第52話 幸せ

ステラの代わりにエリザベートがしばらく世話係を務めることになったらしく、入れ替わりにノアベルトは執務室へ向かった。ずっと教育係として接していたため、傍にいると自然と背筋が伸びて少し落ち着かない。


「陛下があんなに嬉しそうな感情を露わにするのは、どれくらいぶりでしょう。あの方を幸せにしていただき、ありがとうございます」

今までになく柔らかな口調と笑みを浮かべているエリザベートに、リアはどことなく居たたまれない気持ちになった。何もしていないのに褒められるのは居心地が悪い、そう思っているとエリザベートは意外なことを口にした。


「愚息もあの場に居合わせながら、お助けできずに申し訳ございません。母親として臣下として深くお詫び申し上げます」

「エリザベートのご子息?」

「まあ、申し上げておらず失礼いたしました。ヨルンは私の息子です」

驚きすぎて声も出ない。よく見れば、確かに目元や真剣な時の表情に面影があった。


「頭が固く融通が利かない面もありますが、今回のことで反省したでしょう。陛下のご厚情に甘えすぎていて慢心していた者も同様です。ですから姫様が今後城内で危害を加えられるようなことはございませんので、どうぞご安心ください」


リアの緊張の原因を勘違いしたのか、または分かっていて話をずらしたのかは定かではなかったが配慮してくれるだけは間違いなく、リアはエリザベートに感謝した。

それからノアベルトとヨルンの幼少時代のことなどを聞いているうちに、あっという間に時間が過ぎていった。


ノアベルトが戻ってきたのは既に夕食も終えた後だった。

「今回の処遇について一応決着がついた」

食事を一緒に摂らないことは珍しくよほど仕事が溜まっていたのかと思いきや、今回の出来事に早々に決着をつけるためだったようだ。


イブリン王女はルーナ国内の修道院送りが決定し、ルカ王子は廃嫡され身分をはく奪された上に僻地へ追放、そしてアレクセイは死罪を言い渡された。


「エメルド国内に残存する聖女召喚に関する書物は全て焚書となった。絶対とは言えないが、今後聖女が召喚される可能性はかなり低いだろう」

どんなに現状に不満を抱いていても、召喚されてもいいという理由にはならない。その言葉にリアはほっと安堵の息を吐いた。


「だが可能性がゼロでない以上、聖女保護に関する法規を新たに追加することにした。今後どこに召喚されようと一定の保護を受け入れる草案を作成し、エメルドもこれに準ずることになっている」

恐らくそれは自分のためなのだろう。過去の聖女たちの処遇にリアが不満を抱いていることをノアベルトは知っている。万が一にも今後同じようなことが起きないよう救済措置を作ったのだ。


「リア、おいで」

手を取られてベッドに誘われれば、心臓の音がうるさくてひどく緊張していることに自分でも混乱する。

(初めての時は分からなかったし色々考える余裕がなかったから……)


「どうした?体調が優れないのか?」

心配そうな声が聞こえるが、真っ赤になった顔を見られるのが嫌で俯いたまま返答する。


「そうじゃなくて、何か恥ずかしい……」

「ふふ、それなら毎日たくさん愛して慣らさなくてはな。私を幸せにしてくれるのだろう?」

顔を上げると嬉しそうに微笑むノアベルトの顔が近づいて、反射的に目を閉じた。


柔らかい感触とこれから起こることを想像すると、ますます鼓動が激しくなっていく。昨晩はノアベルトと再会できたことで気にする余裕がなかったが、安全な場所で求められることで自分や周りを気にする余裕ができたのだろう。

唇が離れ、余裕がなくなる前にどうしても伝えたいことがあった。


「私、この世界に来て、ノアに出会えてよかった。幸せにしてくれてありがとう」

「リアは私の幸福そのものだ。愛している」


その言葉を証明するかのようにノアベルトは愛情を示し続けた。リアは二度とどこかに逃げ出したいという願望を抱くことはなく、愛される喜びに満たされた日々を送るのだった。


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ヤンデレ魔王は短気な聖女を溺愛したい 浅海 景 @k_asami

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