第35話 文化祭①—NINJAS—
翌朝。なぜかわからないが早くに起きた。しょうがないので早めに登校した。いつもは人の少ない校庭が今日は賑わっていた。皆気が高ぶっているのだろう。アゲてこうぜ、いやっふぅ~、というわけである。どういうわけだ?
「ねぇねぇ、自由時間どこいこっか?」
「ん~、3年生の演劇とか?力入れてるって話題だよ」
「あ~聞いた聞いた。でもあたしお化け屋敷行ってみたいな」
「あ、あ~それな・・・」
とかいう感じの会話が聞こえてきた。お友達お化け屋敷苦手みたいですよ。ちなみに俺は怖くないぞ。人間がやってるってことが分かってるからな。触れられるお化けなど怖いわけがないだろハハハハ。
昇降口に入ろうとしたところで後ろから得体のしれないオーラを感じたためしゅばっと振り向いた。び、びびってないからな?
「あー、お前らか」
俺が言うと彼女たちは声をそろえて「おはようございます、鬼灯先輩」と挨拶した。忍者の末裔かもしれない、猿飛・風魔・服部の三人である。何か言いたそうにしていたため「どうした?」と問うと赤髪ショートの少女、服部が口を開いた。
「大したことではないのですが……私たち、少し出し物をさせていただくので、その、楽しみにしていただけると嬉しいな、といいますか…」
そこらの生徒たちの話し声に負けてしまいそうなくらい小さな小さな声だった。恥ずかしそうに俯いており、しきりに髪をいじっている。きっとなけなしの勇気を振り絞って話してくれたのだろう。その勇気に応えるべく俺は少し大げさに反応して見せた。
「おお!!マジか。内容は秘密ってことだな。オッケー、楽しみにしとくわ」
まぁ、ある程度予想はできるんだけどね。
俺の言葉に安心したのか、彼女たちは笑顔でうんと頷いた。
「じゃあな」
彼女たちと別れ、昇降口に入り靴を履き替える。教室へと歩き出そうとしたところで足を止めた。前方に見知った顔があったからだ。
声を掛けようとした。だが、やめた。
気づいたら伸ばされた腕が変なところで固まっていた。行き場を失ってしまったのだ。肩に力が入っていた。脱力すると、手と腕はまた俺の元に戻って来た。
先に片付けなきゃいけないことが、あるんだよ。これは逃げるための口実なんかじゃない。物事には優先順位ってものがある。
俺が立ち止まっている間に彼女、花陽紫音は階段を上っていってしまった。
****
「続いては文化祭実行委員長からの挨拶です。よろしくお願いします」
教室での直前の打ち合わせが済むと体育館へと向かった。暗幕が閉められた体育館に全校生徒約950人が集まっている。生徒指導の先生や校長のありがたいお話が終わると、次は実行委員長が舞台袖から出てきた。彼は一礼してからマイクのスイッチを入れた。
「えー、ただいまより第35回月山西高校文化祭が開幕となります。皆さん、準備はいいですか?」
ちらほらと「おー」という反応する声が上がった。だがどこか頼りない感じだ。ちなみに俺は反応してません。
舞台上の実行委員長は「そんなんじゃダメダメ」と首を振っていた。
「なんか元気がないみたいなので、もう一度やります」
彼は一度言葉を区切って大きく息を吸い、
「皆さぁぁぁーん、準備、できてますかぁぁぁー??」
と大声で叫んだ。多分、体育館の端まで届いたと思う。
今度はさっきよりも多くの生徒たちが「おーー!!」と実行委員長に負けないくらいの声で返した。声でガラスが割れるんじゃないか。そんなことを思った。ビリビリと空気が振動しているのが感じ取れる。まさに祭りの始まり、って感じだった。
満足したのか実行委員長はうんうん頷いている。
「オーケーい。最高だね。それじゃあいこう」
彼がパチンと指を鳴らすと舞台の照明が落ちた。次いで幕が閉められた。何やら準備をしているようだ。足音が遠くから聞こえる。
生徒たちがざわめきだした。皆何が始まるのかワクワクしているのだろう。確か、去年はダンスとか有志の発表があった気がする。確か。
しばらくして、幕が開いた。それと同時に静寂が辺りを支配した。
舞台の照明は点いていなかった。だがうっすらと人影が見える。
瞬間、ジャジャーンという音が鳴り響き、照明が灯った。三人の少女が暗闇から姿を現した。
「はは」
思わず笑ってしまった。人物は予想通りではあったのだが。面白おかしかったのは別のところにある。
「皆さんこんにちはー!NINJAS《ニンジャーズ》ギター&ボーカルの服部菊乃です」
赤髪の少女、服部はぺこりと頭を下げた。拍手と歓声が巻き起こる。「菊ちゃーん!」「頑張れー!」という声が聞こえてくる。
「こんにちは。ドラムの猿飛飛鳥と申します」
続いて青髪っぽい黒髪ポニーテール、猿飛が挨拶をした。再び歓声が上がる。「飛鳥ちゃーん!」とか「かっこいいぞー!」とかいう声が聞こえてくる。
「こんにちは。ベースの風魔香凛です。以後お見知りおきを」
最後に桃色っぽい茶髪の風魔香凛が優雅に一礼した。またまた歓声が上がり「香凛ちゃーん、キマってるよー!」「風魔さーん!!」という声が聞こえてきた。
彼女たち三人は皆黒で統一した服装をしていた。額当てみたいなものをつけており、着ているTシャツには『NINJAS』と白のローマ字で書かれていた。
悪い、思わず笑っちまった。ちょっとシュールな光景だったから許してくれ。
それにしても。
すごいな、と思った。
多くの歓声と拍手を受けて舞台に立つ彼女たちの姿は眩しかった。俺のような闇の人間が直視したら目がつぶれる。きっとここに立つまで練習を積み重ねてきたんだろう。俺には想像できないくらい。困難や苦労もたくさんあったはずだ。
それを乗り越えて、いま舞台に上がっている。
胸がじんわりと熱を帯びている気がした。
「今日は二曲演奏します。一曲目は皆さんもよく知るあの曲です。盛り上げていただけると嬉しいです」
服部が言い終えてギターを構えた。ほんの一瞬、静かになりそれから大音量が響き渡った。三人の演奏を始めるタイミングはぴったりだった。服部は舞台前方中央に立っており、一度も後ろを振り返っていない。にもかかわらず息はぴったりと合っていた。
思わず、鳥肌が立った。すげぇ、すげぇよ。服部、猿飛、風魔。
曲が始まってすぐに体育館は熱狂の渦が巻き起こった。特に前の方にいる一年生たちは皆リズムに合わせて手を叩いたり体を揺らしたりしている。ライブの会場みたいだなと思った。ちなみに俺も軽く手を叩いている。べ、別に空気読めないやつだと思われたくないからとかそういうんじゃねぇからな?
