第二話「ステンドグラスとブラシと天使」(一)


 久しぶり――確か三週間ぶりの外出になるか。しばらく見ていないステンドグラス越しではない陽の光に、少なからず安らぎを覚えている自分にアンフェルは驚く。

 体格も格闘術のセンスも良かったアンフェルは、軍に捕まるまではまるで陽の光から逃れるように闇夜に生き、そして対立する者全てを暴力で捻じ伏せてきた。クーリー程沸点が低いわけではないが、それなりに自分が短気なのも自覚している。人相が悪いのはもっと自覚している。

 収監されているという立場のアンフェルとクーリーは、己の意思で教会の外に出ることが出来ない。試しに外観の清掃をしたいとアンフェルが提案しても、あの炎は拒絶の赤に燃え上がり、その刹那これ見よがしに大雨が降った。

 ステンドグラスに彩られた陽の光こそ入るものの、それ以外の壁にある窓にはまるで、嵐への対策かのように木材が外から打ち付けられていて開けることが出来ず、隙間なく覆われているために光すら入って来ない。唯一の出入り口である装飾のなされた大扉が開くのも、食料を分け与えてくれるフェーデの村の村長が来た時と、こういった来客がある時だけだった。

「ギルド風に言うなら久々の『討伐クエスト』ってやつやん? 腕が鳴んなーアンフェルさん?」

 依頼主である村長達が馬車を用意している間に、戦闘の用意をすることにしたアンフェルとクーリーだが、聖職者のローブを羽織った時点でその八割は終わっている。

 身を守る防具は、このローブ以上のものなど愚かなる地上にあるはずもなく。そして武器は、罪人である二人に携帯は許されない。己の拳で他人を殴り殺せるアンフェルには関係ないが、主にナイフでの戦闘を得意とする盗人であるクーリーは、そのことがとても不服そうだった。

「きさん、そげな格好で外出よおとや?」

 残りの二割の用意を手で続けながら、アンフェルはクーリーに目もくれずに言った。案の定クーリーの抗議がすかさず入る。

「えー! かっこええやん! これ! アンフェルも作った時褒めてくれたやん。ひっど」

 クーリーのいる方向からバサバサ音がするので、どうせ羽織っているローブをバタバタと広げているのだろう。

 アンフェルと同じく訛りの強い地域の出身であるクーリーは感性も独特で、仕事着である聖職者のローブをあろうことか切り刻み、所々に切れ込みや引き裂かれた“デザイン”を散りばめ、その隙間を銀色に光るピンで乱雑に縫うように留めていた。

 バタバタとクーリーが動いたところで、アンフェルは今、フレアニスの炎を移動用のランタンに移し替えるのに忙しい。テーブルの上に置いたイスの上で両手を伸ばして作業中だ。こんな状態で目を離せなんて馬鹿げているから、口でだけて相手をしてやる。

「あー、しゃれとんしゃーね。そん女みたいな見た目に合っとるばい。天使サンも思いよおたい、おー、そーばいそーばい」

「いや、どっちも見てへんやん! フーちゃん興味ない時炎小さくなってるん、自分気付いてないやろ!?」

 アンフェルの手元で台座からランタンに移った炎が、動揺したように揺れた。天使のくせに。それを見て更にクーリーが喚くが、急に彼の声は苦し気な声に取って代わった。そして――

『判決:炎刑。執行』

 天界よりの炎が――天使フレアニスが、罪人に判決を下す。炎の天使はその呼び名からは想像も出来ない程に冷徹に、判決の音色を罪人の耳に焼き付けるように告げる。

「……っ……かっ、あ……」

 ザックリと開いたデザインに作り変えられたローブの胸元を掻き毟りながら苦しむクーリー。作業の終わったランタンをしっかり抱えてイスの上から一気に飛び降り駆け寄ったアンフェルは、彼の細い腕を無理やり引き剥がし、その胸に燃え滾る『天罰』に手を当てる。

 凄まじいまでの灼熱の意思を、宥めるように掴み、心から乞う。そう、天使に、心から乞う。

「っ……その辺にしとかんね……っ!」

 アンフェルの声にランタンが反応を返す。クーリーの指摘が正に図星だったのだろう。真っ赤に燃え上がっていた炎が、少しだけしおらしく青みを帯びた色合いに変わる。

 フレアニスの炎の決定に、罪人であるアンフェルとクーリーは『絶対服従』である。それは、その命をフレアニスの炎によって握られているからだ。天界より炎越しに二人を見ている天使フレアニスの機嫌を損ねることは、この身の破滅に直結する。

 二人の胸には心臓を中心に『罪状』を記した紋様が刻まれており、それが天使の意思により灼熱の熱源となるのだ。今のような『些細な悪戯』は、かの天使が下級であるが故。天界の意思が本気になれば、例え下級天使であろうが人間なんて一瞬で消し炭にされる。

 だが、そこは何人もの命を奪ってきた生粋の罪人である二人だ。こんな『戯れ』などいつものことだと、今だってクーリーは先程までの苦しみなんて嘘だったかのようにケロッとしている。

「っ、あー! もう、ごめんてフーちゃん。でも、そんなフーちゃんもオレは好きやで」

 言葉ではそう言ってはいるが青い顔で立ち上がりながら、美青年は大袈裟なまでの投げキッス。そしてアンフェルの手元の炎は少しだけ桃色を帯びた色合いに変わる。はあ……もうよかって。

「なんでローブ切り刻むんは無罪で、図星つかれたら有罪とや?」

「アンちゃんなんて毎日のトレーニングに、フーちゃんの聖杯殴らせてもらってんのになー。っ……ほ、ほんま……懐深いわー」

 言葉の途中で燃え上がりかけたランタンに気付いたクーリーが軌道を修正し、なんとか二人揃って焼死は免れた。仕方がないのでアンフェルもその流れに乗っかることにする。ほんなこて、こん天使様はあげな感情的とや?

「トレーニングはずっと続けんと意味ないっちゃ。最初壁殴っとったら教会壊れるゆわれて燃やされて、何やったらくらしていいとや? って言ったら、聖杯やったら頑丈やけんよかよって」

「……ホンマフトコロフカイワー」

 嘘があまり得意ではないクーリーの声がひっくり返ったので笑っていると、彼はいつになく真剣な目でアンフェルを見て言った。

「……手ぇ、大丈夫か?」

「あー。俺ん身体は元から炎の魔力を宿す身体やけん。きさんよかよっぽど“火傷”には強かけん。きさんはなんも心配すんでよかよ。ならず者も――」

――天罰も……

「――俺が全部捻じ伏せたるばい」

 初めて出来た相棒とも呼べる存在は、盗人ながらにナイフ<武器>が無ければなんともか弱く儚い存在で。互いに軽口を叩きつつも、その力の差は歴然としているというのに……アンフェルはクーリーを対等な相棒であると言い切ることが出来る。

「アホ」

 にやりと笑うその口元には、こんな時にしか見せない男の顔が覗く。

「お前とオレでねじ伏せるんやろ」

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