第五話 Under the name of justice



「敵性機体によりエクスパシオンの撃墜を確認」


「データは?」


「撃墜前にポラリスの主機に送信されています」


「ならば、構わない。次のザインを呼んでおけ」


「記憶定着及び人格定着済みの素体が、現在MF操作訓練中ですのでそちらを招集します。

 え〜と、次で第三十七号になりますね」


「……ふん」


 オペレーターの報告に鼻を鳴らし応えると、私は管制室を後にし、カフェスペースへと歩を進める。

 ひとまず、お上から回された任務に関しては、一応遂行したと言えるだろう。

 だが折角、機体操作を私が自ら仕込んだ素体ザインがおしゃかでは、割に合わんと言うのが本音だ。

 まぁ、まだまだオリジナルには程遠い、という事は分かりきってはいたのだが。


 ――エクスパシオンと、僚機であるアクア・レリストを瞬く間に撃破した先の機体。


 機体こそ見た事の無い機体であったが、あのマニューバ……。おそらくは、彼だろう。


「この再会。私にとっては運命的と言えるだろうが……アレザインに関わる私を見れば、貴方は軽蔑するのだろうか?」


 誰に聞かせるでもない独白によって、瞼を重くしながら、自動販売機に手を翳し、手の甲に埋め込まれたバイオインプラントチップによって、精算を済ませる。


 普段はなんとも思わないが、何故か今は不愉快にすら感じさせられる駆動音を出しながら、自動販売機がコーヒーを抽出し始める。


「おや、シャルンホルスト司令。休憩ですかな? 三十六番をロストしたばかりだというのに、随分と切り替えがお早いようで」


 紙コップに注がれたコーヒーを取り出したところで、背後から声が掛けられる。

 この嫌味な声の主は振り返らずとも分かるが、流石に無視をする訳にも行かない。

 内心で大きく溜息を吐くと、笑顔を貼り付けて振り返る。

 

