第8話 切って繋いで
「俺と、付き合ってくれないか?」
彼女、水仙乃亜は驚いたような顔を見せた。次には探るような、訝しげな表情になった。口元には薄い笑みがたたえられている。
「うーん、そんな顔で言われてもなぁ」
「何か企んでるってか?そんなやつがこんな分かりやすく不気味な笑みを浮かべるかよ」
「そうだね…」
俺の瞳をじっと見ていた。俺も負けじと見据えた。水仙は右の人差し指を顎に当てて考えるような仕草を見せた。
しばらく睨み合いが続いた後、水仙の方が先に口を開いた。
「ほんとは跳んで喜びたいところだけど……宇宙まで」
「宇宙でもどこでも飛んでけばいいだろ。人間、本質的には自由だ。自分の足ひとつで行こうと思えばどこへでも行ける」
「あはは…ちょっと意味わかんないかな」
乾いた笑みが聞こえてきた。は、わざとだよ。やめろ、その張り付けた笑み。
「いくつか、条件を出させてもらおうかな」
「…言ってみろ」
「まず、君の素は私以外には絶対に見せないこと。学校内ではね」
『わたしだけが本当の君のことを知っている』ってやつか。馬鹿馬鹿しい。
疑問はあったがとりあえず首肯した。
「そんなんでいいなら、お安いご用だ」
「二つ目は、学校にいるときはトイレ以外わたしの目の届く範囲にいること。まぁ、半径30メートル以内かな。君が、他人に素を見せていないか監視するためだよ」
そりゃトイレは無理だろうな。いくら監視したくても。まぁ、男の手下とかいるなら別だが。一応、警戒しておくか。
「問題ねぇ」
「最後は…」
「…」
「……」
「勿体つけんな。処理能力の低いパソコンかよ。なしってことにするぞ」
「ごめんごめん。君、やっぱりカッコいいなぁと思って」
何がカッコいいっていうんだよ。顔、性格、それとも相手の土俵に立って戦おうとするとこか?
「最後は、花陽さんと絶交して。だから一緒に帰るとかもなしだよ。君は友達なんかいない方が輝くと思うんだよねぇ、わたし」
水仙の声から温かみが消えた気がした。はっきり言って、不気味だった。
「お前、勘違いしてないか?」
「勘違い?」
「いや、分からないならいい。最後のやつも問題ない」
俺の言葉になぜか彼女は首を傾げた。
「いいの?嫌われちゃうかもよ」
「…別に本気で友達だなんて思ってねぇよ」
「ふーん……」
やめろ、その目。見透かすような気持ち悪い目。いちいち心の内を覗こうとすんじゃねぇ。
「じゃあな、乃亜。一緒に帰ろうな」
話は終えたのでその場を去った。俺の言葉にマイガールフレンド水仙乃亜は、こう返した。
「よ、ろ、し、く、ね。優くん」
きっも。
*****
「どうしたの、紫音ちゃん?」
「…え?」
「さっきからぼーっとしてるけど、だいじょぶ?」
鬼灯なんかよりもずっと付き合いが長い親友、
昼休み終わりごろ、鬼灯から一通のメッセージが届いた。
『オトモダチ関係も終わりだ。連絡先は消しておく。絶交だ』
もともと、彼の好意によって始まった関係だ。だから、彼がそれを解消しようというなら私は止められない。何だかんだ、やはりあいつは優しいと思う。
だけど……だけど。
なぜ。
という、疑問が生まれてしまった。至極当然のことだと思うけれど、どこかそんな感情を抱いてはいけないのではないかという思いもあった。
さらに、鬼灯の周囲に関して変化があった。
昼休み後、水仙さんが頻繁に鬼灯に接触するようになったのである。それも、かなり近い距離で。気になったが、あんなメッセージを送られた手前、易々と問いただしに行けはしなかった。
現在は放課後。今の今までずっと、考え込んでいたせいで午後の授業はあまり頭に入ってこなかった。幸い、当てられることはなかった。私、結構ツイてると思う。
水仙さんは、私に別れを告げた後すぐに鬼灯と帰ってしまった。彼女に関しては、ほんの少しだけ私に対して挑発的な感じで接してくるようになった気がする。
私は、どうしたいのか。何をすべきなのか。
しばらく考えてから、親友に向けて告げた。
「少し…相談があるの」
*****
「ねぇダーリン、明日私たちの関係打ち明けるけどいいね?」
「ダーリンはなんていうか…キモイからやめろ」
「あははー、全然マイルドになってない」
帰路。自転車を押している方とは反対の方の腕に、水仙が自らの腕を絡ませてきた。うっ、なんか、妙な感触が…
『打ち明けるけどいいね?』とか言っているが、裏では『了承しなかったら君が不都合になると思うけどいいの?』という黒い意志が感じ取れた。こいつ、頭は良いんだよな。
ま、俺としても十分にこいつの信頼を得ておく必要がある。だから俺は了承した。
「ま、遅かれ早かれいつかはしなきゃいけねぇだろ。いつスクープになるか分からん」
「あはは、何それどこの芸能人?」
いだだだだ!!やめろ、あんま引っ張んな!!
ひとしきり笑った後、水仙はいつもの冷静な顔になった。
「いいんだね…?」
その声には含みがあった。真に俺を案じているようにも感じた。だが、そんなわけがない。
「俺にはノーという権利がない。イエスマンなんだよ」
「へー」
俺の言葉に、水仙はつまらなそうな返事をした。そんなに探ってほしかったのかよ。
しばらく無言が続いた。その間も水仙は俺の腕から離れようとしなかった。まるで、『鬼灯優はわたしの物だ』と言わんばかりに。太陽は西に大きく傾いている。辺りには同じように帰宅する生徒がいた。雑談に興じている。
高校から大分離れたところまで来た。ここらへんも最近は住宅が多くなってきた気がする。
不意に、水仙が口を開いた。
「本当に、君のことは…好きなんだからね」
愛の告白。何の含みもないのではないか。そう思わせる声音だった。ただの確認なんだろうか。
「別に…疑ってねぇよ」
俺は正面を向いたまま言った。彼女は俺の言葉を聞いて、顔を俺の方へと向けたがすぐに前を向いた。
「君は…?」
「言ったろ」
「好きとは聞いていないよ」
「好きだ」
相手が相手とはいえ、よくも簡単に嘘が吐けるものだと思った。やはり俺は最低だ。
くすっと笑う声が聞こえた。そして、彼女は言った。唐突に。
「少しだけ、昔話をしてあげる」
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