第22話 前夜
夏休みもあと3週間ほどになったほどになった。
早い、早すぎる。光陰矢の如しとは言うけどさ。せめてあと30日、いや365日欲しい。一年中休みのニートになっちゃいますね…
今日、俺はクソ暑いなか自転車を15分ほどこいでジャパレンを訪れていた。ジャパレンというとレンタカーをイメージする人が多いと思うが、なんとカラオケもできるのである。最初知ったとき驚いてすっころんで気絶したわ。嘘だけど。
俺のような人間でもカラオケは好きだ。別に一人でもできるし、熱唱すると割とマジでストレス発散になる。まぁ、やりすぎると疲労困憊になるんだけど。次の日のどが死んでることもあるし。
ま、今日に関してははひとりではないんだけどな。
自転車を停め、いっぱいある車をぼーっと眺めながら建物内に入り、受付付近でソファで数分待っているとその人は現れた。
「やぁ、優君。待った?」
桂樹月はボタンのついた薄手のシャツと黒のチノパン姿をしていた。相変わらず不気味な笑みを浮かべているように見えた。彼の方を向き、俺は手を挙げて応じてやる。
「よう、樹月。待ったわーマジで」
「マジ?」
「5分」
「あはは、待ってないじゃん」
俺の言葉に桂はくすくすと笑った。俺もくっくと笑ってやる。
「行くか」
桂が頷くと、俺は立ち上がり受付を済ませてから部屋へと向かった。近くの部屋からはよう知らん曲をどこぞの誰かが歌ってる声が聞こえてきた。なんかそいつの歌い方がやたらとウザったかったのでさっさと割り当てられた部屋に入った。
ちなみにジャパレンは飲み物や食べ物を頼めない代わりに持ち込みは自由である。俺は天然水の500ミリリットルボトルを持参してきた。
曲を入れるための端末とマイクを取ってからソファにどかっと座った。桂は俺の対面に座った。
「それにしても、嬉しいよ。また僕と遊んでくれるなんて」
「そりゃよかったぜ。まぁ、一度会ったら兄弟って言うだろ。つまり俺たちは兄弟みたいなもんだ」
言い終えて、笑いかけてやると彼は「あはは」と笑った。
まぁ、これっぽっちも兄弟だなんて思ってねぇけどな。友達とすら思ってはいない。もし俺に友達と呼べる存在がいるとしたらそれは——。
「さて、俺から歌っていい?」
「うん」
端末を操作して曲を選択した。それから端末を桂に渡してやる。
少しして、イントロが流れ始めた。人前で歌うのなんか何年振りか分からないので少し緊張していた。俺、選択科目は書道でしたので。
俺はマイクを持って立ち上がった。
「あー、この曲ね」
桂がそんなことを言う。まぁ、普通に知られてる曲だしな。流行の曲というわけではないが。
「最初はこれって決めてるんだよ」
俺の言葉に彼は「なるほどね」と頷いた。
割と俺みたいな人は多いんじゃないだろうか。最初はこれ、あったまってきたら激しめ、最後の方は穏やかめ、的な感じで俺はいつも歌っている。
それから4分ほど歌った。最初ということもあり、そこまで力は入れなかった。
歌詞の部分は終わったので、俺は腰を下ろした。アウトロが流れた後、得点が表示された。
「おおー、すごいね優君。最初で85点なんて」
声は本気で褒めてる感じだった。俺はフッと苦笑した。
「安心しろ。本気出しても85点がせいぜいだ」
力強く言ってやると桂は「ははっ」と笑った。え、意外といい奴…?
