フレアニスの天罰

けい

第一話「フレアニス教会の罪人達」(一)


 その日、もう幾度となく繰り返された怠惰なる日常を染め上げるようにして、天使の意思『フレアニスの炎』は激しく燃え上がった。

 天界からの意思を色濃く映すその炎に浮かんだ朱。これから訪れる者の心の色を示すかのように、炎はその奥底からの憎悪を溶かし込むような朱に染まっていた。

「フーちゃん、なんて?」

 天上まで届く偉大なる天使を模った大層御立派なステンドグラスを磨いていた、白に近い銀髪頭がそう言いながら振り返る。

 ここは辺境の村にある小さな教会だ。大都市にあるような御立派な建物では決してない。その大部分が木造のこの教会は、村で唯一ある二階建ての集会場の方が規模としては大きいくらいで。

 それでも『天界への祈りを捧げるに相応しい場所』を目指しているのだか何だか知らないが、こんな小さなボロ小屋もどきのような木造建築の壁一面を占拠する形で、『天から与えられる恵み』を表現した、赤色を主体としたステンドグラスが輝いているのである。

 その、この教会がなんとか教会としての体裁を保っている核とも言える部分を、あろうことか汚らしいブラシで磨いていた白に近い銀髪頭の男――クーリーが、手に持っていた掃除道具を床に放り出しながらこちらの返事を待つように上目遣いをしてみせた。

「知らん。なんか、はらかいとる。言葉にせんヤツの考えとぉことやけん、女やろうが天使やろうが俺にはわからんたい」

 いくら見た目が女顔で美青年と称されるクーリーの上目遣いであろうと、こいつはれっきとした男なのでその媚びるような視線には純粋なる殺意しか湧かない。相手も自分――アンフェルがどう思うかなんてわかりきっているので、わざとそうしているだけだ。男二人で教会に収監されているからこその、『揶揄い』というやつだ。

「もー、アンフェルってば冷たーい! オレのことはわかってくれんのにー! 天使のフーちゃんの言葉はわからんなんて言ったら、またご機嫌損ねてまうで!」

 こちらの言葉の真意までしっかりと拾いきったクーリーは、そう言いながらもご満悦だ。天使様の機嫌なんてものよりも、自分の機嫌の方が大事な男である。

 嬉しそうな表情のまま、アンフェルが座っているテーブルセットまで寄ってきて、そのまま目の前のイスに行儀悪く座る。ちなみにアンフェルはテーブルに腰掛けているので、小柄で華奢なクーリーのことは、普段と同じく見下ろす形になっている。

「お前はわかりやすい男やけん。また適当に掃除<汚>しおって……罰当たって死ね」

「現に今、罰受けてる最中やろーがオレら! アンちゃんこそ服役中に飲酒ってどーなん?」

 普段と同じく毒を吐くアンフェルに、普段と同じくそれにゲラゲラ笑いながら応じるクーリー。片手に掲げたウイスキーのボトルを飲み干して、ふと見上げるのは普段とは異なる色を宿した炎。

 ステンドグラスの半ば程、普通の教会ならば十字架でも掲げてありそうなその場所に、金色の装飾が美しい台座に抱かれるように、その炎は燃えていた。

 『フレアニスの炎』と呼ばれるその炎は、天界の使徒――つまり天使様の意思をこの地に伝える役割を持ち、信心深い村の人達を導くために、その炎に『意味合い』を映すのだという。煙なんてものも出ないその存在には、確かにこの地上の理は作用していないように思える。

 炎は、朱に燃えていた。これは――争いの予感。

「さーて、今度は『神サン』、オレらに何をさせるつもりやろなー?」

 目の前の声に、少しばかりの軽薄さがちらつく。色素を奪われつつあるグレーがかった瞳が、色気すらも抜かれたように細められる。

 普段の彼は成人を迎えた年齢だとは思えないくらいに幼く感じるが、こういった『悪意ある人間』の本性が滲んだ瞬間に、成熟したオスの気配を漂わせる。弱弱しき子供でも、女顔故の女々しさでもない。隣にいるのは、れっきとした男で『罪人』だ。

「クーリー、きさん……神様なんて信じとおや?」

 天使達の王が天界の神様。御伽噺の中ではそう言われている。そしてその御伽噺を信じている民衆が、このような建物を用意する。全てはヒトが生きるための救いを求めて。その『目に見えぬ存在』に、己の運命を決して貰うために。罪を犯した同胞を裁いて貰うために。

 目の前でクーリーが立ち上がった。イスの背もたれの上に両足で立っている。まるで曲芸じみたバランス感覚だが、他人から奪えるものは“全て”奪ってきたクーリーにとっては、これくらい朝飯前なのだろう。彼は華奢な身体を覆い隠すようにして、純白なる聖職者のローブを身に纏う。

「はあ? んなもん、信じてるわけないやろ? オレが信じてるんは……」 

 ニッと笑って見下してきた彼の表情は、頭上からの朱に染められていて。一般的な聖職者のイメージとは真逆をいくであろう“趣味に刻まれ繋がれた”ローブは、元からこの教会に忘れ去られていたお古に手を加えたものなので、彼には少し大きいようだ。大きく開いた首元から黒色のインナーが覗いている。

「おー……そろそろ用意せんとアレ、噴火するばい。俺も早よ着替えんと」

 生まれも育ちも罪を犯して捕まった場所も違うが、二人きりの収監生活はそれなりに心地が良い。

 メリメリと滾り出した頭上の炎に「わかっとおけんはらかくな!」と声を荒げる。同じく聖職者のローブを羽織りだしたアンフェルに向かって、クーリーは「やだぁ」と言って避難がましく続けた。

「フーちゃんのこと、また『アレ』とか言ってるっ。女も天使もアレとかお前とかで呼ぶん、巷でなんて言うか知ってる!?」

「っ! 早よブラシ直さんねこのバカチンがっ! あれは便所掃除に使うやつって言いよるやろが!」 

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