第12話 あなたの正義、私たちの正義
「残念。私は梨華さんじゃないですよ」
『っ‼』
私の言葉に、電話の向こうにいるであろう水仙乃亜さんが声を詰まらせたようでした。いい気味。うふふ。
私は、私たちは今、悪の親玉の拠点の前にいるのです。中学時代、あの人と特に仲が良かったという
私たちが今まで何をしていたのか。まぁ、花陽先輩から話を聞いて参戦することにしたので私は途中からですが。
花陽先輩は、鬼灯先輩から突然友達関係を解消されたことにどこか納得いっていなかったそうです。どういう経緯で友達関係を形成したのかは教えてくれませんでしたが。そこで、親友だという華畑美樹さんに相談。そしたら美樹さんは「何か並々ならない事情があるんじゃないかな。水仙さんに弱味を握られてるとか」と言ったそうです。まぁ、私でもそう言いますね。話し合いの末、まずは水仙さんの中学時代の情報を集めることにしたそうです。慎重に、悟られないように。私も途中から参加させてもらいました。
鬼灯先輩がこんな方法で、こんなことをやっていると知ったとき、少し胸が痛みましたが。他に方法なかったのかな、って。
けれど先輩なりの私への思いやりだったんじゃないかと思います。先輩は否定すると思いますが。
他人を思いやることって、嘘を吐くことに似ていると思いませんか?ほぼイコールだと思います。嘘を吐くというのは、思っていることや真実とは異なることを口にすること。人は誰しも相手を傷つけたくないから、心配を掛けたくないから強がって見せたり、悪ぶって見せたりしてしまうものです。本当は心の奥底で助けを求めているのに。思いやりという名の嘘は結局、守ろうとした相手を、そして自分までも傷つけてしまう。本当に、皮肉な話だと思います。
話が逸れました。中学からほど近い高校であれば、顔なじみは何人か学校内にいるものです。先輩たちは部活やらなんやらでいろいろと忙しそうでしたので、私が参加してからは私が率先して駆け回りました。それはもう西へ東へ。あ、けれど私が水仙さんと同じ高校に進学したことを知られないように、です。その塩梅が難しかったですが。ですので、少し時間がかかってしまいました。けれど私に嫌がらせをしてきた人たちを探し出すことには成功しました。
ナンバーツーとも言える人が木元梨華さん。脱色したような明るい色のゆるゆるショートヘアーの人です。この人は別の高校の人でした。うちの高校にいた下っ端どもから情報を聞き出したのです。主に花陽先輩が。すっごく怖かったです。
梨華さんは水仙さんの親友と呼べる存在だったそうです。いろいろな人の証言から分かりました。何でも小学校からの知り合いだったとか。私への嫌がらせは『仕方なくやったこと』だそうです。
なんだとふざけんなこのやろう!!
って怒ってやろうと思いましたが、事は単純ではありませんでした。親友だったから、彼女を裏切れなかった。縁を切られるのが怖かった。そういう気持ちがあったそうです。土下座しそうな勢いで必死に謝る姿を見せられたら、何も言えませんでした。
梨華さんはしっかりと証言してくれました。水仙さんが、鬼灯先輩との縁を切らせるために私に嫌がらせをするよう命じた、と。もちろん、その他大勢の証言も得ました。
ちなみに、梨華さんのスマホを使ったのは私や花陽先輩が連絡しても出ないんじゃないかと思ったからです。
「お久しぶりですね、水仙乃亜先輩」
私の声を聞いて、鼻を鳴らしたようだった。
『確かに久しぶりだね苧環ちゃん。今更何の用?』
「ちょっと表…外出てきてくださいよ。面白いものが見られると思いますよ」
つい、表と言ってしまいました。どこぞのヤンキー女子なんでしょうか…
『あはは、ずいぶん強気だね。私を外へ誘い出そうとしても無駄。優くんは渡さない』
攻撃的で棘のある口調でした。けど、負けませんよ。
っていうか、優くんとか名前呼びしやがって。そりゃ、一応彼女なんでしょうけど。偽りで嘘ばっかの関係だって分かってるくせに。
それでも構わないくらいには、鬼灯先輩のことが好きということでしょうか。
「ご自宅の窓から外を見てみてくださいよ。どういうことか分かると思いますので」
足音のようなものが聞こえてきた。
『…へぇ、勢揃いだね。ちょっと、梨華に代わってよ』
まぁ、もともと梨華さんのものですし。それに話したいことがあるようなので。心配そうにこっち見てますし。
「…分かりました」
