第19話 彼女は――。


原付を走らせること、20分。

訪れたのは、町外れの市営博物館に併設された、プラネタリウムだった。

思わず呟く。


「こんな所に、プラネタリウムなんかあったんだな」

「知らなくても無理はないわ。見ての通りの客入りだから」


三角に言われて、周囲を見回した。

駐車場はがら空き。停まっている車は一台だけ。

駐輪場には、バイクも自転車も停まっていない。

お世辞にも、繁盛しているとは言い難い。

無理もない。市街地に行けば、いくらでも遊ぶ場所があるからな。わざわざ、こんな僻地へきちまで来なくても、十分すぎるほど楽しめる。

ひょっとすると、プラネタリウムも、もっと良い施設が市街地にあったかも。

今さら思っても遅いと分かっていながら、携帯電話で、この施設のレビューを確認してしまう。


【防音が不十分で、屋外にいる人間の声が聞こえるから萎える】

【隣の寝てる客、いびきうるさすぎ】

【トイレ借りたいだけなのに、入館は有料とかふざけんな】


……どの苦情も、博物館側に非はない。

書き込んでるお前らのモラルが終わっている。

嘆息たんそくして、プラネタリウムへ。

建物へ入ると、出入り口のそばに、チケット売り場が設けられていた。

高校生2人で1000円。絶対に、採算さいさんは取れてないだろう。

案の定、プラネタリウムが投影されるホール内にも、人はほとんどいない。


「マジで貸し切りだな」

「税金の無駄遣いね」


そういうこと言うな。

ひょっとすると、立地的な理由に加えて、ネット上の低評価のせいで、客が寄り付かなくなっているのかもしれない。

二人並んで、適当な席に腰を下ろす。

数十秒後。右隣の三角に聞く。


「……これ、何時スタート?」

「じきに始まるわ。大人しく待っていなさい」


彼女の言った通り、すぐに一帯の照明が消えて、頭上に夜空が出現した。

女性の、落ち着いたアルトボイスによる解説と連動して、次々に星が浮かび上がり、またたく。

ナレーターさんには申し訳ないが、この手の解説って、なぜか頭に残らないんだよなぁ。

……何となく、三角の方へ目を向けてみる。

すると、彼女もまた、僕が座っている方に、顔を向けていた。

彼女は目を見開いた後、慌てて目を逸らす。

暗がりで分かりにくいが、頬が紅く染まっている気がした。

彼女は吐き捨てる。


「次、こっちを見たら、原付で轢くわよ」

「怖っ」


お前も、こっち見てた癖に……。

嘆息しつつ、星空へ視線を向け直す。

不意に、流れ星が流れた。

単なる映像と分かっていても、少しテンションが上がってしまう。

――おそらく、三角も同様の心境だったのだろう。

だから、いきなり手を繋いできたのだ。そうに決まってる。


「っ! ちょ、これ」

「静かにしなさい。殺すわよ」


次、三角を見たら、原付で轢かれる。

静かにしなければ殺される。

つまり、僕が取れる行動は、三角の方へ目を向けず、黙って夜空を見上げることだけ。


「……トイレ、行きたいんだけど」

「……」


左手が自由になったことを確認してから、立ち上がり、トイレへ。

戻った後、涼しい顔の三角へ横目を向けた。


「手、繋いでたよな?」

「遂に、現実と妄想の区別もつかなくなったの?」

「……いや、それは無理あるって」

「証拠はあるの?」

「顔、めっちゃ赤いぞ」

「……あ、暑いのよ」


 館内は適温だ。空調の効きもバッチリ。

 三角が咳払いして言い捨てる。


「『自分と手を繋ぐ』という行為に、私を赤面させるほど価値があると思っていたの? 随分と自己評価が高いのね」

「いや、そういうつもりじゃないけどさ……」


鼻を鳴らして、頭上に顔を向け直す三角。

黙って星を見上げていれば、文句の付けようのない美少女なんだけどなぁ……。

……そんなの、三角じゃないか。



「テストの点数と順位は、ちゃんと教えるように」


三角を自宅へ送り届け、帰ろうとする僕に、彼女はぶっきらぼうに指示した。

振り返り、意図いとを問う。


「でなければ、私の努力が実を結んだかどうか、分からないでしょう? 貴方が言ったのよ?」


ヤバい。忘れていた。あの場で逃げられないようにするための方便ほうべんだからな。

だが、今さら真実は言えない。


「わ、分かった。教える」


……これで、僕の点数がアップしていれば、勉強会は終了。三角は僕から解放される。

そして、僕に彼女を引き留める術はない。



テストが全て返却された。

あわせて、順位の記された紙片も渡された。

放課後。早速さっそく、三角に聞く。


「テストの結果、どうだった?」

「……二位よ。最悪」


苛立いらだたしげに呟きながら、鞄を手に取り、席を立つ三角。

彼女を追って、僕も教室の外へ。

玄関まで来たところで、ほんのり頬の赤い三角が呟いた。


「ひ、暇がある時に限り、今後も、勉強を教えてあげてもいいわよ」

「断る」


即答に、三角の表情が強張った。

僕は口角を上げて続ける。



「これからは、僕が勉強を教える側だ」



そして、ポケットから取り出した、【総合順位/1位】と記された紙片を、彼女の眼前へと突きつけた。


「っ……!」


順位と僕の顔を、交互に見比べる三角。現実を受け入れられない様子。

歯噛みしながら、彼女は言い捨てる。


「……貴方に教わるのだけは嫌。絶対に」

「そういう余計なプライドが、学力向上を阻害している。とか前に言ってなかったか?」


瞬間、これでもかとばかりの冷眼を向けてきた。


「よっぽど、僕に教わるのが嫌なんだな」

「……嫌というか、必要性を感じないというか、上から目線が腹立たしいというか」

「仕方ないだろ。実際に格上なんだから。事実を受け入れろ」

「……いずれ私の方が格上になるわ。時間の問題よ」

「つまり、現時点では格下だと認めるんだな」

「……私を虐めて楽しい?」

「虐めてるつもりはない。巨象の水浴びが、小さな蟻を殺してしまうようなもんだ。水に流せ。水浴びだけに」

「蹴るわよ」


少しだけ足を上げる三角。

念のため、安全圏まで移動してから聞く。


「で、どうする?」

「……ヨロシクオネガイシマス」


ペッパー君と遜色ないレベルの、機械的な声での懇願こんがん

幸か不幸か、断る理由はなかった。

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性格の悪い美人と性格の良いモブ 森林梢 @w167074e

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