第37話 文化祭③—先輩と後輩—
昼休みが終わったので、俺は教室を出て苧環のもとへ向かった。華畑とは「受付の仕事、頼んだぞ」と言って別れた。
それにしても、人多いなぁ……。
生徒、保護者、他校の生徒etc、という感じなのでしょうがないのだけれど。廊下は色とりどりかつデザインも様々なクラTを着た生徒たちや年齢も様々な保護者、写真を撮りに来たカメラマンなどで賑わっていた。おかげで人海をすり抜けるのに苦労したぜ。なんとか階段までたどり着き、一つ上の5階まで昇った。景色は4階とあまり変わっていない。廊下を少し進むと、1年4組の教室が見えてきた。そして教室付近の壁にもたれかかってスマホをいじっている少女も視界に入った。俺は足を止めた。
「よう、苧環」
苧環はピンク色の地に青で『1年4組メイド(男子)喫茶』と書かれたTシャツを着ていた。ちなみに下は制服のスカートである。俺が手を振って呼び掛けると苧環も顔を上げてこっちを向いた。顔には太陽のような輝く笑顔が浮かべられている。
「あ、せんぱーい!」
「待たせたな」
「いえいえ。待ってないですよ」
「嘘つけ、2分15秒待っただろ」
「その程度、私的には待ったうちに入ってません」
ふたりしてくっくと笑い、それから切り出した。
「さて、どこ行く?」
事前に考えていたのか、すぐに答えが返って来た。
「先輩のとこに行きたいです!」
「あ、ああ…」
想定はしていた。それでも、思わず適当な言葉を返してしまった。
多分、いや確実にあいつと顔を合わせることになる。
「先輩?」
「いや、なんでもねぇよ」
様子を問われ、反射的にそう言ってしまった。だが、こいつの前で優しい嘘を吐くわけにはいかない。
「悪い、やっぱりちょっとな。前に、花陽といろいろあって…あいつ受付にいると思うから、顔、合わせるのが何となく気まずい……っていう感じだ」
俺が訳を話してやると、苧環は驚いたように目を見開いていた。やがて優しくふっと微笑み、
「そうですか。話してくれて、ありがとうございます。それじゃあ、ちょっと残念ですけど別のとこで……?」
そう言って窺うような視線を向けてきた。俺は「いや」と首を振った。
「ただ気まずいってだけで絶対に顔を合わせたくない、ってわけじゃねぇんだよ。だから、構わん」
それに、あいつとは後で絶対に会わなければいけないのだから。
俺の言葉に苧環は「そうですか。じゃあ、行きましょう」と言い、歩き出した。俺も隣に並んだ。
「何も訊かねぇんだな」
「先輩の事ですから、ちゃんと考えているんでしょうし大丈夫かなと思いましたので」
ちらと横を見る。苧環は微笑を浮かべていた。ただ優しくすべてを包み込んでくれるような、柔らかい微笑みだった。なんだか救われたような気持ちになった。
階段を降りるとすぐに2年5組の教室の前へと辿り着いた。やはり受付には二人の人間がいた。苧環は彼女らを見るなり元気よく挨拶をした。
「美樹ちゃん先輩、花陽先輩、こんちわーっす!」
華畑と花陽も挨拶を返した。
「こんにちは苧環ちゃん。来てくれてありがとー!」
「こんにちは、苧環さん」
俺も何か言おうとしたところで花陽が先に口を開いた。
「こんにちは、鬼灯くん」
顔には笑みが張り付けられていた。その笑顔には見覚えがある。女王と呼ばれていた頃の、笑顔だ。拒絶の意志をありありと感じ取れた。
けれど。
ある意味でありがたかった。それならそれでやりやすいから。
俺も笑みを張り付けて軽い感じで「よう、花陽、華畑」と挨拶した。もしかしたら華畑は違和感を感じていたかもしれない。けれど黙っていてくれた。
ぱちんと手を叩き、それからテーマパークのスタッフみたいに明るい口調で華畑が言った。
「ようこそジブリクイズへ。皆さまにはジブリの世界へと足を踏み入れていただきます。そこでは何問かのクイズが出題されます。正解数に応じて豪華景品がゲットできます。頑張ってください!」
言い終えて華畑が俺たち二人に紙を手渡し、花陽が扉を開けた。苧環が「ありがとうございまーす」と礼を言って俺たちは中へ入った。最初はトトロのエリアだ。幻想的な森の絵や猫バスの絵で飾られている。どのエリアにも二つの机といすが用意されている。近くには男子と女子の二人のクラスメイトがいた。名前は思い出せないが顔は見覚えがある。俺が「よう」と軽く会釈をすると彼らも「よっ」「こんちわー」と返してくれた。男子が言った。
「さぁさぁ、おかけください。ここではとなりのトトロに関するクイズを2問出題させていただきます」
言われた通り、俺たちは席に着いた。そのタイミングで女子が言った。
「制限時間は30秒です。見事正解しましたら、スタンプを押させていただきます。それでは、第一問!」
一度言葉を区切り、それから再び口を開いた。
「作品に登場するどこか可愛らしさがある生き物のトトロですが、実はトトロという名前はメイちゃんの勘違いによってつけられた名前だというのは御存じでしょうか?では、あの一番大きなトトロの本当の名前は何というでしょうか?それでは、よーいスタート!」
ちなみに俺は問題の内容と答えをすでに把握しているので一切口を出さない。ただ黙って横を見ると、苧環はうーむと考え込んでいた。カチカチカチと壁掛け時計が時を刻む音が聞こえてくる。その音が30回に到達するより早くに答えが思い浮かんだようだった。苧環は顔を輝かせながら「はい!」と手を挙げた。「どうぞ」と女子が言った。
「ミミンズク!!」
「正解でーす!」
苧環の答えを聞いて、ふたりがぱちぱちと拍手をした。ちなみに中くらいのトトロはミミ、一番小さいトトロはズクというらしい。フクロウがネーミングの由来のようだ。
っていうかお前知ってたの?
