第51話 資格

宣言通りに城へ戻ったノアベルトとリアを迎えたのはヨルンだった。


「陛下!此度の失態、誠に申し訳ございませんでした。いかなる処罰も受けます故、どうぞ今一度玉座にお戻りいただけますよう、伏してお願い申し上げます!」

身を投げ出し謝罪するヨルンに続いて、衛兵や従僕、侍女もそれにならって跪いてノアベルトを迎えた。


「グレンザ辺境伯は何処だ」

ノアベルトの声にヨルンが反応する。


「客室で臥せっております」

あんなに元気そうだったのに、持病でもあったのだろうか。不思議に思いながらノアベルトと共にグレンザ辺境伯の元に案内されたのだが、その姿を目にすると思わず息を呑んだ。顔色が青ざめ、げっそりと窶れていて身を起こすのも辛そうな様子だった。


「陛下……」

「そなたには荷が重かったか。リアに、私の伴侶となる女性に二度と余計な真似をしないと誓うなら、私は再び魔王としてこの国の平穏を保つと約束しよう」

グレンザ辺境伯は絞り出すような声で言った。


「私は、この国を…守りたかっただけだ」

「知っている。だが私が責務を果たし続けるにはリアが必要だ」

グレンザ辺境伯は堪えるように瞳を閉じた後、震える手でノアベルトに指輪を渡した。


「回復するまでは滞在を許す」

それだけ言って部屋を後にしようとするノアベルトを止めて、リアは辺境伯に向きなおった。


「名を偽っていたことはお詫びします。だけど私はこれからも陛下の傍にいます。魔力も権力もありませんが、私は陛下をお慕いしておりますし必ず幸せにすると約束します。それを違えた時には処分して下さって構いません」


自己満足だと分かっていたが、それだけは伝えておきたかった。血の繋がりはないとはいえ辺境伯はノアベルトの叔父であり、臣下として魔王の身辺を警戒するのは立場上当然だと思えたからだ。


(すぐには無理でもいつか認めてもらいたい)

呆気に取られた様子の辺境伯をよそに、ノアベルトは優しくリアの肩を抱いてほほ笑んだ。


「私自身の幸福を考えてくれる大切な存在だ」

「……心得違いをしておりました。どうか、お幸せに」

眩しそうに目を細めて、辺境伯は頭を下げた。


私室に戻るなり、ノアベルトはリアに深く口付けた。切望するような性急さに動揺しつつも必死で応えていると、ようやく解放された。


「……あんなに可愛いことを言っておいて、夜まで待たされるなんて辛い」

先程の幸せにします宣言に気分が昂ってしまったらしい。その覚悟は本物だが、思い出すと少々気恥ずかしくなる。


「それにしても、ああいうことは私に直接言ってほしい」

期待するように言葉を求められて、目が泳いだ。


(面と向かって何と言うのはハードルが高すぎる!)

返事に迷っているとノックの音がしてステラが姿を見せた。その手と首元には白い包帯が覗いていて、リアはすぐさま傍に駆け寄った。


「ステラ、ごめん!私を庇ったせいで…」

「とんでもございません。姫様がご無事で何よりです」

ステラは穏やかな笑みを浮かべているが、まだ痛みだって残っているはずだ。


「ノア、治るまでステラを休養させてほしいんだけど」

「ああ、構わない」

それからノアベルトは小瓶を取り出しステラに渡した。


「飲めば治りが早い。回復したらまたリアに仕えろ。……あの時は悪かった」

「勿体ないお言葉でございます。心よりお仕えさせていただきます」

不在の時に何があったのかは知らないが、重い雰囲気はなくどこか和らいだ空気にリアは何も聞かないことにした。


「ノア、ありがとう」

自分の意図を汲んでくれたというよりも、ノアベルト自身がステラを気遣ったことが嬉しかった。畏怖される存在よりも敬愛される存在のほうが好ましいと思うのはリアの勝手な願望だが、傍で仕えてくれる人たちとは心地よい関係性を築いていきたいと思うのだ。


ステラが持ってきてくれたティーセットを準備して、一緒にお茶を飲んでいるとノアベルトが躊躇いがちに切り出した。


「前聖女の事だが……」

ノアベルトの口調から真剣な話だと察してリアは居住まいを正す。


前聖女はリアよりも少し年上の女性だったようだ。召喚されてすぐに先代魔王に囚われて、地下牢に監禁された。ノアベルトが会った時には既に心身ともにボロボロの状態だったという。彼女はノアベルトに殺してほしいと懇願し、ノアベルトはその願いを叶えた。


「聖女を殺めたからと言って私の魔力に変化はなかった。だがその後まもなく先代から玉座を簒奪したから、聖女を生贄に力を得たという噂が立ってしまったようだ」

ノアベルトが王位を継いでいなかったら、自分もそんな目に遭っていたかもしれない。そう考えるとぞっとした。


「どんな理由があろうと、前聖女を殺めたのは私だ。……怖いか?」

はっと顔を上げるとアメジストの瞳が不安げに揺れていた。


「怖くなんかないよ!ノアは望みを叶えてあげただけだし、私も同じような立場だったら、それを望んだと思う」

「リアを手に掛けるなどあり得ない。……ずっと私の傍にいると約束してくれるか?」

「うん」


返事をすると愛おしげに髪の毛をすくってキスをされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る