あっという間に曲は終盤に差し掛かっていた。舞台上の三人はノリにノリながら言を弾き、ドラムを叩き、歌っていた。ここからでもわかるぐらいの弾けるような笑顔で。
お前たちは演奏することが、歌を歌うことが本当に好きなんだろうな。
俺にはそういうものが、ない。今も暗闇の中を手探りで歩き続けている。ほんのわずかな光が遥か彼方に見えるけれども近くはどうなっているかまるでうかがい知れない。そんな、暗闇を。
一曲目が終わった。ジャーンというギターの音が残り、拍手が巻き起こった。三人は一礼して、服部がマイクのスイッチを入れた。心なしか息を切らしているように見えた。
「ありがとうございました。楽しんで、いただけましたでしょうか?」
服部の言葉に対し、そこらじゅうから「イエーーイ!!」という声が上がった。それを見て服部がまたぺこりとお辞儀をした。
「よかったです。さて、あまり時間もないので次の曲に移ろうと思います。次の曲はオリジナル曲です。これを作るのにとても時間がかかりました。どうしても伝えたい言葉が、伝えたい人がいたから今日ここに上がることができました」
多分、気のせいだろう。服部の視線がすっと俺に向けられた気がした。
「それでは、聞いてください」
拍手の音が静かになったころに演奏が始まった。さっきとは打って変わって穏やかな曲だった。服部は祈りをささげるかのように、歌っていた。
「わたしは過ちを犯した。わたしは取り返しのつかないことをした。
そう、思っていた。
悔やんでも悔やみきれなくて、泣いても泣いても涙は止まらなかった。
涙の海で、おぼれてしまいそうだった。
長い長い時間が経って、部屋がようやく乾いた頃に、
決心がついた頃に、
わたしは告げた。
ただ、ごめんなさいと。
そしたらあなたは笑って、こう言った。
気にしてない、と。
おかしいな。天気予報は、晴れだったのに。太陽が、輝いているのに。
わたしの周りだけぽつぽつと、雨粒が染みを作っていた~♪」
どこかからすすり泣くような声が聞こえてきた。感情移入しすぎてしまったのだろう。歌っている服部自身もどこか泣きそうな表情をしていた。
あまり心が動かない人間だと思っていた。ちくしょう、視界がぼやけていやがる。
俺は彼女たちに向かって、心の中で言った。
今も変わってない、と。
*****
教室に戻ってからすぐにダサいクラスTシャツ、通称クラTを着て俺は廊下に出た。受付と書かれた紙が貼ってある机とともに用意されてある椅子に腰を下ろした。
教室の中には水仙を始め、午前に仕事がある連中が集まっている。さっき様子を見たのだが皆配置についており準備万端という感じだった。ちなみに飾り付けはなかなかのもので、教室に入った瞬間ジブリの世界に迷い込んだのかと思うほどだった。廊下の窓や壁にもトトロやカオナシが貼ってある。
もう生徒が出歩いていい時間だ。廊下は生徒たちが行き交い始めていた。そこらじゅうから呼び込みの声が聞こえてきた。仕方ねぇ、俺もやるか。
「あー、ジブリクイズやってまーす。写真取れまーす。楽しいでーす。よかったら来てくださーい」
前を通りかかった一年生らしき子がちらとこちらを向いたが、素通りしていった。
ちょっとダメージくらうな、これ。まぁ、こういうのはすぐには上手くいかないものだろう。もう少し頑張ってみよう、うん。
もう一度、声に出して呼び込みをしようと思った瞬間だった。横から声を掛けられた。
「やぁ、優君」
その、声は。
しばらく聞いていなかったはずなのにすぐに思い出せた。黙ってゆっくりと横を向くと視界に入ったのは、一人の少年と一人の少女だった。
「こんにちは、鬼灯くん」
少女が俺に挨拶をした。頭が追い付かなかった。は?何でこのふたりが一緒にいるわけ?
俺は少年に向かってキッと鋭い視線を送った。
「おい、お前何かしたのか?」
少年の代わりに、少女が答えた。
「まぁまぁ、落ち着いて。いろいろあったからさ。話してあげる」
彼女、木元梨華はウェーブがかかった金髪を揺らしながらそう言うのだった。
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