接待モードやらなんやらを使わなければ俺が出せる点は80~85点くらいだ。90点の壁は案外高い。いけたんじゃね、と思ってもいけていない。それが90点なのである。要するに、俺はそこまで歌が上手い訳でも下手な訳でもない。よほど音痴でなければ俺くらいの点は誰でも出せる。
今度は別の曲のイントロが流れてきた。正面を見やると、桂が立ち上がった。
「この曲、知ってるかな?」
「ああ。知ってるよ」
俺はぼーっとモニターを眺めながら言った。
俺は古い曲も結構好きなのだ。世の皆さんは流行ばかりに気をとられているが、古き良き、という言葉があるように古いものにも何かしらの良さがあると俺は思う。あれ、待てよ。最近レトロブームなんだっけ。ってことは世の皆さんも古いものの価値が分かるようになってきたというわけか。嬉しいような悲しいような……
桂が歌っているのを耳で聞きながら俺は端末を操作し、次の曲を入れた。それから再びモニターに視線を移すとちょうど曲が終わるころだった。
さてさて、桂の得点はどれほどだろうかと思いながら画面を見ていると、やがて結果が表示された。
それを見て、俺は。
「おい……樹月」
ジト目を向けると桂は笑って謙遜しだした。
「いやー、まだまだだよ。本気出せばもっといく」
思わず「はは」という乾いた笑みが漏れた。
いきなり92点ってなんなんだよ。歌手にでもなるの?しかもまだ上があるとか。俺の事やっぱバカにしてたなこいつ。おのれ……
まぁ、いい。こいつが痛い目を見る日は必ず来る。遠くないうちに。
*****
何曲か歌って疲れてきたので休憩ということになった。ここにいられる時間はあと1時間30分ほどだ。
俺はペットボトルの水を一口飲んでのどを潤し、それから口を開いた。
「さて。聞かせてくれよ、兄弟」
俺はテーブルの向こうにいる桂に向かって話しかけた。
「なんのことかな、兄弟」
とぼけんじゃねぇよ。
「上手くいってるのか、という話だよ」
「あ、ああ…」
俺の言葉を聞くやいなや、そっぽを向きやがった。は?照れてんの?悪いが男が照れてる姿なんて可愛くもなんともないんだが。
なんかイラっと来たのでさらに詰めかけてやる。
「もうすぐ1か月だろ。どこまでいったんだよ。キスは?それから—」
「いやいや、そんなにはいってないよ」
俺の言葉を遮り、桂は否定した。ま、だろうなとは思っていた。あの梨華さんがそこまでさせるとは思っていない。ああ見えて割とガード固そうだしな。
「へぇ、そうなんか」
「うん……まぁ、念願叶ったわけだから、大事にしたいというかさ。そういう気持ちがあるわけだよ」
声音こそ本気っぽかったが。
果たして本当にそう思っているのか疑わしかった。
なぜそう思ったか。俺はこいつのことを調べているからだ。クラスの陸上部のやつとか、華畑とか、白天につながりがある奴からいろいろ聞き出していた。すると何やら黒い噂も聞こえてきた。
最初から胡散臭いと思っていたが、様々な情報から俺はこいつを悪だと結論付けた。だから計画を実行することに決めた。こいつのようなただ人を傷つけるような嘘吐きは痛い目を見てもらわなきゃ困る。主に俺が。
桂が身を乗り出してきた。
「優君はさ、好きな人いないの?」
「は?いやいやいやいねぇって」
「またまた~、そんなわけないじゃん。だって結構カッコいいんだから」
え、カッコいい?ありがとう…
なんて思うと思ったか。バーカ。っつーかあんま乗り出してくんな。近い。
俺は両手で押し返しながら言った。
「まぁ、確かに俺はカッコいい。けど、いねぇよ。残念ながら」
「なーんだ。つまんないなぁ」
俺の言葉に桂はつまらなそうな顔をした。いい気味ではある。
それからまた数曲ほど歌ってから、今日はお開きにしようということになった。店を出たころには太陽が空の頂点に達していた。
再会を誓って(本当は誓ってなどいないが)俺たちは別れた。
帰るのだりィと思いながら自転車を走らせて帰宅したのだった。
*****
8月30日。
いよいよ明日が実行の日だ。スマホのメッセージアプリを開き、今回の為だけに作ったグループを開いた。俺は架空のアカウントを作ったので白天高校の生徒ということになっている。
ここにはすでに花陽と華畑以外のゲストたちが招待されている。これに関しては梨華さんに協力してもらった。またドーナツをおごらなければならない。
ここの招待者たちは、皆桂のことを知っているが向こうは知らない者、そして桂の被害者、そんな人たちばかりだ。明日行われるショーを見て、この人たちはどんな顔をするのだろうか。そんなことを思いながらメッセージを送信した。
「ついに明日午前10時より桂君と木元さん、そしてスペシャルなキャストによるショーが行われます!!ぜひ皆さま、月山公園にお越しください!!」
いわゆるリマインドってやつだ。まぁ、ここの人たちは十中八九来るだろうと思う。だが俺は主催者ということになっているので仕事はしなければならない。
花陽と華畑にはこの人たちとは別の特等席から見届けてもらうことになっている。だから時刻と場所を別で伝えた。公園って言っても結構広いところだからな。
もちろん、このショーについては桂に教えていない。
仕事を終えると、俺はスマホを放った。準備は完了だ。
さぁ、明日だ。皆さんお楽しみに。
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