第三章

第28話 彼の目的

 「安心しろ。俺がやる」


 俺の言葉を聞いてクラスメイト達がざわめきだした。近くのやつらと顔を見合わせひそひそ話をし、時折ちらちらと俺の方を見ていた。俺の真ん前のやつは何がおかしいのかくっくっくと笑っていやがる。まぁ、無理もない話だが。


 「あなたが…やるって…」


 花陽は複雑な感情を滲ませた顔で俺のことを見ていた。紡がれた言葉からは心配と驚きが伝わって来た。


 正直、俺は今の状況に疑問を抱いていた。


 それはなぜか。


 「俺、部活とかやってなくて暇だしな。それに、雑用任されながらなんだかんだで見てきたから大体は把握してるつもりだ。絵を描くやつらが意外と時間かかってて大変そうだとか、飾り付け作ってるやつらはもうほとんど終わってて他のことしてるとか、そういうことまで分かってる」


 教室のざわめきが少し落ち着いた。友達へ向けられていた視線はいつの間にか床へと向いている。皆うすうす気づいているのだろう。協力ができていないことに。何とか各班の頑張りがあって遅れがでていないことに。


 俺は彼らを見回しながら続けた。


 「総括ってのは全体を把握できてるやつがやるもんだろ。なら、俺で問題ないはずだ。それに、こういうときこそ俺の出番だろ。違うか?」


 なぜ俺に押し付けないんだよ。いつもやってきただろ。


 そういう皮肉を込めて言うと、ついに全員が沈黙した。大半は黙って「何なんだよあいつ」とでも言わんばかりの視線を向けていた。だが花陽は悲哀を含んだ表情で俺を見ていた。口には薄く笑みが湛えられている。話を続けようとしたが、言葉に詰まってしまった。


 なんだよそれ、憐れんでるのか。


 何十秒経っても言葉が思いつかなかった。仕方がないので座ろうとしたがそのタイミングで静寂を破る声がした。


 「俺もやろう」


 前にいる男、前野が席を立って言った。流石に驚いた。今、俺は変な顔をしているかもしれない。


 彼は皆に聞こえるように横を向いてから話を続けた。


 「代わりはふたりいた方がいいだろ。俺は部活もあるけど、できる限り顔を出す。心配すんなってみんな。鬼灯はしっかりやってくれる。そう思わないか?」


 問うようにして前野が視線を向けた先には、さっきのキラキラギャルがいた。なぜ彼女に問う必要があったのか、正確なことは知る由もない。だがそいつの表情を見て何となく理解した。


 納得いっていないような。不満があるような。そういう顔をしていた。少しの間じっと睨むように俺と前野を交互に見て、それから前を向き彼女は「ふーん。いいんじゃない」と投げやりな感じで言った。もし、前野が申し出てくれなかったらどうなっていただろうか。そんなことを思った。


 「悪い。助かる」


 俺が小声で感謝を述べると、前野はちらと俺を見てうんと頷いた。


 教室全体に目を向けた。皆異論はないようだった。というか、やってくれるならどうぞという感じなのだろう。最後に花陽へと目を向けると、彼女は俺から視線を逸らし、正面に向き直ってから口を開いた。


 「お願いするわ。私も、できる範囲で協力は…するから」


 美しい紫黒の長髪で顔が隠れており、表情は窺えなかった。声音の弱弱しさが気がかりだったが、ともあれ全体の了解は得られた。これで作業に移られる。


 *****


 前野には部活がある連中のトップとして行動してもらうことにした。部活を理由にサボる奴はちらほらいたようで、水仙が作業しながら愚痴ってた気がする。「なんであいつら何回言っても聞かねぇんだよこっちの苦労分かってんのかああ?」とか言ってた気がする。怖い。


 前野は意外と、いや結構影響力のあるキーマンなんだろう。普段からなんとなーくクラス内政治について密かに情報を得てはいたが今日の一件で確証を得た。前からちょくちょく俺にも話しかけてきてくれたし、いいやつではあるんだろう。けど、俺がやるって言わなかったらどうしていたのかは気になる。


 今いるクラスメイト達にはすぐにでもできる作業に移ってもらっている。俺は俺でいろいろやらないといけないのだがまず行ったのが備品やらなんやらについての規定を確かめることだ。幸い俺には強い味方がいる。


 誰かって?


