第18話 密談
その後、桂とは適当に他愛もない話をし、連絡先を交換してお暇させてもらった。とてもいいことを聞けたのでそれだけで満足だった。
まぁ、少しだけ心残りがあるとすればあいつの父親のこと。けど、いつかでいい。今すぐに知る必要はない。そう思った。
帰宅した後、苧環へ一通のメッセージを送ると少し経って『OKです』と返ってきた。よし、後は明日だ。
*****
日曜日。
俺は駅前のミスドで人を待っていた。約束の時間まではあと30分ある。俺ってすごく偉い人。5分前どころか30分前に来ちゃうんだから。ただ暇な人間だからです…
ミスドといえば、最近は大分変わってきている気がする。いろんなトッピングが施されたおしゃれめなやつが増えてきて、昔ながらのオールドファッションやらポンデリングやらが存在感を失くし始めている気がする。世の皆さんはおしゃれめなやつが好きですからね。
俺はオールドファッションハニーを一口かじった。
「うむ。やはりうまいな」
思わずうんうん頷きながら声に出して感想を口にしてしまった。さくっ、しっとりとした食感、ハニーの甘みが最高にマッチしていて最高だった。ダメだ、語彙力が死んでる。俺にはグルメリポーターは務まらんな。
けど、作ってる側からすれば「おいしい」の一言が聞ければそれで満足なんじゃないだろうか。
店内のよく知らんミュージックを聞き、コーヒーを飲んだりドーナツ食べたりして時間を過ごしていたら、その人は現れた。
「あ、待たせちゃった?」
「いいや全然」
少し申し訳なさそうに言う彼女に、俺は首を振って答えた。俺クラスともなると30分くらいなんてことないんですよ。
俺の言葉に彼女は微笑みながら「そっか」と答えて対面の席に座った。昼までにはまだ少し時間があるからか店内はそこまで混んでいなかった。話をするには絶好の時間帯だ。
ちらと彼女の方を見ると、なんだか落ち着きがなかった。くせのあるショートヘアーをいじっていた。脱色したかのような色をしている。まぁ、そりゃそうか。中学同じって言ってもほとんど接点なかったし。いきなり呼び出されたらビビるわな。
「ごめんね。いきなり呼び出して」
気を使わせないよう穏やかな口調で言うと、彼女もほっと胸をなでおろしたようだった。
「ううん。大丈夫。今日は特に用事もないし」
「そっか。水仙とは仲良くやれてる?」
「うん…なんとか。あの…いろいろ、ほんとに—」
ああ、もういいってば。それは。
また表情を曇らせたのでちょっと焦る。うーん水仙の話題は出さなくてもよかったか。会話って難しい。
彼女の言葉を遮って口を開いた。
「いいって。マジで気にしてないからさ。それより、今日は俺のおごり。なんでも…いやほどほどに頼んでいいよ」
俺の言葉に彼女はくすっと笑った。よしよし。
「でも、私おごられるような立場だっけ?」
「この前、苧環を通じてちょっと仕事してもらったじゃん。あれ、ほんとは俺がやらなきゃいけないやつだったんだよ。だから、そのお礼をさせてもらおうかな、と」
「り、律儀…」
何かとんでもないものを見たかのような顔をされてしまった。いや普通でしょ。
ひとつ咳ばらいをしてから彼女は口を開いた。
「じゃあ、甘えさせてもらおうかな…」
目は口ほどにものを言うとはこのことか。口調こそ控えめだったが、目はしっかりと「ドーナツ食べたい」という強い意志を発していた。やっぱり女子は甘いものに目がないらしい。俺も好きだよ。甘い物が。
思わず笑ってしまった。俺の反応に彼女は訝し気な表情になる。
「む、なんかおかしかったかな?」
「いいや全然。頼んできていいよ」
「う、うん……」
手を振りながら否定したのだが納得がいっていない様子だった。けれどそれも束の間。すぐに彼女は席を立ちドーナツを取りに行った。
ふぅ、と吐息が漏れた。こういう気を使う会話って疲れるな、やっぱ。帰ってきたら本題に入ってしまおう。
*****
数分後。彼女は五個のドーナツを乗せたトレイとコーヒーを手に返って来た。
「ドーナツ、好きなんだね」
「『こいつ、めっちゃ食べるな』って思った?」
「そんなことないよ。遠慮されるとむしろ俺が困る」
本心だった。お礼を兼ねて彼女を呼んだのに、遠慮されるとどうしていいか分からなくなる。
ざっと見1000円くらいだろ。そんくらいわけないさ。
彼女はコーヒーを一口飲み、グラスをテーブルに置いた。
「さて、実はいろいろ聞きたいことがあるんだ」
俺が言うと、彼女はきょとんとした。
「私に?鬼灯君が?」
「もちろん。他に誰がいるのさ」
「まぁ……そうだね。私が答えられる範囲で答えるよ」
確かに、俺と彼女は高校が違うし、接点と言えば水仙とのつながりや中学くらいしかない。そういう反応をするのも無理はないか。
「桂樹月ってやつ、知ってる?同じ高校だと思うんだけど」
「あー…確か1年のときは同じクラスだったと思う。今は隣のクラス」
ふむふむ。
「桂君がどうかしたの?」
「木元さんから見て、桂はどんな印象?」
「印象、か……」
俺の質問に彼女は顎に人差し指を当てて考える仕草を見せた。少しして、彼女は再び口を開いた。
「明るくていつも笑ってるんだけど、ほんの少しだけ暗い部分が垣間見えることもある、って感じかな。あ、あと君と顔がよく似てるねそういえば」
「へぇ…そうなんだ」
俺もあいつからは同じような印象を受けた。あいつの心の奥底には黒いものが渦巻いている。そう感じた。
「じゃあさ、」
緊張を誤魔化すように口の端を歪めながらこう続けた。
「ぶっちゃけ付き合えるか付き合えないかで言えば、どっち?」
「え……?」
何を言ってるのか分からない、と言わんばかりの表情をしていた。無理もない。いきなりこんなことを言われたら俺でもそうなる。
「あー、ごめんごめん。ちゃんと意図があって言ってるんだ。無理強いはしないけど、できれば答えて欲しい」
申し訳なさそうな表情を作りながら言うと、彼女はうーんと唸っていた。迷っているんだろう。
「ねぇ、私からひとつ聞いてもいい?」
「いいよ」
「その質問って、鬼灯君と私が付き合えるか聞いてるって認識で合ってる?」
なるほどね。文脈的にそう聞こえたかもしれない。実はあながち間違いではない。けれど正解ではない。
それにしても、この人は見た目よりも結構はっきりものを言うタイプの人らしい。でなければ俺にこんなことを聞いてきたりはしない。流石は水仙の親友といったところか。
「いいや」
「…そっか。ちょっと、残念」
言い終えて、彼女はニヤッと笑った。
え、なになに何ですか残念って……
天井を見つめながら、彼女は言った。
「まぁ、付き合えなくはない…かな」
なら、問題はなかろう。
俺は悪だくみをする悪の組織のボスかのような表情を浮かべながら(つまり気持ち悪い笑みを浮かべながら)口を開いた。
「ひとつ、お願いがあるんだ」
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