第七話 Born of a dead man's ashes



 四方をコンクリートに囲まれたこの部屋は、時計等の調度品が一切無く、時間も何も分からない。

 窓もなく、お日さんすら見えない今の状況では、此処が何処の国かも俺には分からない。


 ――が、目の前の『グレイ』と名乗った男は、事もあろうに『ラヴィーネ』の支部。と言った。


 ラヴィーネといえば、世界連合への最大の反動テロ勢力。

 最大と言われてこそいるが、その規模は未知数だ。

 何故なら、極々一部の幹部以外は世界各地で一般人として完全に溶け込んでおり、構成員が全く分からない。


「アンタ、グレイって言ったか? まぁどうせ本名じゃねぇだろうが、一応オレは機関所属の猟兵だぜ?

 いいのかよ? 敵にべらべらと名前なんか名乗っちまって」


 敵地に捕らえられてこそいても、下手には出ねぇ。敵味方の立ち位置をはっきりさせる事で、オレは情報を漏らさないという意思表示をする。


「敵だと? フ……。気楽なもんだな。フィリアはどんな教育を施していたんだかな」


「アンタ、師匠を知ってんのか」


死線しせんの二つ名で知られる彼女を知らん猟兵の方が少ないと思うがな」


 師匠――フィリア・シャルンホルストは、今でこそ機関に戦力を提供する猟兵会社の社長だが、かつては師匠自身が猟兵をつとめ、戦場に出ていた事もある。

 このオッサンの言う通り、『死線』と呼ばれる二つ名はあまりにも有名だ。


 だが、ただ師匠を認知している。というには、このオッサンの口ぶりは親しさを感じる。


「オッサン、アンタ……」


「おや、亡霊クン。起きたんだね」


「ディース。来たのか」


 新たにこの部屋に現れた男は、金髪の長髪を首の後ろで束ね、メガネを掛けた細身の男だ。

 顔立ちは中性的で、声を聞いてなかったら女のようにも見える。

 ループタイを付けた白シャツに臙脂色のパンツという着る者を選ぶスタイルだが、この男に関しては様になっている。

 ディースと呼ばれたこの男は、にやにやとしながら、グレイの横に並び、オレの顔をじっと見つめてきた。


「なんだよ。オレの顔になんか付いてるってのかよ」


「威勢がいいねぇ。やっぱり昔の君そっくりじゃないか」


「……」


「オレとそのオッサンか似てる? ハッ。冗談キツイぜ。オレは年取ってももっとイケてるオヤジになるぜ」


 オレがディースのジョークを笑い飛ばすと、ディースはメガネの奥で目を細めた。


「……んだよ」


 それまで飄々としていたディースの変化に、若干の薄気味悪さを覚えると、ディースはグレイに向けて口を開いた。


「で、コレ。どうする気なの?」


「どうする。とは?」


「そのままの意味だよ。まぁ、鹵獲した時点でなんとなくは察せるけど、一応スポンサーにもこちらの意向を伝える事は必要だろうしね」


「……」


 コレだぁ? と、癇に障る様な事を言われるが、ただ噛み付いても仕方がない。

 生殺与奪の権利は、向こうにある事は変わらない。

 ディースの問い掛けに沈黙したグレイは、やがてオレの眼を真っ直ぐに見て口を開いた。


「ザイン・アルベール。お前は、自分が何者かを理解しているか?」


 突然の意味不明な問い掛けにオレは、口をぽかんと開けてしまう。


「はぁ? 何者かって。オレはオレに決まってんだろ」


「そうか」


「まぁ、そうだろうね」


 グレイが表情を一切変えずに一言告げると、隣のディースはどこか呆れたように同調した。


「なにが言いてぇんだよ」


 少しばかり苛立ちが漏れ出ると、グレイは表情こそ変えないものの、少しばかり遠慮を滲ませながら、息を吐いた。


「お前は、自分の親の事を覚えているか?」


「は? 親……?」


 なんだ? 親ってのがなにかは理解してる。理解ってはいるんだが、何も思い出せない。

 オレに親が居たってのも理解る。理解るが……。


「お前は、自分の祖国の事や、友人の事を覚えているか?」


「祖国……。友人……?」


 いや、理解るよ! 理解るけど……なんでだ? 何も出てこねぇ。

 何処かにいて、なんかは居たんだ。

 まるで、内容もタイトルすら忘れちまった映画の様に、なんも出てこねぇ。

 ただ、それを見たっていう感覚だけしか……。


「今まで、それ等を思い出そう。考えよう。という思考自体が、お前には無かったんだ」


「は? 何言ってやがる……」


 確かに、これまでそんな事、考えた事は無かった。

 必要無かったから? 何故? 猟兵として意味の無いものだからか?


「お前は自分が今、何歳かも分からないだろう」

 

「何……歳?」


 何歳って、なんだ? いや、年齢っつー概念は理解る。一年生きる毎に、一つ増えるアレだろ?

 だが、オレ……何歳なんだ? 分からねえ。

 

「お前の生体データからすると、お前は4程だ。

 普通の人間であれば……このくらいだな」


 グレイは、携帯端末を操作し、画面を見せてくる。

 そこに写っていたのは、大人の半分程に感じる程に小さく、愛らしい、人間の姿だった。


「なんだよ……この小さい人間は」


「これは、子供だ。これが成長して我々のような大人になる」


「オレが……コレと同じだってのか」


 子供……言葉の意味は、理解している。頭の中にはそれがあった。

 だが、オレが子供だってのか? オレはこんなに小さくもないし、いわゆる大人だ。


「子供という定義がお前に当てはまるのかは、知らんが、データの上ではそうだという事だ。

 ……すなわち、お前は、人では無い」


 ――人……じゃない? 何言ってんだこのオッサン。


「……人じゃねぇなら……なんだってんだよ」


 不思議と、声が震えた。

 鳥肌がたち、背筋が震えている事に、今気がついた。

 なんだ? ビビってんのかオレは。


「お前は……俺の生体データを素に造られた、人造生命体。

 所謂、クローンだ」



 

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