第17話 彼女は気になるお年頃

「私の私物に、何をしたの?」

「……な、何もしていません」


三角の詰問と冷眼に、こわごわ返す。

リビングには、三角と僕の二人きり。

つい一分ほど前。月子さんはニヨニヨしながら部屋を出て行った。

そう。菜月と同様の、ニヨニヨした笑みだ。

部屋を出る直前。

僕のすがるような眼差しを無視して、彼女は平然と言った。


「さて、邪魔者は退散するとしますかね」


ウインクした姿が非常に魅力的で、だからこそ腹立たしい。


「あ、凛に報告しとく。ヘルメット、阪柳君の匂いがするよ」


 貴様、絶対に許さん。


「あと、阪柳君が凛のこと『可愛い女の子だ』って言ってたよ!」

 

 喋るな。頼むから。

 そして、月子さんはいなくなった。

 火種だけを残して。

 恨みを募らせていると、三角が、冒頭の詰問を繰り返した。


「私の私物に、何をしたの?」

「しょ、消臭剤をかけただけです。本当です。神に誓います」


 必死の釈明を続ける。

 三角が、自身のヘルメットを手に取り、顔を近づけ、鼻をひくつかせる。

 僕には嗅ぐなって言ったのに。

 数秒後。判決が下された。


「今回は、信じてあげる」


良かった。一安心だ。

と思ったのも束の間。すぐに三角は表情を引き締める。


「ところで、どうして私がいない間に、自宅へ上がり込んだのかしら」

「月子さんに、寄ってくかって言われたんだよ。

「それで、ノコノコと付いてきたの? あれが、悪意を持つ赤の他人だったら、どうするつもりだったの?」

「そんなの、普通に考えて、あり得ないだろ」

「普通の考えで、悪意ある第三者の攻撃は避けられないわ」


 ……言われてみれば、そうかもしれない。

 居丈高に三角が告げる。


「軽率に他人を信じるのは止めなさい」

「わ、分かったよ。気を付ける」

「あと、胸の大きい女は、全員馬鹿よ」

「それは違う。絶対に」


 あの人、馬鹿ではないだろ。残念ながら。

 よし、やっと説教が終わった。息を吐いて、姿勢を崩す。


「――最後に、もう一つ聞かせて」


 まだ何かあるのか。はよ聞け。



「……ね、姉さんが言っていたことは、本当なの?」



月子さんが、言っていたこと? 何の話だ?

視線での問いに、三角は前髪を触りながら応じる。


「……わ、私のことを『可愛い女の子』と言ったの?」

「……」


わ、忘れていた……! 

動揺を押し隠して答える。


「……きゃ、客観的事実を答えただけだ」

「なるほど。貴方は、そうやって陰口を叩く人間なのね」

「誤用だ。陰口は【当人のいない場所で言う悪口】という意味の言葉だぞ」

 

 僕の指摘を、三角は鼻で笑い飛ばした。


「もし仮に私が『可愛い女の子』と呼ばれることに対し、強いストレスを感じる人間だった場合、それは立派な悪口よ。悪口か否かのジャッジは、当人である私次第なのだから」


 む。一理あるかもしれない。

 あわや屈しそうになったが、強靭な精神で応戦。


「じゃ、じゃあ、お前は可愛いって言われるの、嫌なのかよ」

「嫌よ。『可愛さ』という価値は、年を重ねれば重ねるほど減耗げんもうしていくわ。そんな仮初かりそめの評価など、私は要らない」


 駄目だ。勝てそうにない。降参である。

 それに、そこまで嫌なら、わざわざ言う必要もない。


「分かったよ。もう二度と言わない」

「……」


要求通りの返答だったはず。なのに、三角は更に不機嫌そうな面持ちを浮かべた。


「私は『言いたいことがあるなら、面と向かってハッキリ伝えなさい』と言っているのよ」

「……」


……こいつ、ひょっとして、可愛いって言ってほしいのか?

意を決して、本心を伝えた。



「――三角は、可愛いよ」



「んぐっ……!」

自分で求めた癖に、三角は『可愛い』と言われた途端、頬を染めて俯いてしまった。

前髪のカーテン越しに、潤んだ瞳で、こちらを見据えている。

視線を彷徨さまよわせながら、僕は続けた。


「も、勿論、容姿だけじゃなくて、内面も」


 言うやいなや、三角の顔から赤みが消える。


「あからさまな嘘を吐かないで。白けるわ」

 

 自身の内面に対する高評価を、嘘だと決めつけるな。


「お前が、自分のことをどう思ってるかは知らない。けど、少なくとも僕は、お前は優しい奴なんだと思ってる」


 僕としては褒めたつもり。しかし、三角は能面のうめんのままだ。


「勝手な期待を抱いた人間に、勝手に幻滅されるのは御免。以前、そう言ったはずよ」

「……あぁ、覚えてる。でも、仕方なくね? 思っちまったんだからさ。今更どうしようもねぇよ」


不満げに唇を尖らせた三角が、そっぽを向いてしまった。

そんな彼女に、努めて淡々と尋ねる。


「答えたくなかったら、無視してくれて良いんだけどさ」


三角は黙したまま、視線だけを僕に向ける。




「勝手に期待して、勝手に幻滅したのは、お前自身だったんじゃないか?」




「……どういう意味?」

「自分と同じ思いを、他人にさせたくないから、あえて周囲の人間を突き放してるんじゃないのか?」


 しばし、三角は返答に詰まった。


「……違うわ。私はただ、性根が腐っているだけよ」

「性根が腐ってるやつは、自分で自分のこと、性根が腐ってるって言わないだろ」

「性根の良し悪しと、その自覚の有無に、因果関係は無いわ」

「……」


 その通りだ。反論が思い付かない。

 苦し紛れに言い捨てる。


「……じゃあ、性根の腐ってる所が、可愛いと思うよ」


 瞬間、また三角の顔は紅く染まった。


「……ば、馬鹿なの?」

「仕方ないだろ。『三角凛の性根が腐っている』っていう条件と『僕が三角凛を可愛いと思う』っていう条件を、二つとも成立させようと思ったら、自然とそうなっちゃうんだよ」

「……確かに、そう考えれば、論理的破綻は無いわね」


紅顔のまま、三角は悔しげにうなった。

何気なにげに、初めて彼女を論破したかもしれない。やったぜ。


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