第18話 彼女は自制を強いる

ある日の放課後。

図書館でも勉強中に、三角が呟いた。


「テスト、近づいてきたわね」

「……そうだな」

「……テストの点数がアップしたら、この勉強会は終了するのよね?」

「……そういうことに、なるかな」


ややテンポの悪いやり取りだった。

二回、深呼吸してから尋ねる。



「……テストが終わった後も、こうやって、教えてもらってもいいか?」



数秒、三角の動きが止まった。


「……いつまでも、私から勉強を教えてもらえると思ったら大間違いよ。自学自習できない人間の面倒を見続けられるほど、私は暇じゃないの」


非の打ち所がない正論だ。


「それと、勉強の道具みたいに扱われるのは、極めて不愉快よ」

「……ごめん」


三角の目を見て謝る。彼女は不自然に目を逸らした。


「自ら学ぶ姿勢さえあれば、貴方の成績はまだまだ伸びるわ。……私がいなくても」

「……」


ふと思う。

ひょっとしたら、三角は僕のことを思って、あえて距離を置こうとしているのかもしれない。

仮にそうだったとしても、絶対に言わないだろうけど。

……そうだったら、嬉しいな。

三角が苦笑を浮かべた。


「私と貴方が会話したとて、何も生まれないわ。生産性ゼロ。時間の無駄よ」

「お前と話してるの、僕は嫌いじゃない。……っていうか、好きだ」


頑張って付け足した僕を、誰か褒めてくれ。

残念ながら、三角は顔を赤らめるだけで、褒めてくれない。


「……あ、貴方、変よ」

「かもな」


変な奴の近くにいたから、伝染したのかもな。



勉強会、終了後。

図書館を出たタイミングで、三角に訊いてみた。


「テストが終わった日の翌日、暇か?」


彼女は、首を傾げて訊き返す。


「今の所、特に予定は無いわね。何か用?」

御礼おれい、させてくれないか?」

御礼おれい?」

「お前の行きたい所、連れてくよ」


誘いに、ほんのり頬を染める三角。


「……それって、要するに、デートに誘っているということよね?」

「……要すると、そうなるかもな」


 返答に、三角は視線を泳がせた。


「……そ、そう。ありがとう」

「……1万円以上必要な所は、要相談で」

「締まらないわね……」


あからさまにガッカリするな。

無責任な発言すると、お前が文句言いそうだから、怖いんだよ。



四月末。テストが終わった。

ぶっちゃけ、手応えしかない。ほぼ完璧だった。

 ケアレスミスが無かったら、全教科100点かも。

……こういう時ほど、結果って期待を大きく下回るよね。あるある。

そして、三角に御礼する日を迎えた。

一応、昨日の夜にシミュレーションは済ませた。

ぶっちゃけ、手応えはない。

どういうルートを辿っても、どこかで必ず三角が不機嫌になる。

気分はバタフライ・エフェクトだ。

三角邸の門前で待つこと数分。三角凛が現れた。

パステルピンクのニットに、黒のスキニージーンズという服装だ。シルエットのコントラストによって、常人離れしているスタイルの良さが、いつも以上に強調されている。

そんな三角が、ぎこちなく挨拶した。


「……お、おはよう」

「……お、おう」


釣られて、返事もぎこちなくなってしまう。

静寂を嫌い、さほど意味のない質問を差し挟んだ。


「原付、本当に使っていいのか?」

「えぇ。姉さんの許可は貰っているわ」


その言葉に安堵する。

前回と違って、今日はちゃんと一日保険に入った。これで事故を起こしても大丈夫。

いや、起こさないけどね。安全運転するけどね。三角も乗せるし。

人知れず使命感に燃えていると、三角が言った。


「早く出発しましょう。貴方が来たことを、姉さんに勘付かれると、面倒だから」

「了解」


原付を引っ張り出し、座席へ腰を下ろす。

そして、三角が後部座席に座り、ゆるく僕の身体に両手を巻き付けた。

不安を覚えて注意する。


「頼むから、しっかり掴まってろよ。ビックリしても、急に離すなよ?」

「そっちこそ、妙な気を起こしたら、絞め落とすわよ」

「運転中に絞め落としたら、お前も死ぬぞ」

「じゃあ停車中に絞め落とすわ。赤信号に注意しなさい。二つの意味で」

「怖っ……」


怯える僕。追い討ちをかけるように、三角が腕に力を込めた。

必然的に、僕を強く抱きしめる形となる。

勿論、そこに他意は無いんだけど。

彼女は不服そうに吐き捨てた。


「……せ、せいぜい、自制じせいしなさい」

「……努力する」


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