第13話 スイセンの花と下僕

 俺は、黙って話を聞いていた。具体的な内容までは分からなかったが、なんとなくは理解できた。


 っていうか、苧環のやつ同じ高校だったのかよ!知らなかったぜ。まぁ、部活とかに入ってなきゃ下の学年との付き合いなんてないしな。当然だよな。学校には千人近くもの生徒がいるんだし。


 実際は再会した日に俺が聞き忘れたからなんだよな…


 それにしても、何で来てるんだよ、ここに。知られたくなかった。俺が勝手にやることにお前を巻き込みたくなかった。そういう想いがあったというのに。


 加えて、花陽までいるときた。一体どういう経緯であのふたりが共に行動し始めたのかは察することしかできないが、あいつが首を突っ込む必要なんかないはずだ。もし、俺に対して何か負い目のようなものを感じているのだとしたらやめてくれ。どうせ誰も彼もが嘘をついてる。俺でさえも。だから気にする必要なんかない。競争社会は騙し騙されで成り立っている。所詮、そんなものだ。


 それに俺は、お前の元彼とはちげぇよ。いつまでも重ねてんじゃねぇ。


 俺は水仙から距離を取っていた。あいつが窓際に来たのを見て俺はドア付近に素早く移動した。この女に貞操を奪われたくなどないからな。

 水仙はスマホを耳に当てたままま押し黙っていた。ただ、遠くを見つめているようだった。俺はすぐにでも逃げたかった。しかし、言わなければならないことができた。それは、お説教なんかではない。もうあいつらが十分やっただろう。


 俺はゆっくりと口を開いた。


 「お前……誰かに愛されたかったんじゃねぇのか」


 返ってくる言葉はなかった。それでも俺は続けた。


 「これは推測でしかねぇけど。お前…親と何かあったんだろ。そこの半分破かれた写真を見た。あと、靴の数が少ねぇと思った。男物のやつが見当たらなかったしな」


 今度は少しだけこちらを向いた。だが表情はよく分からないし、依然として無言のままだった。


 「親の愛をあまり知らないで育った人間はどこか歪んだ人格になる、みたいなことを聞いたことがある。けど、お前は完全に歪んでいるようには思わない。学校での様子を見ていてなんとなくそう思った。その…なんだ。俺の存在が…お前の、支えになっていたんじゃ、ないのか?」


 あぁ!!なんかめっちゃ恥ずかしいんですけど!!思わず顔逸らしちゃった。


 確か、あのときはまともに言えなかった気がする。だから今、言ってやらなければならない。


 水仙はしっかりとこちらを向いた。けれど顔は俯いてしまっている。


 「…ありがとな。こんな俺を好きになってくれて。けど、俺はお前に恋愛感情は抱いてない。一ヶ月くらいお前と過ごしてやっぱりそう思った。もちろん、この言葉が嘘になることもあるかもしれないがその可能性は低いと思う。悪い」


 思わず、自嘲気味の笑みが零れた。いろいろとクサすぎる。


 「何で、わたしを…責めないのよ」


 やっと聞くことができた彼女の言葉は震えていた。


 「お前、いつか言ってたじゃねぇか。『人間なんてそういう生き物なんだ』って。人の悪性なんて嫌というほど理解してる。俺にもあるんだから人のことなんて言えるかよ」


 本当は怒りをぶつける気だった。けど、そんな気が失せた。タイミングを逸してしまったのかもしれない。いつからか怒りという感情をあまり抱かなくなった。怒るのが疲れるとか何の意味もないとか相手を傷つけるだけとか、そういうことを理解したのが理由だと思う。


 「けどな、お前のやったことを許したわけじゃない。それは、覚えておけよ」


 念を押すような口調で言ったので少し強めの言い方になってしまった。だが仕方ない。


 「…楽しかった。この、一ヶ月。君はそうでもなかったかもしれないけれど」


 辛うじて俺に届くくらいの小さな声だった。口にはうっすらと笑みが浮かべられている。


 思い返してみた。楽しくなかったかと言われればそうでもなかったのかもしれない。けれど、きっとこの感情は紛い物だ。本心から抱いたものではない。


 だから俺はこう返した。


 「ああ。ちっとも楽しくなかった」

 「あはは、そうだろうね。……きっとお母さんはわたしのこと、愛してくれてたんだろうなぁ。まぁ、詐欺で捕まったろくでもない父親は別だろうけどね」


 もしかしたら、離婚してしまったのかもしれない。けれど、そんなことは聞けるはずもなかった。


 「わたしに強くあたってたのもわたしのため。今ならそう思う。きっとわたしは君という存在に逃げていただけなんだろうね。だから、もう逃げない」


 水仙は顔を上げた。瞳が潤んでいた。けれど顔には確かな決意が現れていた。


 立ち向かう決意ができる人間は強いと思う。逃げる方が楽なのだから。まぁ、いつもいつもぶつかっていけばいいってもんでもないが。擦り切れてボロボロになって果てるぐらいなら、逃げおおせる方がいいに決まってる。


