第四話 Follow me hollow you



「該当機体の敵性行動を確認――アクア・レリスト。迎撃行動に移行する」


「了解。

 敵性機体――データベースに該当無し。

 敵性機体仮称――リターナーと仮称。

 簡易スキャニングを実行――敵機体特性、高機動突撃型MFと想定。

 装備武装――ハーシェル社製アサルトライフル、Reversusリバーサス

 両腕部に折り畳み式ブレードを確認――該当武装データベースに無し。

 肩部にミサイルポッドを確認。装弾数不明」


 

 (短時間でまぁ随分と解析を行うものだ。

 一体、これまで幾つの素体を犠牲にしてこの領域に至ったのかしらね)



 私の憐憫を他所に、エクスパシオンは彼の機体――まぁ、ここはアレに合わせてリターナーと呼ぶとしようか。――に敢然と突撃していく。

 もっとも、彼の操縦技術とリターナーの機動性を知る私から見れば、無謀とすら思える行動でもあるのだが。


 先に攻撃を仕掛けたのは、エクスパシオンの方だった。

 エクスパシオンの両腕のライフルの銃口が、連続で発射される弾丸によってマズルフラッシュが発生する。

 エクスパシオンによる銃撃は、リターナーにあえて集弾させてはおらず、ある程度散らして銃撃しているその意図は、おそらくリターナーの回避コースを絞る事にあるのだろう。


 

 (――踏み絵のつもり? 全く、人工知能の癖に強かなものね)



 私はアクア・レリストの主兵装である長大な電磁加速ライフル『ミストルテイン』の引き金を引く。

 轟音と共に、強烈な反動にミストルテインの銃身が跳ね上がり、機体が煽られる。

 私の放った弾丸は、瞬く間にリターナーのアサルトライフルに命中し、使い物にならなくなった武装をリターナーは廃棄する。



 (流石にあの状況で外す訳にはいかないものね。彼には悪けれど、このくらいが及第点かしら)



 続けて再度、ミストルテインの照準をリターナーへと合わせ、引き金を引く。


 ――が、その刹那、リターナーは両腕のブレードを展開し、こちらに向けて全てのスラスターを起動させると、猛烈な勢いで突撃してきた。


「エクスパシオン。八時方向より追撃を開始、援護射撃を行います」


 ポラリスから通信が入ると、リターナーを斜め後ろから追うようにエクスパシオンが追撃を始める。


「ちょっと! 足を止めて迎え撃てっていうの!?」


「それが一番効果的かと」


 私の抗議を半ばスルーし、ポラリスは勝手に戦術を指示してくる。

 こっちは遠距離戦仕様だって言ってるってのに……!


「チッ……!」


 私は憤りと共に、ミストルテインから弾丸を撃ち放つ。

 常人には決して見切れる様な弾速では無い、超加速された弾丸が、リターナーの胸部に目掛けて突き進み――命中の刹那、真っ二つに切り裂かれる。


 恐るべき事に、彼は腕部から展開したブレードで、飛来する弾丸を切り払ったのだ。

 更に、スラスターを順次起動させ、速度をおとさないままに錐揉みしながら、こちらに突撃してくる。

 私は、ミストルテインの銃把にとりつけられたスラスターを点火し、ライフルを抱えるような形で緊急後退を試みるが、人の域を越えた機動を見せる彼の前では、むなしき児戯に等しかった。


「――!!」


 文字通り、瞬く間にクロスレンジに持ち込まれ、リターナーは両腕のブレードを交叉させ、鋏の様にして振り抜き、抱えたミストルテインごとアクア・レリストの両腕を断ち切られる。

 機体のバランスが急激に変わり、エビ反りになる様に体勢を崩されたアクア・レリストの胸部にリターナーの強烈な蹴りが突き刺さる。


「ぐああっ!!」


 MFは搭乗席が頭部に有る為に、死ぬ事は無かったが、胸部には駆動する為の機構エンジンが搭載されている。

 爆発こそしなかったものの、もはや機体を動かす事は不可能だ。



 (どうやら、うまく加減してくれた様だけど……。こうまで一方的にやられるのは気分が悪いわね)



「――こちら、アクア・レリスト。機体大破につき行動不能。

 そちらも撤退した方がいいわよ。あんなのに、初任務の貴方が勝てる訳が無い」


「――ベアトリス・ルメールの生存と、アクア・レリストの行動不能を確認。

 ――機関へリミッターの解除を申請…………申請の受諾を確認。

 エクスパシオン。セカンドフェイズへ移行。

 ――ザイン・アルベールの意識変遷を感知。

 思考の制御を実行――――成功」



 私の忠告を他所に、エクスパシオンに搭載されたAI、ポラリスは何かを始めている。

 そして相変わらず、アレ――ザインは、一言も発していない。

 やはり、事前に聞いていた通りと言う事、か。


 私の軽蔑と侮蔑の視線の先で、エクスパシオンは両腕の突撃ライフルに取り付けられたブレードで、リターナーと切り結ぶ。

 お互いのブレードが振動しているのか、鍔迫り合いの形になりながらも、火の花が盛大に弾け、お互いの機体を照らし焦がす。


「まさか、彼の機動についていけるというの……?」


 超速でぶつかっては離れるような、ヒットアンドアウェイの攻防。

 リターナーはライフルを失っている為、間合いが開いた時にエクスパシオンが銃撃を見せるが、リターナーは旋回と高速転回を織り交ぜた、ある意味変態的な機動で、次々に銃撃を躱し、弾幕の薄いルートを潜り抜けながら間合いを詰め、リターナーはエクスパシオンにブレードを振るい続ける。

