第25話 teacher&girls
職員室の扉を開け、中に入った。
「失礼しまーす」
昼時だからか、あまり人がいなかった。うーむ、何回入っても慣れないんだよなぁ。入ったときに向けてくる先生の目とかちょっと苦手。小学校の頃とか結構ビビってたんだよな。今も大概だけどね。
片霧先生のデスクへ向かった……のだが。
「あれ、いねぇじゃん」
書類やら何やらが積まれたデスクには先生の姿がなかった。
やったーお咎めなしいえーい!!
と思っていた矢先、後ろから声を掛けられた。
「あ、もしかして鬼灯くん?片霧先生が屋上に来いって言ってたよ」
振り返るとそこにいたのは大人な感じの女性教師だった。眼鏡をかけている純黒ロングヘア―の人だった。確か英語教師だったはず。
「あー、マジですか。ありがとうございます」
心の中でGTKに向けてチッと舌打ちをしながら感謝を述べ、職員室を後にした。
おいこら長身イケメン数学教師。職員室に来いと言っておいてこの仕打ちはちょっとひどいんじゃないですかね。いくら俺が居眠りしてたからって言ってもな…
会ったら文句の一つ二つ言ってやろうと思いながら屋上に向かって階段を上っていった。ただでさえ疲れてるのに無駄な労力使わせやがって…
*****
大抵の学校がそうだと思うが、うちの学校も普通は屋上に入ることはできない。入れるとそこから自殺しちゃう子とか過って落ちちゃう子とかも出てきちゃうからね。アニメとかドラマの高校生活に憧れてこれから高校に入るみんなは注意した方がいいぞ。屋上に女子を呼び出して
『ずっと前から好きでした。付き合ってください』
『はい』
なんてザ・青春っぽいことはできないゾ☆
俺、知ったとき死にたくなったわ。屋上のドア突き破ってでも飛び降り自殺してやろうかと思っちゃったくらい。やっぱ現実って残酷だわ。
三階の階段を上り、屋上へと続くスペースまで来た。近くには椅子やら机やらが積まれていたがドアの前だけはしっかりと通路が確保されていた。ノブをひねる。やはり鍵は開いていた。
俺は人類で最初に月面に降り立った宇宙飛行士アームストロング船長の気持ちで(知らんけど)屋上へと足を踏み入れた。直後、風が吹き抜けて俺の髪を揺らした。急に明るいところに出たせいだろうか。眩しさに思わず目を細めた。すぐに目が慣れ、周りの景色が見えてきた。
へぇ、結構広いな。
やはりと言うべきか、辺りは高い柵で囲まれていた。だが充分景色は見渡せる。先生は柵の近くに立っていた。近くまで歩み寄ると、俺に気づいたのか先生は半身で振り返った。
「おう、遅かったな」
「『おう』じゃねぇよ。職員室に来いって言っときながら何で屋上にいるんすか」
おっすと片手を挙げながらキラキラ爽やか笑顔で呼び掛けてきたのがイラっときたので文句をぶつけてやった。先生はそれに「ははは」と笑った。
「悪い悪い。けど、ゆっくり話をするならこういう場所の方がいいと思ったんだよ」
「……別に、屋上じゃなくてもいいんじゃないですかね」
確かに、職員室には他の先生もいるけど……
今の時間、使ってない教室なんていくらでもあるでしょうが。大体、あんたここどうやって入ったんだよ。いくら教師でも簡単には入れさせてもらえないだろ…多分。
俺がしらっとした目で先生を見ると、彼はふふんと自慢げに語り始めた。
「俺、ここの管理任されてんだぜ。だからその特権で入れるんだ。いいだろ?」
「良くないですね。屋上をパーソナルスペースにしてる時点でアウト。アニメとかに出てくる屋上をシマにする不良と同じ。ここでコーヒー飲んでたでしょ…」
先生の片手にはしっかりとボスのコーヒー缶が握られていた。ちょくちょくここに来て休憩(という名のサボり)してるんだろう。何のんきに一服してんだよ。働け。仕事しろ。
俺の言葉に先生はまた「ははは」と笑った。笑い事じゃねぇ。
「知ってるか。大人ってずるいんだぜ」
「知ってますよ」
苦笑が漏れた。
ほんと、笑い事じゃねぇよ。
「さて。話を聞こうじゃないか」
仕切りなおすように穏やかな表情と声音で先生は俺に呼び掛けてきた。急に雰囲気が変わったのもあるが、それ以上に驚くことがあったので思わず反応が遅れてしまった。
へらへら笑ってるより、そっちの方がずっとカッコいいっすよ。先生。
「……説教、じゃないんですね」
「心外だな。お前にはまだ俺が説教するような人間に見えてたのか。悲しいぞ」
分かってますよ。そういう人じゃないってぐらい。けど、話って言われても…
一度視線を下に向け、それからまた顔を上げた。
「俺に、何を話せって言うんですか」
「ん?分かってるだろ。俺は誤魔化せないぞ。何かあったんじゃなきゃ居眠りなんてしないだろお前は」
「…まぁ、そうですけど」
授業中に眠くなることは何度かあったがそれでも完全に入眠したことは確かになかった。やはりこの人は俺のことをよく理解している。
はぁ、とため息が漏れ出た。
いろいろぼかす必要があるが、話すしかないか。
「…昨日、俺のミスで…傷つけたくはない人を、傷つけちまったんですよ…多分。連絡しても反応なしで。…っていうか、これからその人に会いに行くつもりだったんですけど」
暗にさっさと終わらせてくれという意を込めて言った。俺の言葉に先生は優しく笑い、それから背後に目を向けた。
「…そうか。やはりお前は優しい奴だ。でも、これだけは覚えておけ」