「これはこれは、ピルグリム議長。お忙しい中このような場所においでくださるとは。

 本日はどのようなご用件で?」


 私の作り笑いを見抜いたのか、ピルグリムは肥え太った腹の上で短い腕を組むと、不快げに眉を顰めた。


「ふん。用もなければ来るなとでも言わんばかりだな。

 まぁいい。先程エクスパシオンを破壊したのは、例のテロ組織……『ラヴィーネ』の手の者かね」


「……どうでしょうか。まだ判断材料が足りませんので、はっきりと申し上げる事は難しいですが」


「君がラヴィーネの首魁である『グレイ』と、かつて親密な関係であった事は知っている。……肉体的にもねぇ。

 まさかとは思うが、今も内通――」



 ピルグリムの私の身体を舐め回すような粘着く視線くらいなら我慢できたが、次いで来たゲスな勘繰りに、目の奥に灼熱感が生まれ、脳が痺れた。



「黙れよ。既得権益に縋る豚が……!」


「な、なんだと!?」


「かつては拙くも均衡を保っていた世界が、こうまで変わっても、貴様の様な愚物は存在するのだな。

 私は、確かに機関には所属している……が、貴様等の部下でも私兵でもない事を忘れるなよ。

 我々は飼い犬では無い。豚の喉笛を噛みちぎる猟犬だと言う事を知れ」


 私は殺意すら込めた視線と怒気を叩きつけると、ピルグリムは腕を抱きかかえる様に縮め、怯えていた。


「ぐ……。貴様、ただで済むと思うなよ! 私にその様な口を利いた事、必ず後悔させてやるぞ!」


 捨て台詞を吐いて、駆け足で出て行ったピルグリムは、もし仮に尻尾でもついていたら、ぷるぷるとその尾を震わせていただろうと思わせる程に、豚を連想させた。


「フン、愚物が。……何をしに来たのだあの豚は?」


 椅子に掛け、害された気分を、押し流す様にコーヒーを喉に流し込む。

 愚かな豚のおかげで、少しばかりぬるくなってしまっていたが、頭に血が上っていた今の私にとっては、ちょうど良かったのかもしれない。


 焙煎され、ナッツやドライフルーツを思わせるコーヒー豆の香り高いフレーバーを味わい、大きく溜息を吐く。


「お疲れ様です。司令。……随分と大きな溜息ですね」


 苦笑が見えるような口調で、私を労いながら、私の対面に座る男。


「ゲイルか」


「ピルグリムの野郎が来てましたね。……セクハラでもされたんですか?」


 ゲイルがニヤけながら口を開く。

 その言葉に、私は再び大きな溜息が漏れ出る。


「豚の話は疲れるんだ。辞めてくれ」


「言ってくれれば、ぶっ殺してきますよ?」


「お前の場合、本当にやるからな……冗談でも頼むとは言えんな」


「嫌いなんですよ。ああいう権力にしがみつく愚かな老人は」


 ゲイルは鷹のように鋭い目を細める。

 

 ――――ゲイルの家族は東欧の内紛の時に、シェルターに避難した際、当時の政府高官と同じシェルターに避難していた。

 その時、ゲイルの家族と高官の食料と水の配分に差がつけられ、十日後にシェルターにゲイルが救助に行った際には、ゲイルの二歳の息子と、美人で聡明だった妻は、変わり果てた姿でゲイルと対面し、同じ空間には、肥え太った身体を見事にキープしたままの中年が二人おり、それを見たゲイルは怒りのままに高官を殺害すると祖国を亡命し、私の経営する猟兵会社である世界連合機関と懇意にしている、『シャルンホルスト・イェーガー・カンパニー』通称、SJCに勤める事になった経歴を持つ元軍人だ。


「私だって嫌いさ。この時代は……世界はあのような連中によって、こうなってしまったんだ」


「……司令は、それでも機関の方針に賛同されたのでしょう?」


「……そうだな。そうだ。確かに『ラヴィーネ』の思想も、確かに理解できなくはない。

 ラヴィーネは機関を解体し、新たな指導者によって世界を導くべきとしているが……私は彼等の信奉する指導者というのは、好きでは無いんだ」


「ラヴィーネの陰のスポンサーと言われている企業連の長、エイブラハム・ラグフォード。ですか」


「ああ。……いや、エイブラハムが好きでは無いというよりも、そうだな。私は人間が人間を統治するべきでは無いと考えるんだよ」


 私の言葉に、ゲイルは沈黙を続ける。私が答えを話す事を促しているのだろう。


「私はな。人を導くには、神がいれば良いと思ってるんだ」


「神、ですか」


「あぁ。知っているか? 神とは、決して偶像ではない。神は存在するんだ。

 ……いや、存在という言葉は不適切か。在る。とでも言うべきか」


「俺には、よく分かりませんね」


「説明は難しいが……。この世は、蓋然に満ちているだろう?」


「未来は不確定……ってことですか?」


 ゲイルは、口を絞りながら腕を組みだした。


「まぁ、そういう事だが……事象を決定するのはなんだ?」


「行動……ですかね」


「決してそれだけではないがな。では、行動とは何によって起こされるものだ?」


「そりゃあ、やる気ですかね」


「ふふ。お前はどこまでもヒトだな。

 まぁ、衝動というのは、ヒトが生物である限り持ち備えるものだ。間違いではないな」


「はぁ……」


「簡単に言おう。つまり、お前がやる気を出して行動した結果、不確定だった蓋然は、結果として必然となり、未来は過去に変わる。そうだな?」


「え、ええ。……司令、それ簡単ですか?」


「まぁ、聞け」


 ゲイルの抗議を押し留め、私は言葉を続ける。


「私の言う神とはな、それら全ての事象を制御し、帰結させる事ができる……そういった力を持っている存在だ。

 まぁ、存在というよりは、概念に近いのかもしれんが……。

 その神が在れば、私達は争う事無く、虐げ合う事も無く生きていく事が可能となる筈だ。

 つまり、人類史史上初の平和な世界の始まりだ」


「なんだか、途方も無いような話ですね」


 私の話が理解できずとも、実現不可能な事柄だと感じたのか、ゲイルは苦笑いを浮かべている。


「いや、それがそうでもないのさ。私は、神を創っている」


「は……? 創る……?」


「神になれるのはな。決してヒトでは無い。ヒトであってはいけない。

 神になれるのは、『ポラリス』だけなんだよ」





 

 




 

 


 

 

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