疑問に思い、苧環を見た。俺の視線に気づき、彼女がちらとこちらに目を向けた。そしてなぜか得意げに鼻を鳴らして語り始めた。
「ふふん。私、ジブリオタクなんですよ。映画館で見て、金ローでも見て細かいところまでしっかり把握してます。ジブリに関する情報は漏れなくゲットしてます。知ってました?トトロって別作品でもちらっと登場してるんですよ」
「は、なめんな。知ってるわそんくらい。平成狸合戦ぽんぽこだろ。あとついでに言えばまっくろくろすけは千と千尋に出てくるし、ミミンズクはトイストーリー3にも登場してる」
俺の華麗な切り返しに、苧環が「うっ」と声を詰まらせた。
「やりますね……。じゃ、じゃあ—」
苧環が言葉を続けようとしたところで「あ、あのー…」という様子を窺う声に遮られた。前を見ると、出題者のクラスメイト二人が苦笑いを顔に張り付けたまま俺たちのことを見ていた。困らせてしまったらしい。苧環も気づいたようで彼らにぺこりと頭を下げた。
「あー、すまん。次、出題してくれ」
まぁ、この感じだとあっさり正解するだろうけどな。
こほんと咳ばらいをしてから男子が口を開いた。
「では、第二問。トトロのもとになったと言われているキャラクターが別の作品に登場しているのですが、その作品名とキャラクターの名前をお答えください。よーい、スタート」
やはりと言うべきか、数秒ほど「えーっと」と考え込んだ後、苧環は正解を口にした。
「もののけ姫のコダマですよね?ラストに出てくる」
苧環の答えを聞いて、「「正解でーす」」と二人で拍手した。彼らの顔には「やっぱりか」という呆れにも似た表情が浮かんでいた。ゆえに拍手がぞんざいだったのだろう。
スタンプをもらい、次のコーナーへと移った。そして魔女の宅急便、千と千尋の神隠し、ハウルの動く城、すべてのコーナーのすべてのクイズで苧環は見事正解し、景品(うまい棒10本)を勝ち取った。全問正解したのは苧環が初めてのようだった。
*****
「はー楽しかった!さっき撮った写真、後で先輩にも送っときますね」
ルンルンとステップを踏みながら廊下を歩く苧環。俺はその隣を歩いている。最後のエリアには写真コーナーがあり、等身大カオナシ模型と写真を撮ることが出来る。俺は写真があまり好きではないのだが、クラスメイトの「一緒に撮ってあげればいいじゃん」という視線と苧環の猛烈なアタックに押され、しぶしぶ付き合ったのだった。きっとひどい顔をしているだろうから見たくない。
「いや、いらん」
「えー?なんか言いましたか?」
首をぶんぶん横に振りながら懸命に拒絶したのだがその甲斐なく無視されてしまった。絶対聞こえてたでしょ……。俺には拒否権はない。そういう訳なんですね。どうやら俺は非常任理事国の人間らしい。
「ところで先輩、次どこ行きます?」
来た、と思った。その言葉を待っていたのだ。不自然にならないよう気を付けながら用意していた言葉を口にした。
「そうだな……。良い頃合いだし、体育館行かねぇか?3年生の劇、見てみたいとは思ってたんだよ」
体育館で行われる劇などの公演スケジュールは配布されたパンフレットに載っている。俺はそれをしっかりと把握していた。もちろん演目も。
「あー、あのちょっと噂になってたやつですか。いいですね!私も見たいと思ってました」
やはり乗って来るだろうと思っていた。内心で「よし!」と思いながら俺は「んじゃ行くか」と言った。苧環が「はい!」と返した。
三階に下りてそこから渡り廊下を進み、途中で左に折れて体育館へと足を踏み入れた。来る途中、何人かの衣装を着た生徒らとすれ違った。今はちょうど終わったころだろう。館内の照明は灯っており、舞台の幕は降ろされている。そして生徒や保護者たち観客の話し声で満たされていた。今は幕間の時間なのだ。次の開演まで10分ほど間が空く。これも想定の内だった。
俺と苧環は少し歩いて空いている席を二つ見つけ、そこに腰を下ろした。大分後ろの方だった。だが俺も苧環も目は良いので十分舞台は見える。パンフレットに目を落としていた苧環が言った。
「ちょっと時間空くみたいですね」
「ああ、だから—」
俺はそこで言葉を区切り、少し間を空けてからこう言った。
「昔の話をしないか」
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