第21話 訪問
場所を変えるため、水道の前を訪れていた。クラスのやつらが使い終わった絵の具の筆やらなんやらを洗うという口実を作って抜けてきた。
「ふーん、そっか。いいね、私も見たいから協力するよ」
「助かる。ありがとう」
俺が話を終えると、彼女は即座に了承してくれた。ほぼ確実に協力してくれると思ってたけどな。だから頼んだ。
「動画撮影は、キミじゃなくてもいい?なんか恥ずかしいし」
言い終えて、彼女は苦笑した。
「あ、ああ。いいよ。撮影できれば問題ないから。まぁ、後で確認のため見るけど」
最初から別の人間にやってもらうつもりだった。なんか、ね。女子の姿を男が撮影するってのはやばい。もし見られたらいらぬ誤解を与えかねない。
「もちろん、私も行っていいんだよね。そのショーを見に」
「当然。満足してもらえると思うよ」
洗い終えたところで水を止め、筆の水をぱっぱっと切った。華畑も洗い終えた後に教室へと足を向けた。すると正面から人が歩いてきた。間違いなく俺たちの方に向かってきている。
その人物が放つプレッシャー、霊圧に足がすくみそうに…なってはいない。げ、とは思った。
「鬼灯くん。なにちんたらしてるのかな?ごみ捨ても行ってきてほしいんですけど」
総括様こと水仙乃亜が張り付けた笑みを浮かべていた。
なんで俺にだけ言うんだよ。隣にもいるだろ隣にも。俺にだけあたり強くないですか。ラノベのタイトルあるあるの「俺にだけ甘く」あってほしいのだが……
「あはは。やっほー水仙ちゃん」
「やっほー華畑ちゃん」
華畑がにこにこしながら呼び掛けると、水仙は穏やかに微笑みながら手を振って応じていた。ほら、やっぱり俺にはあたりキツイじゃん!!
ひとつ、ため息を吐いてから俺は口を開いた。
「へいへい、今行きますよ」
「私も行くよー」
華畑さんやさしい……
*****
数日後。家でダラダラしてると苧環からメッセージが届いた。
『どっか行きませんかー☆?』
☆と?を併用してる文章なんて初めて見たわ。バカっぽいからやめなさい。君、そんなにお星さま好きだったっけ?
俺が『行きません』と返すと一秒後に返信が来た。はええよ。
『なんでですか☆?』
もうツッコまないぞ。もういいや…
めんどくさいが返してやった。
『勉強があるんだよ勉強が。お前も勉強しろ』
ぼちぼち受験のことを考えなきゃならんのだ。早いやつなら高2の夏から始めてるだろう。
またなんか来た。
『じゃあ、一緒に勉強しませんか☆?』
いや、どっか行きたいんじゃないんかい。
心の中でツッコんでしまった。
一緒に、ね。確かに昔もよく図書館とかでやってたっけ。
まぁ、先輩として後輩の面倒は見てあげるべきだろうか。仕方ねぇ。
『いいぞ』
『じゃあ先輩のおうちで!!』
は?おいおい、ちょっと待て。
急いで『待て』と返したが既読が着くことはなかった。
はぁ~~~~という長いため息が漏れてしまった。
まぁ、もう少ししたら秀も帰ってくるはずだ。ふたりきりにはならないだけマシなタイミングか。秀、会いたがってたしな。
仕方がないので家の掃除を始めたのだった。
*****
家の掃除を初めて30分後くらいにインターホンが鳴らされた。ピンポーンという音が響いている。
だいたい掃除と用意は終わったので、玄関に向かいドアを開けた。
「あ、先輩。こんちわっす」
「こんちわっす、じゃねぇよ。いきなり来やがって。俺じゃなかったら30分なんかで用意終わらなかったぞ」
「すいませーん」
「まぁ、入れ」
俺が招くと苧環は「お邪魔します」と言って我が家に足を踏み入れた。リビングの椅子に座らせると、俺は用意しておいたオレンジジュースをコップに注いで運んだ。ついでに一口サイズのチョコが入った袋も置いやった。
「ほらよ。あとチョコも」
「あ…ありがとうございます」
一瞬、驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。俺が訝しんでいると、彼女が言った。
「私の好きな物…覚えていてくれたんですね」
「……まぁ、記憶力はいいんだよ」
本当は忘れられなかっただけなんだと思う。けれど、そんなことを口に出せはしなかった。
俺の言葉に苧環は嬉しそうに「そうですか」とだけこぼした。
俺は苧環の対面に座り、教科書やらノートやら参考書を広げた。
「俺はとりあえず自分の勉強するから、分からんとこあったら言え」
「はーい」
そうして、30分くらい静かな時間が流れた。耳に届くのはカチカチという時計の音、シャーペンがノートの上を走る音、窓の外の鳥がさえずる音だった。
