第八話 For me to be me.



「――いつまで、黙りこくって居るつもりだ。戦場で心を乱せば死ぬと、フィリアに教えられただろう」


「分かってるよ」


「ふん。とても分かっているようには見えんがな。まぁいい。拾い物が死のうが生きようが、俺には関係の無い事だからな」


「チッ……」


 グレイと名乗ったあのオッサン。事もあろうに、俺の事を自分のクローンだと言い放ちやがった。

 クローン……意味は、理解る。

 理解るが、とても受け入れる事は出来ない。


『俺は、俺だ』


 自分にとって――いや、この世に生きる誰しもにとって当たり前の事が、否定された。

 じゃあ、俺はなんだっていうんだ?

 なんで師匠は――フィリア・シャルンホルストは、あのオッサンを模して俺を造ったっていうんだ。


 あのオッサンと師匠は、どういう関係で、オレに繋がるってんだ。

 一体、どんな糸が絡み合って俺とこのオッサンと師匠が結びついているのか……。


「――おい。聞いているのか。ザイン」


「あ? あぁ、ワリィ……聞いていなかった」


「……まあいい。もう一度言う。お前の乗機『エクスパシオン』は、統括システム『ポラリス』によって操縦系統及びオペレーションシステム等諸々が破壊された。

 当のポラリスも自壊プログラムを作動させ、データの一切が取れなかった。

 その為、お前が今乗っている機体は、俺が以前使っていた機体だ。

 脳波制御機構こそ搭載しているが、ポラリスの様なサポートは無い。火気のトリガーシステムはフルマニュアル。とはいえ、アームレバーのトリガーを引けば弾は出る。

 精々、脳を回してみろ。では、模擬戦を開始する」


「あぁ。わかったよ」


 あのオッサンの中古と聞くと、嫌な気持ちになったが、不思議とこの機体はどこか懐かしさを感じさせた。

 ――っても、俺には懐かしむ過去も無いらしいが、な。


「オイ、オッサン。始める前に、一つだけいいか」


「なんだ」


「こいつの、この機体の名前を教えろ」


「名前等に拘るんだな」


「うるせぇ。名前は大事だろ」


 ――そう。名前は、大事なんだ。


「機体識別はUN-0000テスタメント。訳あって、機体識別は抹消しているが、そいつは本来、連合の機体だ。お前にも適しているだろう」


「テスタメント……」

 

 確かにUNの識別は世界連合機関のものだ。

 だが、このオッサンはテロリストだった筈……どういう事だ?

 それにテスタメントといやぁ、俺が乗っていたエクスパシオンの二世代前の標準機。

 だが、それは所謂骨董品という訳ではない。


 余りにも機動性能と、脳波制御による稼働限界が高く、オペレーターの操縦技術によって機体性能に差が出過ぎる機体の為、量産に適さなかったとして、制御AIの開発と、次世代機の開発が進められたといわれる曰く付きの機体と聞いている……が、


「聞いていたよりは、良い子じゃないか。お前」


「……」


 自分でもよくわからないが、。という言葉が適切だろう。

 乗ったこともない機体だが、普段乗り回している車を運転する感覚のような、落ち着きと安心感がある。

 これなら――やれる!


「行くぜオッサン!」


 


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「――で、意気揚々と突撃した様が、これかい?」


「うるせぇ。あのオッサンの機体、なんかイカサマ積んでんじゃねえのか?」


 オッサンとの模擬戦を終えた俺に、いけ好かない金髪眼鏡野郎、ディースがしたり顔で話し掛けて来る。


「まさか。グレイの機体もテスタメントをベースにしたカスタム機だけど、基本的なスペックは君の乗っていたテスタメントと大差無いよ」


「嘘吐け! あんな変態機動……普通の人間にできるわけねぇだろうが」


「普通の人間って……君達、猟兵だろ? 全然普通じゃないでしょ」


 チッ、揚げ足取るのがコイツの趣味か! 性格の悪さが顔面から滲み出てやがる……。

 確かに、俺達猟兵は身体能力が高く、病気にもかからない。それに怪我をしても人間よりも三倍程治癒能力が高く、大抵の怪我は放っておいても問題になることは無い。また、放射能汚染が酷い地域にも健康を害せずに活動ができる強靭な身体がある。