スマホを梨華さんに返しました。梨華さんの方を見ると、彼女は無言でこくっと頷きました。
「も、もしもし。乃亜ちゃん?」
『梨華、あんたいつの間にその子たちと仲良くなったわけ?あんたも嘘つきね。親友だって言ったくせに。この…裏切り者!!』
「それは違うよ乃亜ちゃん!!これは乃亜ちゃんの為だよっ!!」
スピーカーにしているからか、私たちにも会話の内容は聞こえてきました。梨華さんは苦しそうな表情で、泣き出しそうな表情で叫びました。
『はぁ、わたしのため?意味わからないんだけど。そんな言葉で丸め込もうとしても無駄よ』
「私、ずっと後悔してた。苧環ちゃんを、鬼灯くんを傷つけちゃったって。でも乃亜ちゃんのことは大好きだから、こんな裏切るような真似をしたくはなかった。けど…けど、間違いを、過ちを正してあげることもまた優しさなんじゃないのって、言われて…そうかもしれないって、思ったから」
梨華さんは泣いていました。嗚咽を漏らしながら。
ただ、対話を続けていました。きっと届くと信じて。
電話の向こう側からは何も聞こえてきませんでした。しばらく沈黙が流れ、そのうちにぽつ、ぽつと雨が降ってきました。私は梨華さんの隣に立って、傘を差しました。
唐突に、沈黙は破られました。
『花陽に…何を、吹き込まれたのよ』
その声は、先刻よりも弱弱しかったですが、強い意志を感じさせるものでした。
「吹き込まれたからじゃないよ。私も、ちゃんと自分で考えた。何日も何日も。『正しいことって何?間違っていることって何?』って。結論は自分で出した」
『…ねぇ、さっきからあんたが、あんたたちが正しいみたいに言ってるけど、』
水仙さんは、冷めた口調でこう、続けました。
『正しさって、何?』
「っ!!」
梨華さんも私も声を詰まらせてしまいました。
けれど、ただ一人。
花陽先輩は凛とした表情で、水仙家の二階を眺めていました。そして、ゆっくりとこちらを向きました。
「木元さん。代わってくれないかしら。少しだけ」
私も、梨華さんも花陽先輩の表情を見て、たじろいでしまいました。穏やかなようでいて、内には燃え盛る炎が渦巻いている。そう感じました。
少し考えてから、梨華さんは花陽先輩にスマホを渡しました。スマホを耳に当て、先輩は再び二階を見上げました。
「正しさ。そんなもの、考えるだけ無駄よ。法を犯してはならない、命を粗末にしてはいけない。そんなレベルの話なら別だけれど。でも…そうじゃないでしょう?なら、正しいかどうかは自分で考えるしかないわ。私は、私たちは私たちの正しいと思った道を進む。それだけよ」
『…へぇ。じゃあ、わたしはわたしの正義に従って動けばいいってことになるけど』
「そうね。ただしそれは、」
花陽先輩は、睨みつけるように目を細めてこう、言い放ちました。
「人に迷惑を掛けたり、傷つけたりしない範囲での話よ」
言ってみれば当然の話です。けれど、灯台下暗しということわざがあるように、当然だと思っていたことを忘れてしまうのもまた人間の性なんです。
『私、そんなことした?』
「公共の福祉、という言葉ぐらい知っているわよね。人間の自由は憲法において一定程度保障されているわ。それを制約するのが」
『分かってるわよそれぐらい!!バカにすんじゃないわよ!!』
怒声が雨が降っている中でもよく聞こえるぐらい、響き渡りました。
「…埒が明かないわね。そこに鬼灯もいるのでしょ。早く離れて出てこないと木元さんたちの証言を学校中だけじゃなくて、ここらへん一体に流すわよ?」
『はは、やってみればいいじゃない』
「言っとくけど、ハッタリなんかじゃないわよ。私、潰すときは本気だから。蚊を潰すときも」
え、え~、ちょっと微妙に面白いこと言わないでくださいよ。笑いたくても笑えない雰囲気なんですから…
まぁ、先輩の言ってることは本当で、実際にそうするつもりです。
「今は、数人にしか迷惑をかけたり傷つけたりしていないかもしれない。けれど、そうなってしまったら数えられないくらいの人たちを巻き込むことになるのよ。もちろん、数の問題ではないけれど」
うわぁ、花陽先輩マジでイラついてる。先輩の周りだけ雨が凍ってる気がするもん。
「これが最後よ」
先輩は、言い放ちました。確かな意志と、怒りを込めて。
「出てきなさい」
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