人の集中力は子供で30分ほど、大人でも45~50分程度しか続かず最大でも90分なのだという。限界に達してしまうとその後の集中力は低下していくのだとか。苧環がうんうん言い始めたのに気づき、口を開いた。
「ちょっと休憩」
俺は席を立った。キッチンへ向かい、冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎ、一口飲んだ。
「お前も休憩しろ。糖分補給しろ糖分を」
俺が呼びかけると彼女は顔を上げ、少し考え込んだ後にシャーペンを置いた。
「そうですね。チョコいただきます」
「どうぞ。俺も食うわ」
包みを開き、口に放った。勉強の合間につまむにはやっぱチョコしかないと思う。程よい甘さと苦みが脳に染みわたる。ああ、いい。最高だ。麻薬にチョコなんて呼ばれてるやつがあるのも仕方ないな。だってチョコ(レート)最高においしいんだもん。
再び席に着き、苧環が広げている参考書に目を向けた。
「どこわかんねぇんだよ」
オレンジジュースをごくごく飲んだ後、彼女が答えた。
「あ、はい。これです」
「はいはい、これな。ちゃんと単語とか文法覚えてるか。頭に入ってりゃできなくはないと思うが」
「失礼ですね。してますよ」
俺の言葉にむっと口を尖らせた。
「悪い悪い。バカにしたわけじゃねぇんだ。まぁ、ちょっと応用かもしれねぇな。いいか、これは—」
そうして俺が説明を始めて5分くらい経った後、玄関の方から足音が聞こえてきた。ちょうど話し終えたタイミングだった。
「やっぱり。真理ちゃん……久しぶり」
帰って来たか。
入口の方に目を向けるとジャージ姿でリュックを背負った秀が立っていた。俺は手を挙げて言ってやる。
「おう、秀。おかえり」
「……」
「あ、秀くん。おひさー!!」
「うん」
ちょっと秀くん?僕の時には反応なしですか!?反応…なし…だと?
絶望しかけたが、気を取り直して咳払いをした。
「おい苧環。もうちょっと勉強するぞ。秀は着替えてこい」
まぁ、あと一時間ぐらいしたら遊ばせてやってもいいだろう。
「は~い…」
「うっせー。分かってるよ」
苧環はしょんぼりと肩を落とし、秀はむすっとしたのだった。
え、俺なんか悪いことした……?
苦労の絶えない俺でした。
*****
秀もついでに勉強会に参加して、その後はゲームやらなにやらして遊んだ。
「はーはっはっはー。秀くん雑魚いな」
「くっそー、真理ちゃんつええ…」
おいおい、年下相手になに本気出してんだ。どや顔すんな。秀が悔しさのあまり項垂れてるだろ。
まぁ、この二人が楽しそうにゲームをする懐かしい光景は微笑ましかったがな。
ふと窓の外を見た。すると外が暗くなりはじめていた。時計の方を見やると、時刻はまもなく18時30分を迎えようとしていた。
「苧環、時間大丈夫か?」
俺の言葉を聞いてばっと時計の方を見た。
「あー、もう帰った方がいいっすね」
「そうか。片付けとかは俺がやっとくからお前は荷物まとめろ」
言い終えてすぐ俺はゲームのコントローラーやらお菓子のごみやらを片付け始めた。数分後、苧環が荷物を整えたのを見て再び口を開いた。
「送る」
「…ありがとう、ございます」
なんか顔が赤かった気がしたが気にせず玄関に向かった。適当にサンダルを履いて外に出る。流石に夕方になると、昼ほどの熱気はなかったがそれでも暑かった。嫌な気候だぜ。
背中の方から「秀くんまたねー」という声が聞こえた後、苧環が外に出てきた。俺は半身で振り返った。
「お待たせしました……あっ」
「おい、馬鹿…」
苧環がこけそうになったのを見た瞬間。
気づけば俺は彼女の手を掴んで引き寄せていた。
「っ……」
「あ……」
互いの吐息がかかるほど至近距離に、苧環の顔がある。長い睫毛、茶色の瞳、整った鼻筋、さらさらとした茶髪。記憶の通りだったが、やはり少し顔立ちが大人びていた。
「………」
「………」
数分間、無言で見つめあっていた。彼女の手を握ったまま。
少しして、自分がしていることに気づき慌てて手を放した。苧環もなんだか落ち着かない様子だった。
何なんだよ、この気持ちは。
誤魔化すように体ごと顔を背け、口を開いた。
「行くぞ」
「あ、は、はい……」
苧環の家に着くまで、碌に会話をすることができなかった。
きっと、逃げられなくなる時が来る。
そう、思うのだった。
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