第六話 Exist
「――機密条項Aに抵触する可能性を想定―――」
「なんだよ? オイ、ポラリス! くっそ、訳分かんねぇな」
作戦行動中に、突然エクスパシオンがスリープモードに入ったかと思ったら、コックピットブロックが機体から分離しやがった。
モニターは全く映らねぇどころか、コンソールもスリープしてやがる。
サポートAIのポラリスだけは何かをやってるみたいだが、俺の呼び掛けには一切応答しない。
外部音も一切拾えないし状況も読めないと思い、コックピットから出ようと試みるが、電源が落ちてるからか、外にも出られない。
「ったく。これじゃ鉄の棺桶だぜ」
「現在地――――測定不能。
高度――――測定不能。
外気温――――測定不能。
湿度――――67%
――亜熱帯地方と想定。
本機撃墜測定箇所からの移動時間から現在地を推定――――ユーラシア大陸東部及び日本国周辺と断定。
シャルンホルスト・イェーガー・カンパニーとの通信――不能。
ジャミングの展開を確認」
「は!? 撃墜!? オイ、ポラリス! 何がどうなってんだよ!?」
オレがポラリスに疑問を投げ掛けた所で、警告音が鳴り響いた。
「――イントルーダーアラートを確認。
――――機密条項A及びBへの抵触の可能性大。
――生体端末ザイン・アルベール・036の自壊プログラムを実行――――――不能」
「生体端末って……なんの冗談だよ! オイ、ポラ公!!」
「――生体端末ザイン・アルベール・036の自壊プログラムを再実行――――不能。
――生体端末側の受信器の不具合と推定」
「なんとか言えコラ! このポンコツAIが!!」
呼び掛けに一切応えないどころか、生体端末だの自壊だの、何を言ってやがる……!
苛立ちもあらわに、オレはコンソールを叩くが、それでもポラリスは応えない。
――突然、鉄を灼き切る音が聞こえてきた。遠雷の様なその音は、オレの頭上から鳴り響いている。
救助……だろうか。何かの故障で、エクスパシオンが破壊され、コクピットブロックを回収した誰かが、中身――即ちオレを助けてくれる為に?
もしかしたら、敵かもしれないが、このままこうしていても死ぬだけだ。
「イントルーダーアラート。イントルーダーアラート。
――自壊プログラムの執行が不可能な為、プログラム・スティンガーを起動」
「は? ――がッ!?」
突然、オレの腹に電流が奔ったかのような衝撃と、灼熱感が襲った。
恐る恐る、震える視線を下に向ければ、鋭い棘というか、槍の穂先というか……とにかく、何かがオレの腹を貫いていた。
「がフッ」
口から大量の血が吐き出され、生温い鉄の味が口内をみたした。
「く……そが。ポラ公……てめぇ……」
「――スティンガーの起動を確認。
――バイタル――致命傷と確認
――続いて、ポラリスの自壊プログラムを作動――――成功」
湧き上がる血が気道を塞ぎ、オレは血に溺れていく。
意識が薄れ、ポラリスの音声も聞こえなくなってくる中、暗く冷たい死が、ひたひたと足音を立てて迫ってくるのだけは、はっきりと聞こえてきた。
――死ぬのか。オレは。なんでこんな事になってんのかも分からねぇまま。
もしかして、機密保持の為に機関が……師匠が何か仕掛けてやがったってのか?
「つめ……てぇ」
思考が鈍り、全身を氷漬けにされたような感覚を感じ、死神に抱擁されている事を理解する。
(――健闘を祈る)
遠のく意識の中……ふと、師匠の声が聴こえたような気がした。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「ザイン……。ザイン」
「んあ……?」
夢……? いや、走馬燈ってやつか?
オレを呼ぶ声の方へと身体を起こせば、何人もの影が、オレを呼んでいた。
「誰だ……? アンタら」
オレの問いに答える事なく、影達はゆっくりとオレに近づいて来る。
影達は背格好や体格も同じくらいで、少し痩せ型の筋肉質な身体の様に感じる。
背は……オレと同じくらいか?
「オイ、なんだよ」
やはり、呼び掛けには応えず、ゆっくりとオレを囲む様に近づいて来る。
「ザイン」
「だから、なん……だっ……て……」
目の前に迫った影達は、その姿が明らかになり、オレは背筋が凍りついた。
「オレ……?」
オレを取り囲むように群がった影達は、全員がオレと同じ顔をしていた。
「お前も……こっちに来い」
「は? お、おい! やめろ!」
オレの首根っこを掴み、オレと同じ顔をした連中はオレを引き摺って何処かへ向かおうとする。
「やめろ! やめろよ! 聞いてんのかこら!!」
「お前も……オレ達だ」
「意味分かんねぇってんだろ! 離せってオイ!」
オレは奴等の手を殴り付けるが、奴等がオレを引き摺る腕はビクともしなかった。
「離せ! 離せ――!!」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「――離せ!!」
荒い息を吐き、身体を起こすとそこは知らない部屋だった。
コンクリートが剥き出しの壁で、広さは十平米程だろうか。
窓は無く、換気扇が回る音と空調の音が、無機質なこの空間に一定間隔で鳴り響いている。
その部屋の壁沿いに置かれたベッドにオレは寝せられていた。
視線を腹に向けた途端、鈍痛が奔り、痛みに顔を顰めながら、腹に包帯が巻かれているのに気が付いた。
腕には点滴が取り付けられ、誰かがオレを治療してくれた事を理解した。
「一体、誰が……? いや、それよりここは――」
「目覚めたか」
部屋のドアが開き、かなり筋肉質な中年の男が入って来た。
黒髪をオールバックに撫で付けており、精悍な顔付きの男は、軍人のようでもあり、何処か殺伐とした印象を受ける。
年の頃は、四十近いだろうか。
「アンタは……? 此処はどこだ?」
オレの問いに、男は表情を一切変えず、無表情のまま応えた。
「此処は、反世界連合機関勢力組織、『ラヴィーネ』の支部。
そして、オレは……オレの名は、グレイだ」
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