間章
第14話 GTKからの指令
水仙との一件から数日が経過した。未だに水仙は学校に戻ってきていない。クラスでは心配するような声が聞こえてきたが、あいつはもともと友達が多い方ではなかったのでそこまで大事にはなっていなかった。
のだが。
「なぁ、鬼灯。お前、同中だから水仙の家知ってるんだろ?ちょっと様子みてきてくれないか」
「呼び出したのってそれが理由ですか…」
昼休み。俺は今、職員室にいる。具体的には担任のグレートティーチャー片霧先生のデスク前に。片霧先生は、30歳くらいのキリッとした長身のイケメン先生だ。悔しいが俺から見てもカッコいい人である。分かりやすい授業と人当たりのよさから生徒からも絶大な支持を集めている。
先生は椅子に座った状態で俺を見上げている。その表情は爽やかかつ穏やかだった。普通は俺が座る立場では…?
「当たり前だろ。他に何があるっていうんだよっ?」
「いや、普通に説教かと…」
「ははは、俺が説教するような人間に見えるか?」
「はい」
「即答するな」
「いでっ」
手刀が腰に叩き込まれた。地味に痛いぜ。
「まぁ、お前とは去年からの付き合いだからな。そういう、人の外面を信用できないところは良いところだと思ってるし、悪いところだとも思ってる」
「はぁ…どっちなんですか」
だって、見た目イケメン、中身も最高だなんて外から見ると嘘くさく感じちゃうんですもん。
「褒めてるんだよ。社会で生きていく上では、疑ってかかることはすごく大事だ」
「まぁ、俺は
「ただ、いつもいつもそんな調子だと疲れるだろ。たまには息抜きも必要だぞ。俺も目に見えないところで超息抜きしてる大人だからな」
そう言って先生は「ははは」と笑った。やっぱり爽やかだ。キラキラして見える。
息抜き、か。
「シャカイッテコワイデスネ」
「なんだそれ、ロボットか。…ま、そう思うのも仕方ない話だけどな。メディアとかでは四六時中議員やら有名人やらの悪事を取りあげてるし」
俺のような、なまじ現実を知っている人間は踏み出すのが怖くなってしまう。早いうちから現実を知っておいた方が成長できるとかいうが、知りすぎて何もできなくなるくらいなら知らないまま大人になる方が幾分かマシなのではないだろうか。
「けど、お前なら大丈夫だ。能力の面だけじゃなくて、中身の強さもある」
先生はニッ、と少年のような笑みを見せた。俺を買ってくれていることが伝わってきた。ありがたいのだが、同時にむず痒くもある。
「数学できないですけど…」
「できないって言ったって、平均ぐらいはあるじゃないか。それに、数値で測れたり目に見えるものだけが能力じゃないんだぞ」
噂ではこの日本のどこかに完全実力至上主義の学校があるらしい。全学年AからDクラスまであり、日々生徒たちがポイント獲得のため頭脳戦を繰り広げているとか。なんだそれ、お前ら参謀にでもなるの?それとも軍師?総司令官?
「さて、そろそろ行かないとな」
先生が立ち上がった。今度は俺が見上げた。
「水仙と何かあったんだろ。何となくわかるぞ。俺は見てるからな。けど、うちのクラスにはあの子のようなしっかりした子がいてくれると助かるんだ。頼む」
俺の右肩にぽんと手を置き、先生は職員室を後にした。
ぶっちゃけ、俺が介入しない方がいいと思うんだけどなぁ…
*****
「「「鬼灯様、どうかなさいましたか」」」
「うぉっ…んだよ。お前らか」
放課後。自分の席で荷物を整理している俺の前に突然下僕衆が現れた。さながら忍者の如く。びっくりするだろ。っていうかいつの間に教室に入って来たんだよ。
まぁ、目立つように入ってこられても迷惑だからやめろと言ったんだけどね。
「なんもねぇよ」
「「「何か悩んでいるご様子でしたが」」」
俺ってそんなに顔に出やすいのだろうか。
「…何度も言わせんな。下がれ」
少しの沈黙の後、彼女たちは「「「は」」」とだけ述べて風のように去っていった。あいつらなんなの、マジで。
怯ませるつもりはなかったんだがな。けれど、仕方がない。これは俺が頼まれたことだ。それに、あいつが学校に来なくなったのは俺の責任でもある。なら俺が遂行すべきSランク任務だ。
「水仙さんのことでしょ。あなたが腑抜けた顔で考えてたのは」