 「頼めるか?」

 「「「御意」」」


 そう、服部・猿飛・風魔の三人である。一年のクラスまで足を運びこっそり呼び集めて事情を説明したらすぐに了承してくれた。


 「分かったら俺のとこまで来てくれ。2-6の教室にいる」


 俺の言葉に三人はうむと頷きしゅばっと駆けていった。あれどこいった?姿が消えたぞ。やっぱ忍者だな…


 俺も戻らねばと思い、教室へと向かった。どこのクラスも似たようなもので生徒たちは準備に励んでいた。階段を上り、廊下を通って2年6組の教室に入った。隣の空き教室ではジブリ関連の絵が描かれた大きな紙を広げながらいろいろやってるはずだ。こっちではこまごまとした飾りを作っている。粗方終わっているようだが、段ボールで暖炉らしきものをつくっているらしくそれがまだできていない。暖炉って言うとハウルだろうか。カルシファー好き。


 前野は工作中の数人と何やら話していたが、俺が入ってきたことに気づいたようだった。俺を見つけるなり早々に話を切り上げこちらに向かってきた。正面まで来て立ち止まった。ダークブラウンの短髪が電灯に照らされて鈍く輝いている気がする。


 「おう、鬼灯。おかえり」

 「お、おう」


 俺が短く返事を返すと彼は苦笑した。んだよ、「おう」って挨拶されたから同じように返しただけだろ。悪いか?


 まぁ、いい。話を切り出そう。


 「話、つけられたのか?」

 「まぁな。俺の手にかかれば楽勝だよ」


 前野は得意げに鼻を鳴らしながら言った。こいつには部活がある連中が今後どのようにして準備に参加していくかを話し合ってもらっていた。それぞれの部活で練習がある日とない日が違うだろうからな。


 もう一つ、気になったことについて訊くことにする。


 「お前、何で引き受けてくれたんだ」

 

 言うと、前野はじっと俺の目を見てきた。口元にはうっすら笑みが浮かべられている。


 「俺がいいやつだから」

 「……はぁ、まぁ」


 思わず何とも言えない相槌を打ってしまった。いや確かにいいやつなんだろうけどね。でも理由になっていない気がするんだが、はてさて。


 俺の心情を知ってか知らずか、前野は苦笑しそれからふっと真顔になった。


 「冗談だよ」


 なんだよそうなんかよじゃあどういうわけなんか教えてくれよ勿体ぶらずにぃ。


 訝しげな視線で前野を見据えると、彼は続けた。


 「アピールしたかったから。まぁ、その人は俺の事なんてまったく見てなかったけどな」


 整った顔には似合わない自嘲気味の笑みが浮かべられていた。顔にはしっかりと憂いが滲んでいる。


 アピール、ねぇ。まぁ、つまりはそういうことなんだろう。たいして興味はないが。


 「はーん、あっそ」


 さっさと仕事をするかと思い、作業班の元へ向かおうと歩き出したところでまた前野が口を開いた。


 「他にも理由はあるんだけどな」


 なぜか一瞬、足を止めてしまった。俺自身、他にもあるんじゃないかと思っていたからだろうか。


 聞くべきかどうか迷ったが、やはりどうでもいいと思い再び歩を進めた。俺の背中では微量の悔しさのようなものを含んだ言葉が響いていた。


 「お前が、すごい奴だからだよ」


 *****


 俺にできそうなことはないかと訊いたところ、「じゃあ、色塗り…手伝って」と言われたため、はけでレンガの茶色を塗っていたところ何者かの気配を感じ出入り口の方に目を向けた。シノビたちが密かに俺の方を見ていた。俺、いつの間にか察知スキルでも身に付けたのかな…


 手を止めて彼女たちのもとに向かった。


 「悪い。手間かけさせて」

 「「「いえ。さっそくですがお伝えします」」」


 俺はふむふむと頷きながら話を聞いていた。大方予想通りの感じだったが、それでも十分役に立つ情報を得られた。一階階段付近の倉庫に要らない段ボールが山ほどあるとか、備品は生徒会室にあるからそれを借りるのだとか、そういった情報だ。


 「助かった。あと、最後に…」

 

 彼女たちの目を見ながら言うと、黙って先を促してくれた。


 「苧環に、しばらくは準備があるから一緒に帰れそうにないって…伝えてくれ」

 「「「分かりました」」」

 「頼む。あいつと、仲良くしてやってくれ」


 俺に微笑みかけた後、三人は去っていった。俺の口から直接話すべきだってことくらい俺も分かっている。だが近すぎるからこそ見えないもの、分からないものもあるはずだ。顕微鏡は倍率が大きいと何を映してるか分からないしな。


 俺はまた作業に戻った。前野は途中で部活に行ったため、俺一人で進捗状況を見ながら手伝いをやることになった。クラスメイト達は俺の変わり様に戸惑っているようで俺の言葉には何とも言えない反応を返してきた。仕方がないことだとは分かっている。だが俺は勝手に失望していた。


 ぶつかること、対立することは悪いことじゃない。問題はその方法なのだ。だが多くの人はそのことを理解していない。必死に偽って、装って、優しいだけの空間を作り出してもすぐにぼろが出るんだよ。壊れちまうんだよ。


 俺はもう、自分を偽ったりしない。疲れたし何よりめんどくさい。


 切り上げたのは19時を迎えたころだった。教室の鍵を閉め、職員室に鍵を返しに行き、それから薄暗い廊下を突き当たりで曲がって昇降口に向かった。そんなはずはないのに、階段はどこまでも下へと続いている気がした。

 


 

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