第三話 Its existence is like a phantom.



「あれが例の……。オリジナルとは、比べるべくも無いわね」


「無理も無いさ。本当に彼と同じ様に行動できるのならば、我々のような猟兵に価値など無くなってしまうのだから」


「まぁ、それもそうね。

 ……で、私はこのまま素知らぬ顔をしていれば良いの?」


「ふむ。例のアレは、まだ自分の有り様に気がついていないのかな?」


「そうね。使なんて言っていた様だし……。そもそも、ソレに気が付いたら自我崩壊でもしそうなものだけれど」


「違いない。……ならば今暫く、茶番に付き合ってくれるか?」


「分かったけど。何というか、哀れなものね」


「そうだな。だが、悪いのはアレでは無い。アレもまた犠牲者のようなものだよ。全ての咎は、機関が背負っている」


「そうね。……で、誰か来るの?」


「あぁ。彼が出たよ」


「皮肉なモノね。私からしても、心が痛むわ」


「僕もだよ。……時間だ。君も折を見て撤退してくれ。

 まだ、機関ヤツらを欺かねばならない。茶番とはいえ、彼は君にも容赦はできないだろう」


「了解。……じゃ、また後で」


「無事を祈っているよ。ベアトリス……いや、ベアトリクス」


 ――――世界は、何時からおかしくなってしまったのだろうか。

 運命の羅針盤は示す先を失い、時計の針も二度と戻る事は無い。

 ヒトは、人類は世界の虐殺者だ。

 第二次世界大戦の後訪れた仮初の平和は、薄氷の上の砂上の楼閣と言ってもいいほどに、脆く、儚く……そして、その平和は欺瞞でしか無かった。

 平和を享受する者達の踏み台となって、常に悲劇は世界に蔓延していたのだ。


 ――誰もが、それを遠く離れた場所の話。自らには関係の無い他人事。


 そんな風に、リアリティの欠如した人間達が、に増えすぎていたから、あの日、いとも簡単に世界は破滅へと歩み始めた。


 今から六十年前、とある国家間戦争において、禁忌の兵器、核兵器が使用されてしまった。

 それは、敵国の要所を一瞬で黒き灰の都へと変え、撃った側に勝利を齎すには十分だった。

 だが、それは終末への第一歩に過ぎなかった。

 その後、戦勝国に対して弾圧と制裁を課した国々に向け、核の引き金はいとも簡単に引かれる様になった。

 そして、それはその国だけの事では無かった。

 一度枷が外れてしまえば、もう止まらない。

 報復に次ぐ報復。侵略に次ぐ侵略。火事場泥棒的なテロ行為。かつての怨嗟。資源の略奪。政治家の体裁。

 理由等は、何でも良かったのだろう。

 あっという間に、人々は現存する核兵器を撃ち尽くし、世界の要所は灰燼と帰した。

 その結果、自然環境は激変し、大気、海洋、土壌……あらゆる自然環境は、まるで人を呪うかのように、人々から生活を、国を奪った。


 現在人類は、アフリカ大陸の南側と、オーストラリア大陸、インドネシア、チリとブラジルの一部、スペインとポルトガル、アイルランド等しか生息できない状況に置かれている。

 特に、ユーラシアと北米は凄惨な状況と化している。


「そうした汚染に耐えられるのが、私達猟兵と、MFマーシレス・フレーム……か」


 私は、自嘲する様に嘲笑う。……いや、笑えているかは、もう、私には分からない。


「行こうか。アクア・レリスト」


 弾道ミサイルの発射設備は、大凡破壊し尽くした。

 列車に発射設備を取り付けていたのは、欺瞞ではあったものの、発射自体は可能なモノだった。

 本丸は地下にあったのだが、アクア・レリストの最大火力を以ってすれば、地表から地下施設を破壊する事は、然程難しい事では無かった。


 私はアクア・レリストのブースターを点火し、アレの居る方向へと飛び立つ。


「機関も残酷よね。存在ザインなんて名付けるなんて……ね」


 僚機データに視線を這わせれば、不憫としか思えない存在に心が傷んだ。


存在ザインに、贖罪エクスパシオン……ね。皮肉なのか、機関の下衆な遊びなのか」


 やがて、今回の一応の僚機であるエクスパシオンをこちらのレーダーが捉える。

 距離にして、1500m。向こうも拠点施設の破壊を粗方完了しているようだ。

 人の手が入らなくなって久しい、山麓に建造された軍事施設が火の海に飲み込まれていた。


「こちら、世界連合機関所属UN-0003エクスパシオン。

 アクア・レリスト。応答願います」


 ――通信? アレの声じゃないわね。例のAI?


「こちら、アクア・レリスト。状況終了かしら? 問題無ければ、帰投しましょう」


「いえ、所属不明MFの接近をこちらは探知しています。

 先程から、通信を呼び掛けては居るのですが、応答はありません。

 敵性勢力の可能性も有る為、離散せず、合流して対応するべきかと愚考致します」


 所属不明機……か。まぁ、彼の事だろう。


「……了解。もうすぐそちらに合流できるわ。

 其方は、初任務らしいけれど、大丈夫なの?」


「大丈夫とは?」


「搭乗者の体調でしょ? 普通に」


「――体調バイタルは正常です」


 (やっぱり通信には出さないか)


「ま、無理はしない事ね。目的は達しているのだし、危険を感じたら撤退しましょ」


「了解です」


 確か、ディースの情報だと、このAIはポラリスと言う名称だったか。

 私からすれば、唾棄すべきモノではあるのだが、まだそれを表出させる時ではない。


こちらの機体アクア・レリストは、長距離戦に優れるから、少し離れて援護させてもらいたいのだけれど、フォワードは任せてもいいかしら?」


「問題ありません」


「じゃ、お互いに武運を」


「了解です。……回線は開いておいて下さい。何があるか、分かりませんので」


 ……私が、情報通りの存在では無いと勘付いている? いや、まさか……ね。


「分かったわ」


 ポラリスと通信している内に、レーダーにの機体が映り、私はアクア・レリストの主兵装である長射程電磁加速ライフル『ミストルテイン』の照準を、彼の機体に合わせる。

 彼ならば、私の狙撃くらい問題無く回避してくれるだろう。


 エクスパシオンが、両腕の突撃ライフルを向けると、彼の機体から通信が入って来た。


「――壊させてもらうぞ。ザイン・アルベール……いや、存在無き映し身よ」

 

 

 

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