声のした方に顔を向けると花陽がいた。
「何を言ってる、俺の顔はキリっとしてるぞ」
「ナルシストはキモイわよ」
「あー、お前ら女子はすぐキモイっていうよな。そういうのいけないって小学校の時に習わなかったのかよ」
「じゃあ…気持ち悪い」
「略さずに言えばいいってもんでもないぞ…」
普通に傷つくわ。
まぁ、何でもかんでも略されると知らん人からは「何言ってんだこいつ」と思われてしまうからな。略すのは若者特有の文化である。「り」とか「あね」とか何言ってんのか俺は分からんのだよな。つまり俺は若者ではないらしい。
じゃあ何者なんでしょうね。
本題に戻るとしよう。
「なんで分かったんだよ。お前エスパーなの?」
「この程度、エスパーでなくても分かるわよ。片霧先生は私たちのことをよく見てるから水仙さんのことも心配しているだろうと推測しただけ」
「…なるほどな」
GTKとは昨年からの付き合いだから納得してしまった。あの人は多分、正真正銘の優れた先生だ。あ、GTKはゴッドティーチャーカタギリな。グレートじゃないんかい。
「様子を見てきてほしいと頼まれたんでしょ。まぁ、あなたが悩むのも仕方のない話。どうしようかしらね…」
「……」
「何をぼーっと見てるのよ。こ、殺すわよ」
キッと目を細めて睨みつけてきた。
なんか顔、赤い気がするな。まぁ、きっと怒ってるからだろ。怖い。
「いや、お前が考える必要なんかねぇよ、って思っただけだ」
「…そんなことは、ないでしょ。私も、絡んだ話なのだから」
さっきの気迫はどこへ行ったのやら。視線は下を向き、声音は自信なさげだった。
「そうかもしれねぇけど。でもお前、何で苧環と一緒になってあんなことやってたんだよ。俺とお前の関係なんて、今はもうただのクラスメイトでしかないだろ」
「それは……」
少しだけ罪悪感のようなものを抱いている。一方的に関係をぶちぎったことに。だが、おかしい。俺は人を信用しない人間だったはずだ。なぜこんな感情を抱いているんだ。
花陽が言いかけた言葉の続きが出てくることはなかった。永遠とも思える沈黙が流れた。いつの間にか教室から人が消え、俺たち以外には誰もいなかった。生徒たちの声が遥か遠くから聞こえ、時計はカチカチと時を刻み続けている。
なぜか、俺までこの沈黙から抜け出せずにいた。何か言いたいこと、言わなければならないことはある気がするのに言葉とはならなかった。ただただ、吐息ばかりが漏れた。
体感で10分くらい経ったころ、沈黙を破る喧しい足音が聞こえてきた。逃げるように廊下の方に視線を向けた。すると、花陽も後ろを振り返って廊下を見た。
「せんぱーい!下僕ちゃんたちから聞きましたよ。何かお悩みなんですよね?この私、真理ちゃんにお任せください!!」
「……」
「……」
「え…え、待って待って。無言はやめてくださいよ。地味に傷つきますから」
現れた瞬間は輝くような笑顔だったのに、今は苦笑いに変わっている。
なんだか、あいつに助けられてしまったようだ。ようやく、言葉を発することができそうだ。
「ああ、悪い悪い。なんかうるせぇやつが来たなって思っただけだ」
「全然フォローになってないんですが!!」
思わず、笑みが零れた。そう言えば昔もこうやってバカな話をして笑いあっていたような気がする。
「っていうか、下僕ちゃんとか呼んでるのかよ」
「はい。親しみを込めてそう呼んでます」
「じゃあ下僕って呼ぶのをやめたらどうだ」
「ぐ…それは、そうですね」
雑魚い。簡単に折れてしまった。お前の芯はポッキーでできてんのかよ。
所在なさげに立っている花陽に気づいたのか、苧環は花陽に話しかけた。
「あ、花陽先輩こんちわっす!!」
なんだその挨拶。
いいね、もっと流行らせようぜ。
「え、ええ…苧環さん。こんにちは」
表情は見えなかったが、困惑しているようだった。
入口付近に立っていた苧環が、俺たちの近くまでやって来た。
「さて。お話を聞かせてくださいよ」
口元には穏やかな笑みが浮かべられていたが、目は真剣そのものだった。
参ったな。これは、話すしかなさそうだ。
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