 内蔵の大半を機械と人工骨格とし、体内に無数に存在するナノマシンが強力な浄化作用を生み出す。

 それでも、猟兵によっては機械への移行度が低く、人間と大差のないものも居るが。


「チッ。まぁな。……でも、あのオッサンはどこか違う。普通の猟兵じゃねぇ」


「へぇ。どうしてそう思うんだい?」


 ディースは、薄ら笑いを浮かべながら、興味深そうに俺を見やる。


「戦ってみると分かる。とにかく反射が早すぎる。脳ミソで見た情報を瞬時に機体の制御に反映させてやがる。

 普通は、見て、考えて、イメージして実行。だが、あのオッサンは実行。しかねえような……だぁあクソ! うまくは言えねえがそんな感じがする」


「なるほどねぇ。キミ、思ったより他人の事見ているじゃないか」


「あぁ? どういう事だ」


「そのままの意味さ。おおよそキミの感じた感覚で当たっているよ。

 グレイは見たり感じた情報をほぼノータイムで最適解を作り出し即座に操縦に反映できる。

 敵にとっては、常に動きを先読みされている感覚に陥るだろうねぇ」


「なんでそんな事が、あのオッサンに出来んだよ」


「そんなの、僕にも分からないさ。僕には出来ない事だからね。

 彼に聞いてみたらどうだい?」


 ディースの言葉に、喉が詰まるような感覚を覚える。

 なんか知らねぇが、あのオッサンに教えを請うのだけは、嫌だ。


「グレイに聞くのだけは嫌だって顔だね」


「! テメェ超能力者か?」


「あはは、違うよ。今のは誰だって分かる事さ。

 ん〜、そうだね。ホントは口止めされている事なんだけど……キミは何故、今ラヴィーネで生かされているか分かるかい?」


「……捕虜って事じゃねえのか?」


「馬鹿だねえ。キミに捕虜的な価値は無いよ。キミ、ポラリスに殺されそうになったの忘れたのかい」


 ディースの言葉に思わず腹の傷跡が疼いた。

 あの時、立ち上がろうとしていなければ、心臓をブッ刺されていた筈だ。そうなれば、流石に猟兵だろうと死ぬ。

 あの時、ポラ公が俺を殺そうとしたって事は……。


「俺は用済みって事か」


「うん、そうだね」


 ディースは眼を細めて、良くできましたと言わんばかりに拍手する。


「なら、なんで俺を生かしているんだよ。俺にラヴィーネに参加しろってか」


「あぁ、そういう意味じゃないよ」


「回りくどいな。ハッキリ言えよ」


「じゃ、ハッキリ言っちゃおうかな。さっきも言ったけど、ホントは口止めされているんだよ?

 いいかい? キミがグレイのレプリカだっていうのは聞いただろう?

 と、いう事はつまり、キミはグレイにできる事をできる様になる可能性がある訳だ。

 ……まぁ、正直そこまでは期待していないけどね。劣化コピー程度に収まる可能性が高いと思ってる」


「……んだとテメェ!」


 苛立ちを煽るような物言いに、頭に血が上る。

 胸ぐらをつかみあげ、ディースを睨みつけるが、ディースは余裕の態度を崩さなかった。


「まぁ落ち着きなよ。話は終わっていない」


「チッ」


 俺がディースを掴んだ手を離すと、ディースは乱れた白衣を溜息をつきながら正し始めた。


「分かりやすく言おうか。キミがグレイに至る可能性を見せなければ、殺すよ。

 腕が少し良い程度の猟兵なら、その辺で雇えるからね」


「俺が、あのオッサンに至る?」


「意味が分からないってことは無いだろう。キミはグレイのレプリカなんだ」


 レプリカ。その言葉は、俺がザインであるという事を完全に否定している言葉だ。


「と言う訳で、そんなキミにプレゼントだ」


 ディースが何か黒い輪の様なものを俺に掛けようとしてくる。


「やめろ!」


 俺は咄嗟にディースの手を払い除けようとするが、ディースは俺の右手の指三本を取ると、指、手首、肘とガチガチに関節を極める。


「ぐうっ」


 そして、俺が態勢を崩すと、次の瞬間俺は背中を床に強打し、衝撃で肺の空気を強制的に排出される。


「プレゼントは、素直に受け取るものさ」


 ディースは呻く俺の首に、黒い首輪を付けた。


「なんだよ、これは……!」


 俺の顔を覗き込み、ディースはにやりと笑みを浮かべた。


「く・び・わ」


「首輪……?」


「ありきたりだが、それには爆弾が仕込まれている。起爆条件は三つ。

 一つ、僕等の誰かが起爆スイッチを押す事。

 二つ、キミがそれを無理矢理外そうとした場合。

 そして三つ、キミが我々が定めた期間内に、我々の求める水準に達しなかった場合。

 以上だ」


「理不尽だろそんなの! テメェ等の匙加減一つじゃねえか!」


 俺は思わず焦りが出るが、それを見たディースは大仰にため息を吐いた。


「本当に、小物臭いなキミは。一々感情を全て表に出しているようでは、彼に近づく事は難しいだろうね。

 さて、僕は行くよ。精々頑張ることだ。

 ……キミがキミで有り続けられる為に」


 ディースは白衣をはためかせ、気取った仕草で踵を返すと俺の前から消えていった。


 俺は壁を思わず殴り付ける。


「クソッ……! こんなの……まるで犬じゃねえか……!!」



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲



「お役目ご苦労様、と言いたいところだけど、少し優しすぎるんじゃないかしら」


「ん? やぁ、ベアトリクスか。

 まぁね。種は、土と水と光があって初めて発芽する。種のままでは何も起こらないからね」


 迂遠な物言いだ。と思いながらも、ディースらしいといえば、らしいのだろうけど。


「見込みはあると思うの?」


「どうかな。あとは、彼自身にしかどうともできないことだからね」


「それはそうだろうけれど。私は、貴方の見解を聞いているんだけど」


 私の質問に、ディースは鼻で笑う。


「僕は――――」





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る