第16話 親友は侮れない
水仙が再び学校へ戻ってきたのは期末テストが終わった7月頭のことだった。梨華さんが訊いたところ7月には絶対に行くと宣言したらしい。そして今日7月1日は9月に行われる文化祭の出し物を決める日だった。多分、偶然なんかではなく分かっていて彼女はそう言ったのだろう。
自分の、役割を。片霧先生の想いを。
正直、俺は文化祭にさして興味はない。だって陽キャパリピたちの祭典じゃんか。そこらじゅう騒ぎまくって喧しいんだよ。準備とかもめんどくせぇし。去年とかなにやってたっけ。ぜーんぜん憶えてない。
水仙がきっちりしきって話し合いを行った末、なんか教室でジブリクイズとやらをやるらしい。俺は適当に皆さんの意見を聞いていた。
ジブリねぇ。やっぱトトロだよな…いや待てよ。金曜ロードショウで何度もやってるとはいえラピュタの面白さは侮れん。ムスカ大佐大好きっすね。やっぱラピュタといえばバルスだよな。テレビで放送されるとき、バルスの瞬間にツイッター民たちが一斉に『バルス!!』と叫んでサーバーをパンクさせるやつ。全くけしからんことをするやつらだ。ツイッター民って良くも悪くもアホなとこあるからな。偉大なるSNSであるツイッターに迷惑をかけるんじゃありません!!
ごめんなさい、僕もやってましたぁ……
出し物についてだが、なんか教室を椅子やら机やらで4つに区切ってそれぞれ別のジブリ作品にちなんだ飾り付けをして、クイズの問題も作品にちなんだ問題を出す、ということらしい。正解数によって景品を用意するとか。
仕事としては受付3人、クイズを考え、出題する係8人(2×4)、出口で景品を渡す係3人、飾り付け係10人、残りは雑用のようだ。飾り付けの人たちの仕事は主に飾りのための絵を描くことらしい。教室の4分の1程度の大きさの紙に。うわー、手とか汚れそうだしうっかり失敗したら殺されちゃうやつじゃん。やりたくねぇ。
俺はこのクラスではお優しい「いいやつ」ということになっている。ということで、残ったものを引き受けた。余りものというのはこういう場合、大抵人気がない仕事である。でも人気がないからって魅力がないとは思わないんですよねぇ。何でみんな受付やりたがらないのかね。楽でいいじゃん。てきとーに客を整理して、てきとーに呼び込みすればいいんだし。雑用って結構大変だぞ。なんでもかんでも手伝わされるだろうし。
大変=やりがいがあって楽しい仕事だと考えているおめでたい連中がたくさんいるということだろう。どーでもいいけどね。
まぁ、どうやら俺と同じようなことを考えていたやつもいるみたいだが。
現在は係に分かれての話し合いの時間である。水仙は総括ということですべての仕事を監督し、手伝いもやるらしい。俺はほどほどに頑張ります。
「ねぇ、ほーずき君。受付の話し合いって何すればいいのかな?」
俺の正面に座る女子は首を傾げている。いやちょっとは自分で考えなさいよ。
ええと、この人って確か花陽の友達の…はな、はな、お花畑さんだっけ?
そうだ、
俺はにこっと笑って口を開いた。
「そうだね。呼び込みどうやってやるかとか、交代制だから順番どうするかとかじゃないかな。そこらが決まったら、多分他の…飾り付けとかを手伝わされると思う」
ま、俺は手伝ってる風を醸し出してサボるつもりだ。俺のような印象の薄いやつは意外とバレない。
俺の言葉に、右隣のやつは瞑目しながら「そうね。多分、そんなところだと思うわ」とだけ言った。
そう、誰であろう花陽である。まぁ、本物の友達同士だしな。気持ちは分かるぜ。
「なっるほどねー。順番から決めよ?」
まさに花が咲いたような笑みを浮かべながら言う華畑に、俺と花陽は「おっけー」「いいわよ」と返した。
「何で決める?腕相撲?」
いやいやいや、何でそこで腕相撲が出てくんですか。あなた俺に勝つ自信があるんですか?それ、絶対俺が勝っちゃうやつだけど。
思わず苦笑した。
「いやぁ、普通にじゃんけんでいいんじゃない?」
俺が言うと、花陽は
「あみだくじで決めましょう」
と澄まし顔で言うのだった。えー…
俺が目を向けて理由を問うと彼女も横目で俺を見ながら言った。
「確かにじゃんけんは手ひとつあればできるし、よく知られている手法だわ。けれどそんな誰でもやるような方法で決めるのは私は面白くないと思うの。あみだくじは紙とペンがいるし不正が働かれる可能性もある。けれどあなたたちに見てもらえるこの状況なら問題ない。線を引くのも全員でやればいい話よ。…じゃんけん、弱いし」
めっちゃ早口でまくしたててきたのでちょっと引いちゃった。正面を見ると華畑さんはにこにこしながらうんうん頷いていた。なんで?