一度、間を開けてそれから先生は言った。
「事象っていうのはそれが起こるまでにいくつもの過程があるものだ。パーツをくみ上げ機械を作り、作動させた結果エラーが起こったからって原因はどこにあるか調べてみないと分からんよ」
「…………なるほど」
まぁ、確かにこういうのは俺の悪い癖だ。だが今回ばかりは俺に原因があるんじゃないか。やはりそう思っている。
けれど少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「行ってこい。呼び出して悪かったな」
俺に背中を向けたまま先生が言った。
「助かりました」
とだけ返し、俺は屋上を後にした。
*****
案の定、HRが終わって大分経過した後だったので苧環はすでに学校を去っているようだった。こんちくしょー、GTKめ…
一年生の教室のどこを見ても人っ子一人いなかった。多分、部活があったとしても午後からなんだろう。みんな一度帰ったということか。
俺も今日は仕方ないので帰ろうと、階段を一階まで降りて昇降口へ向かった。足音ってこんなに響くんだな、なんてどうでもいいことを思った。人の少ない学校は別空間のように感じた。靴を履き替え外に出ようとしたとき、俺の進路を阻むように三人の影が突如として現れた。
「「「お待ちしておりました、鬼灯様」」」
「うぉぉ…お前らかよ」
思わずたじろいだ。
相変わらず音もなく現れやがる。三人の動きもシンクロしてるし。
「なんでいるんだよ。っていうか、そこ通らせろ」
「「「苧環さんからの伝言をお伝えします」」」
「……伝言」
あいつ、直接言えっつーの。こいつらに任せてんじゃねぇよ。友達使い荒いと嫌われるぞ。
俺の言葉に無言で頷き、三人は言った。
「「「ちょっと驚きましたが、お幸せに」」」
「……あの、バカ」
予想通りすぎてがりがりと頭を掻いた。嫌な予想ほどよく当たるものだよな、ほんと。
何勘違いしてやがる。まぁ、あいつも俺のことをそこまで理解してはいなかったということか。多分、俺も同じだ。あいつのことを知っているようで、その実ほとんどのことを知らないのだ。性別も出自も全く違う人間同士がたった数か月付き合ったからってお互いのことをすべて知ることができるわけがない。俺もあいつもプライベートなことには踏み込まずに交流していたから今の状況があるのだろう。
嘆息してから口を開いた。
「悪いんだけどさ…俺からも伝言頼めるか?」
俺の言葉に彼女たちは即座に「「「もちろん」」」と返した。いやありがたいんだけど君らは俺の従者じゃないんだからね?そんなに従順である必要はないぞ。
「本当に…いいのか?」
彼女らには彼女らの生活がある。それを捨ててまで俺や苧環に尽くす必要なんて一ミリもないはずだ。
少し間を開けて三人で考えるようなそぶりを見せた後、彼女らは言った。
「「「私らが鬼灯様や苧環さんにしたことは、償いきれないものだと思ってます。これは私らの精一杯の気持ちです。どうか」」」
「……そうか」
しっかりと俺の目を見て放たれた言葉には確かな意志が宿っていた。なら俺も受け取るしかない。
「分かった。けど俺のことは様と呼ぶな。せめて先輩にしろ」
「「「承知」」」
「伝言だが…明日会ったら昼に会いに行くって伝えてくれ。もし、それを拒むようだったら…」
俺の考えを伝えると、彼女たちは無言でうんと頷いてくれた。
「サンキュ。それからだが…君たち三人の名前を、教えてくれ」
いつまでも三人衆と呼ぶわけにはいくまい。名前ぐらい把握しておくべきだ。
「「「…………」」」
目をぱちぱち瞬かせながらぽかんとしていた。え、なにどしたの…?
数秒経ったら今度は顔を赤くし始めた。やめて、なんかこっちまで恥ずかしくなってくるじゃん…
ごほん、と咳ばらいをしてから、俺から見て一番右の子から名乗り始めた。
「服部…服部菊乃と申します」
「猿飛、飛鳥です」
「風魔香凛。以後お見知りおきを」
俺は三人の名前を聞いて驚きに打ち震えていた。
服部、猿飛、風魔……だと……?
やっぱり忍者なのかお前ら!?
っていうか、皆さん名前かっこよ。うっかり惚れそうになったぜ。
服部は赤髪ショート、猿飛は青っぽい黒髪のポニーテール、風魔は桃色っぽい茶髪のロング、といった感じの風貌をしていた。
「サンキュ。覚えとくわ」
「「「では、また」」」
俺は「ああ」と返して駐輪場に向かった。何だかんだで学校を出たころには13時をとっくに回っていた。道理で腹が減ってるわけだちくしょう。
*****
翌日の昼休み。俺は昼飯を済ませ、外にある自販機の近くにいた。この辺りは校舎の陰になっていて薄暗い。グラウンドからはボールやらなんやらで遊ぶ生徒たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
壁に背を預けながら人を待っていると、足音と話し声が聞こえてきた。
「ねーねー、三人とも何して遊ぶ?鬼ごっこ?ドロケイ?」
声がした方を見ると、三人と一人の少女たちがいた。なぜこんな言い方をしているのか。
彼女たちが目的である苧環を、ここに誘導してくれていたからだ。
グラウンドへはここを通るしか道はない。苧環が通りかかったとき、俺は声を掛けた。
「よう。奇遇だな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます