、実験動物でも、犬でも無く……俺は俺として死ぬ。それが、今の俺の生きる理由になっている。


 ただ自分が満足して死にてぇなんて、我ながらクソみてぇな人生だ。


「目標地点を補足。物資の搬入後、帰還する」


「了解。お疲れ様……と言いたいところだけど、そこで待機しててくれるかな? 宿は取ってあるから」


「はぁ? 聞いてねぇぞ」


「今しがた情報が入ってね。其処に向かうルートで機関のMFが二機、向かっているみたいなんだ。

 機体識別はUN-0003と、そしてSH-01。

 誰かっていうのは……言わなくてもわかるよね」


「マジ……かよ」


 UN-0003ってのは、俺も以前乗っていたエクスパシオンだ。

 機関の機体だが、シャルンホルスト社にしか配備されていない機体だから、シャルンホルスト社の誰かが操縦しているのだろうが……何か嫌な予感がしやがる。

 

 だがそれより、SH-01といやぁ……。


「師匠かよ……!」


 師匠のワンオフ機、SH-01、機体名ハービンジャー。

 先駆者の名を持つその機体は、余りにも有名だ。


 幼少期より、勇猛果敢で名を馳せた猟兵、フィリア・シャルンホルスト。

 彼女の操縦技術の総てを引き出すべく造られたその機体は、両肩部と両踵に取り付けられた小型の推進器により、回転を主とし、重力を無視したような流麗な動きを可能とする。

 それによって異次元の動きを可能としたマニューバー『処刑人シャルフリヒター』は、未だ彼女以外の猟兵で実現できた者は居ない。


 ――名実ともに、最強の猟兵。


 それが、此処に向かっている。


「今しがた、グレイとベアトリクスも其方に向かわせた。

 本音から言えば、撤収したいところなんだけど、さっきキミが護送した積荷ってのが中々のブツでね。

 奪われる訳にはいかないんだよ。絶対にね」


 積荷の厄介なブツってのも気になるところだが、それどころじゃねぇ。

 

「だが、二機とはいえ敵はおそらくししょ……いや、フィリア・シャルンホルストだぞ! いくらあのオッサンがバケモンじみてるとしても……」


 あのオッサンなら、グレイなら、勝てる……かもしれない。

 どちらとも戦った事のある俺なら、なんとなくわかる。

 フィリア・シャルンホルストも、グレイも、俺相手には本気の片鱗すら出していないのは、自分で分かる。

 ――が、フィリアの例のマニューバー。『処刑人シャルフリヒター』の空中無限軌道ですらも、グレイなら反応できる可能性もある。

 勿論、これは、で感じている僅かな可能性だ。

 だが、僅かな可能性でも、可能性があるという事は活路だ。

 俺が戦場を掻き回して、その僅かな可能性を最大限に引き上げられれば……勝てる。かもしれない。

 実力的にも、俺はグレイとベアトリクスの援護に回る方が勝率も高い筈だ。

 ラヴィーネでの三週間で、俺は自分の実力については身を持って理解らされた。

 だがこれは模擬戦ではなく実戦。

 実戦の方が、実力者は戦術の引き出しが多い事は俺にもわかる。

 気には食わないが、勝つにはそれしか無い。


「あ、そうそう。グレイから伝言だ。『フィリアの相手はお前がやれ』だってさ」


 ……は? 何を言ってやがる……! 勝つ気がねぇのか!? 知り合いだからって戦場で手を抜く人じゃねえぞ! あの人は!


「俺があの人に勝てる訳――」


「断れば、首輪を爆破しろ。……ってさ」


 あっけらかんとディースが伝え、首の近くで手のひらを開き「ぼん!」とおどけてみせる。


 冗談じゃねぇ! どっちにしても死ぬじゃねえか!


「グレイ曰くね。死地においてこそ生物は進化する。らしいよ」


「マジで言ってんのか……?」


「彼は冗談なんか言わないよ」


「く……どうなっても知らねぇぞ……!」


 何がしてぇんだコイツ等……! 積荷が大事なんじゃねえのかよ。


「基本戦術は、ベアトリクスがUN-003と交戦。グレイはキミのサポートに回るってさ。

 ただし、あくまでサポートだから、死ぬ気で戦えって言ってたよ」


「あぁ、クソ! わかったよ! その代わり、俺がフィリアに勝ったら、この首輪外せよ!」


「うん、良いよ。それもグレイに言われてるからね」


「本当だろうな」


「まあ、僕なら嘘を吐くかもしれないけど、言ったのは彼だからね」


 確かに、ディースよりはグレイの方が信用はできる。


 信用も信頼もできねぇが……いや、そもそもそんな高尚なもん、俺とコイツ等には無かったか。

 だったら、精々、


「縋らせてもらうぜ」



 

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