 エクスパシオンも徐々に機動性を上げ続け、やがてお互いに生身の人間が乗っていれば無事では済まないレベルの機動で切り結び始める。

 高速で弧線を描きながら、幾度も漆黒の機体のリターナーと、臙脂色のエクスパシオンが灰色の空で舞踊る。

 

 戦いの趨勢は、未だに彼の方が優勢に見える。

 というよりも、私には彼が撃墜されるようなイメージは想像ができない。というのもあるけれど。


 鍔迫り合いの形から、リターナーが片腕のブレードを真下から振り上げると、エクスパシオンを縦に両断しようとして、ブレードが空を斬る。

 エクスパシオンは真後ろに後退し、距離を取った。

 後退しながら再度、銃撃を始め、撃ち放った銃弾を追うように、エクスパシオンも突撃を行うのが見えた。


 しかし、彼はエクスパシオンによる銃撃を回避する事をせずに、両肩のミサイルポッドを開くと、小型のミサイルを一斉掃射した。

 白煙を引いて放たれたそのミサイルは、まるで小魚の群れのように突き進み、エクスパシオンの放った弾丸に激突して、爆発を起こす。

 爆発の規模こそ小さいが、一つの爆発から連鎖して他のミサイルが誘爆を起こし、灰色の空が黄金色に彩られる。


 (あの燃焼色……滅焼弾かしら。絶対食らいたくないわね)


 滅焼弾の生み出す温度は凡そ、四千度に迫る。

 短時間炙られるだけでも、レーダー等の計器類に甚大な損傷を及ぼすし、スラスターの噴射剤とも誘爆を引き起こし兼ねない。

 何よりも、搭乗席内は灼熱のサウナと化して、搭乗者は無事では済まない。

 本来は、隠蔽作戦に使う兵装で、対MF戦で使う物では無い。

 何故かと言えば、リターナーの場合、肩にミサイルポッドを装備しているが、そこに損傷を受けた場合、自分の機体が灰燼に帰す可能性が高い為だ。

 

 自ら放った銃弾を追うようにリターナーへと突撃していたエクスパシオンは、滅焼弾による高温領域に確実に巻き込まれていた。

 彼の戦略でもあったのだろうが、解析で武装をスキャニングしていた癖に、ミサイルを警戒していなかったのは、まだポラリスのイメージ力が低いという事か。


 私の考察を他所に、リターナーが両腕のブレードを前面に向けた。


 次瞬、黄金色の爆炎から、赤熱した機体がリターナーに向けて飛び出した。



 (まだ、動けるのか!)



 しかし、両腕の突撃ライフルは、爆炎によって燃え盛っており、エクスパシオンの兵装が正常に起動するとも思えない。

 それでも尚、突撃を敢行する真意は――、


 そしてリターナーのブレードが、遂にエクスパシオンの腰部を真一文字に切り裂いた。

 上半身と下半身に真っ二つに切り裂かれたエクスパシオンは、それでも両腕を伸ばし、リターナーへと組み付く。


 (まさか――自爆か!?)


 あのような状況になって、エクスパシオンからの通信はもう届いて来ない。

 レーダーや通信装備が、滅焼弾によって破壊されたのだろう。

 

 滅焼弾による爆音が薄れ、静寂に包まれた灰色の空で、真紅の爆炎が新たに生まれた。

 球形の爆炎は、やがて灰煙となり、地に瓦礫の雨を降らせる。


 その光景を眺めていると、通信が入ってきた。


「――手酷くやられたみたいだね。ベアトリクス」


「あらディース。見てたの? 感心しないわね。覗き見なんて。それより、もう通信しても大丈夫なの?」


「あぁ。アレに搭載されていたポラリスは破壊されたみたいだよ。もっとも、データは共有してるだろうから、破壊という言葉は当て嵌まらないかもしれないが」


「そう……。まぁ、いいわ。それより私と彼の回収をお願い」


「うん? 君はともかく、彼に迎えは必要ないだろう?」


「え……?」


 あんな自爆に巻き込まれていて無事な筈が……。


 視線を向ければ、灰煙が拡散していきやがて彼の機体が煙を裂いてから現れた。

 驚くべき事に、あの爆発を何らかの方法で防いだという事か。

 私の知らない機構が、あの機体にはまだ組み込まれているのだろう。


「ん?」

 

 よく見れば、彼の機体の手の中には、何かが握られていた。

 私はモニターの倍率を上げ、何を鹵獲したのか確認すれば……それは、エクスパシオンの頭部……搭乗席のある位置だった。


 彼の真意が分からず、呆然としていると、彼から通信が入ってきた。


「無事か? ベアトリクス。手加減をすると、機関に知られる可能性があったんでな。済まない」


「無事……では無いけど、生きてるわよ。それよりも……。どうするつもり?」


「戦闘中、コイツから意志のようなものを感じた。これまでのザイン・アルベールには無かったものだ。

 ……どういうものか、確認しなければならない」


「まさか、魂の作成に成功しているとでも言うの?」


「分からないが、とても放置はできん。

 ……ディース。ベアトリクスは俺が回収する。お前はアクア・レリストの回収を頼む」


「了解。じゃあ、また後でね。ベアトリクス。グレイ」


「ああ」


 通信が途絶え、彼の駆る漆黒の機体がこちらへとゆっくり向かってくる。

 

 彼――グレイの言葉、ザイン・アルベールの意志……その言葉は、私の心にも、不安という灰色の曇天を広げるには十分な言葉だった。


 


 

 

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