それに、なんか最後に本音を漏らしていたような気が…
ジトっとした目で花陽を見ると、キッと睨みつけられた。問答無用、ということか。
俺は嘆息してから口を開いた。
「分かった。それでいこう」
俺の言葉を聞いて花陽は勝ち誇ったような笑みを見せてきた。う、うぜぇ。
花陽が紙を用意し、3人で線を引いた。細工がないことを全員が確認し、厳正な選考の結果。
俺が9時から12時までの3時間。華畑と花陽は13時から16時までの3時間ということになった。
なんで俺はひとりなのかというと、例年昼からの方が混むかららしい。俺は知らんけど。ま、ひとりならひとりで気が楽だしいいけどさ…
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。今日はここまでらしい。
「うん、今日はここまでみたいだねー。呼び込みの件は今度話しあおっか」
なぜか華畑は言い終えた後、俺の顔を3秒ほど見つめた。やめて!見つめないで!照れるから…
まぁ、なんとなく察した。次は掃除だ。そして俺と華畑は同じ教室掃除である。
話があるってことだろうな。
*****
椅子がさかさまになって乗せてある机はすべて教室後方に集めてあるので前方の空間は広い。本来は俺と華畑、そしてもう2人ほどいるのだが姿がなかった。ちなみにそいつらはいつもいつも俺に押し付けてくる人たちである。
ま、今はかえって都合がいいけれど。
俺は箒で床を掃き、華畑は黒板消しで文字を消している。
うーん、そういえばまともに話したことなかったなぁ。ちょっと…いや大分緊張してるわ。
いつ話し始めるのだろうかとそわそわしながら待っていると、不意に彼女は口を開いた。
「ねぇ、ほーずき君。なんかあった?」
口調は先ほどの時間よりも落ち着いていた。これが彼女の普段の姿なのだろう。
「なんかって?」
「とぼけても無駄だよ。私、結構そういうの分かるから」
さて、どうしたものか。うーん…
少し考えてから口を開いた。
「確認だけど…華畑が言ってるのは俺と水仙とのこと?」
彼女の方を見ると、華畑も少しだけ顔をこちらに向けた。
「正確には、ほーずき君と水仙ちゃん、そして紫音ちゃんのことだよ」
口は笑っていたが、目は真剣だった。
まぁ、そりゃそうだよな。
「なんか、最近のほーずき君はいつ見ても考え込んでるように見えるし、紫音ちゃんも、うまく言えないけどどこか様子がおかしいって感じる。おまけに水仙ちゃんは今日まで学校を休んでた。紫音ちゃん、何にも言ってくれなかったからキミに聞いてるってわけ。私、意外と信用されてないのかなぁ…なんて」
華畑はくるっと回って正面から俺を見た。その拍子に赤っぽい茶髪のポニーテールにひらひら揺れた。
俺も立ち止まって彼女を見た。少し距離があるはずなのに至近距離で見つめられているような、不思議な目力を感じた。
不思議な人だなぁ。けど、そうじゃなきゃあいつの友達なんてやれないか。
「よく見てるんだね」
「そうでもないよ。私は私が気になる人だけしか見てない」
「俺……気になるの?」
うーん、俺のような人間のどこが気になるというんだろうか。特に目立っているわけでもないし。
俺の言葉を聞いて彼女はこてんと首を傾げた。なぜ分からないのかと問うているようだった。
そして、こう言った。
「気になるに決まってるじゃん。親友が気にかけてる子なんだから」
多分、動揺が顔に出てしまった。
気にかけている…
そんな、バカな。ここ最近ろくに会話をしなかったっていうのに。
「はは、冗談でしょ。あの花陽が俺を気にかけてるって」
俺が平静を装いながら言うと、華畑はふっと真顔になった。
「それ本気で言ってる?」
「…いや。ごめん、悪かった」
思いのほか迫力があったので謝るしかなかった。この人はやはり花陽のことをよく分かっているのだろう。誤魔化しが効かない。彼女の眼は逃げることを許さなかった。
けど、真実をそのまま包み隠さず言えって言うのかよ。いきなり告白されて、俺が友達からならいいよって答えて、それから苧環のために絶縁して水仙とかりそめの恋人関係を構築したって。
気づけば、床を見つめていた。
「…悪いんだけど、少しだけ聞いてもいい?」
華畑は感情の読めない口調で「うん」と答えた。
「華畑は…花陽の、元カレのことって…知ってるの?」
もしかしたら、この人なら知っているのではないか。そう思った。
数秒の沈黙の後、彼女は答えた。
「知ってるよ。よく…知ってる」
感慨深げな声音だった。気になって顔を上げてみると、彼女は悲しげな瞳で教卓を見つめていた。
「知りたい…?」
「…うん」
華畑はゆっくりと視線を俺へと向けた。そしてにこっと笑った。
「じゃあ、ほーずき君が話してくれたら私も話してあげる。等価交換といこうよ」
あなたは何の錬金術師なんですか…
俺は首を縦に振って了承したのだった。
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