第3話

「犯人がわかった? ほう、お前にしちゃ珍しく聡明だな。で、だれが犯人なんだ?」


 厭味ったらしくダレスが聞く。あたしはむっとしつつも得意げに答えた。


「料理長のブラウンとかいうヤツです。パットさんのスープは特別に作ったものだったのでしょう? たぶんそいつが料理に毒を盛ったんだ。それに、借金という理由だってある」

「お前は馬鹿か」


 むか、なんだとこの野郎。ダレスは膝を叩いて爆笑している。嘲りにあたしはいきり立った。

 この推理のどこがおかしいと言うんだ。


「銀食器を使っていた、そう説明があっただろうが」


 ふん、とダレスは鼻を鳴らす。


「いいか、銀食器というのはな、古来より毒物対策に使われてきたのだ。毒に触れると黒ずむんだ。これを利用し、たとえば砒素などが食事に混合されるとすぐわかる。料理長が毒を盛った可能性はない」


 得意げにダレスは唾を飛ばす。あたしはぐうの音も出なかった。じゃあ、あたしの推理は外れているのだろうか。

 助けを求めてあたしはお嬢様を見る。


 お嬢様は優しく微笑んだ。蝶が翅を広げたような素敵な笑みに、あたしの心はぱっと明るくなる。


「ありえそうではあるな」

「ホントですか!」

「わしも最初はアイオンと同じことを考えたんじゃ」

「じゃあ」


 お嬢様は首を左右に振った。あたしを慰めるように温かい目をする。


「ただどうしても、ブラスシティ邏卒長の指摘するところが覆せなくての」

「そうですか。やっぱりあたし、間違っていたんだ……」


 あたしはがっかりして肩を落とす。良い線いっていたと思ったのに。

 でも、お嬢様の次の言葉はたしかにあたしを一部肯定していた。


「じゃが、わしもラナマン氏の死の理由は食事による中毒にあると考えている」

「なに!?」


 お嬢様とあたしの会話に割り込みダレスが叫ぶ。驚いたのはあたしも同じだ。毒物の混入は銀食器により対策されている。なら、誰が、どうやってパットを殺したというのだろう。魔法だろうか。

 あたしが訝しんでいると、お嬢様はロナルドを見た。助け舟を出すように続ける。


「答えは御仁が話してくれたすべてにある」

「では、貴女はもう犯人の目星がついているのですか?」


 ロナルドが身を乗り出す。ダレスもあたしも誰がパットを殺したのか、手法すらもわかっていない。お嬢様だけが答えに辿り着いているのだ。ただ椅子に座って話を聞いていただけだというのに、いったいどうやって?


 お嬢様の言うように犯人が食事に毒を盛っていたというのなら、やったのは誰か。あたしは考える。特別に食事を作り、借金という理由もある料理長が有力だろうと思った。でもそれは間違っていた。それとも、配膳を仰せつかっていた執事? あるいは食器を運んでいたメイド? このふたりには理由はなくとも少なくとも機会はある。

 正直、あたしにできるのは憶測だけ。ぜんぜんわからなかった。


「もったいぶるではないか、どれほど自信があるのだ」

「十中八九」

「誰なのだ、犯人は!」


 ダレスが興奮している。思わぬところで大商人殺しの犯人を突き止めるという手柄が転がり込みそうなのだ、出世の道具にするつもり満々なのを隠そうともしていない。とっくに相談を持ち込んだロナルドのことは忘れている。

 あたしは辟易する。なんて賢しい男なんだ。


「少なくとも、凶器は確信をもっておる」

「なにを使った?」

「銀食器です」


 ダレスがため息をつく。直前で肩透かしをくらった怒りと無念さに椅子に深くもたれかかる。


「それはさっき俺が否定してみせた。それとも、銀を欺く方法でもあるのか?」

「顔の浮腫み。胃の疝痛及び下痢。車椅子を必要としていたのは筋力低下により歩くことすら困難になっていたから。これはある特定の鉱物による中毒症を示しておりますじゃ」

「その鉱物が食事に混入されたと? 銀食器に塗られていたとでも言うのか? やはり犯人は料理長なのか? 答えんか!」


 ダレスの恫喝にも似た質問を、しかしお嬢様はさらりと受け流す。よほど自信があるのだろう、矢継ぎ早の問いかけを意に介していないようだった。


「あれは銀ではありませぬ」

「なに!?」

「硫化アンチモンの鉱物、スティブナイト。またの名を輝安鉱きあんこう。単体でも化合物でも毒性がある。銀に似た金属光沢を放つ、まるで刃のように鋭い剣状結晶体をした鉱物ですじゃ。硬く強靭に見えるが人間の爪で傷つき、蝋燭の炎ですら溶ける。湿気にも弱く脆く崩れやすい、ために加工は容易。美しさから食器を飾り付けるのに使われておりましたが、料理に溶け出すことから使った者に重篤な中毒症をおこすことになりますのじゃ」

「なんと……それでは、まさか」


 顔面を力なくふり、ロナルドが項垂れる。睦まじく思えたふたりの間に、愛など存在しなかったことが詳らかになり衝撃を受けているのだろう。

 ここまで言われれば、犯人はあたしにも理解できた。だって最初から、ロナルドは重要な手掛かりを口に出して言っていたのだから。


 お嬢様が締めくくる。


「パット・ラナマン殺しの犯人は、奥方ですじゃ。輝安鉱の装飾利用は帝国法により禁止されておる。銀食器を作る者ならば知らぬはずがない。奥方はすべてを承知の上で主人に輝安鉱の食器を送った」


 ダレスが急に離席する。座り込んだロナルドを置き去りに、ばたばたと出ていった。現金なやつだ、たぶん証拠品を押さえるために慌てて駆け出したのだろう。


 ダレスに置いてけぼりをくらい、ロナルドも立ち上がる。右手をお嬢様に伸ばす。いかにも好々爺然といった柔和な笑みを浮かべる。心配事がなくなり、憑き物が落ちたような笑顔だ。


「貴女に会えてよかった。御知恵を拝借できて喜ばしく思います」


 お嬢様と心地よい振幅を交わす。会釈する。そのまま勝手口に向かう。満足している様子だった。

 お嬢様が、握りあった掌を見つめている。ふと思いついた表情。


 ドアノブに手をかけたとき、お嬢様が訊いた。


「ところで、ラナマン氏の葬儀はいつですかの?」

「明日、安置所での保管期限が切れて遺体が帰ってきます。邏卒隊の許可を得られれば、翌日にザイオン霊園にて埋葬予定です」

「お悔やみを」

「ええ、ありがとうございます。貴女のおかげでパットの無念も晴れますことでしょう」


 帝国で一番立派な墓地の名を口にし、ロナルドが屋敷を出ていく。お嬢様は義に厚い人だ。間接的とはいえ死に関わったので弔問に尋ねるつもりなのだろうか。

 でも、殺されたパット・ラナマンは赤の他人ではある。


 なぜ会ったこともない殺人事件の被害者の葬儀を気にするのか、この時点でのあたしにはわからなかった。

 事件はこれで解決したのではないか?


 だから、あたしは気がついておくべきだったんだ。


 お嬢様は間違っていたのだ。犯人も凶器も、この時点ですべて推測可能だったというのに。

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