 すれ違い様、彼女は言った。


 「スイセンの花言葉、知ってる?」


 彼女が階段を降りて外に出ていった後も、俺はしばらくその場で佇んでいた。


 スイセンの花言葉。「自己愛」「うぬぼれ」「自尊心」

 

 そして、海外での花言葉は。


 「報われぬ恋」


 *****


 後に何があったのかはよく知らない。多分、苧環が「詫びろ水仙!」とか言って、水仙は屈辱に顔を歪めながら、なんちゃら常務よろしく土下座して謝ったとかそんな感じだろう。絶対違う…


 翌日。水仙は学校に来なかった。まぁ、致し方ない。だがきっと戻ってくるはずだ。彼女は強い『正義の味方』なのだから。


 昼休み。水仙のことよりも頭を悩ませる出来事が現在進行形で起こっていた。


 「あ、あのー…きみたちは一体、なんなのかね?」


 呼び出されたので入り口付近にいる。目の前の三人組に恐る恐る声を掛けると、彼女たちはしゅばっっと居住まいを正して敬礼した。なんで敬礼してんの?警察?自衛隊?


 「「「私らは、鬼灯先輩の下僕として就任いたしましたのでそのご報告に参りましたっ!!」」」

 「あー、はいはいそういうのいいんで」


 面倒なセールスに対してやるように速攻でドアを閉めようとしたが、がしっと押さえられた。力強っ!!動かねぇんだけど。


 「「「どうか、どうか、よろしくお願いしまー-す!!!」」」

 「バカ野郎お前ら、大声出すんじゃねぇ!」


 ほら見ろ。クラスの連中がこっち見てるじゃねぇか。花陽以外は。


 大体なんだよ『よろしくお願いしまー-す』って。夏によくやってるなんたらウォーズかよ。


 仕方ねぇので話を聞いてやることにした。


 「おい、どういうことか説明しろ」

 「「「はい。私らが、どう償えばいいかを苧環様にお尋ね申し上げたところ『じゃあ私と鬼灯先輩の下僕として働くなら許してあげる』というありがたいお言葉をいただいたので、こうして参上した次第です」」」

 「お、おう…そうか」


 お前ら息ぴったりだな。ピッタリ同じタイミングで話してやがる。シンクロ率何パーセントだよ。


 っていうかこいつらある意味すげぇな。下僕として働く覚悟を決めるなんて。プライドも何もあったもんじゃないんだろうな。まぁ、俺は会社の下僕になりたくないので働きたくないです。


 「話は分かった。けど俺に下僕なんかいらん。苧環にだけやってやれ。俺は別にお前らにそこまで恨みを持ってたわけじゃねぇし」


 所詮、下っ端にすぎないやつらだ。普通は『上司の失敗は部下の責任』ではないのでこいつらはそこまで悪くない。


 「「「で、ですが!!!私たちの気が済まないんです!!!」」」


 はぁ、と思わずため息を吐いた。まぁ、俺は心が広い人間なんだ。多分、学校のプールよりは広い。


 「あっそ。じゃあ、勝手にやってくれ」


 去りながらそう言うと、彼女たちは


 「「「ありがとうございまー-っす!!!」」」


 とバカでかい声で叫んだのだった。やめろやめろ恥ずかしいだろ。


 奇異の視線を向けられながら席に戻ると、目の前に花陽がいた。


 「女の子たちの下僕がもらえるなんて幸せね。でも手を出したら殺すわよ」

 「出さねぇわ!!」


 怖い怖い。何だよ、こいつ。


 まぁ、手を出す勇気なんて僕には無いんですが…


 スマホをとり出すと、一通のメッセージが届いていた。苧環からだった。


 『先ほど、先輩のもとに可愛い可愛い下僕をお送りしました。ですが取り扱い注意ですので、くれぐれも触らないようにしてくださいね☆』


 その☆なんだよ。なんか丁寧な文なのに圧を感じるのは気のせいだろうか…


 これからの生活も、面倒なことになりそうだ。

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