第6話 知りたくなんかない

 俺たちはラシックという商業施設を訪れていた。地下一階に下りて目的の店までフロアを歩く。ちなみに目的については事前に知らされていた。


 「あなた、水仙さんと何かあるの?」

 「…どうしてそう思う」

 「彼女が、あなたのことを一目置いてるように思うからよ」


 何もねぇっつーの。本当に。


 心の中でひとつ、ため息を吐いた。それから口を開く。


 「…単なる中学からの知り合いっていうだけだ」

 「…そう。でも今日は手伝ってもらうわよ、プレゼント選び」

 「あいつの事なんてあんま知らねぇぞ。何が好きで何が嫌いかとか」

 「あなた、密かに陰から観察することは得意技でしょ」

 「まぁな、超得意だ。っていうかそれしかできない」


 人間のくせに人間が信じられない俺は観察しか能がないのだ。ははは、すごいだろ。


 自己矛盾なんてとっくに気づいている。


 目的の店、バースデイバーに足を踏み入れた。どうやらここは誕生日や記念日のためのプレゼントが揃えられているらしい。インテリアや雑貨がたくさん置いてある。


 「やっぱり、あまり高い物じゃない方がいいかしら」

 

 花陽はそこらへんの物を物色している。


 「だろうな。俺だったら『何、賄賂?』って思っちゃうわ」


 呆れたようなため息が聞こえてきた。お前が訊いてきたんだろ。


 「何か、水仙さんが気に入りそうな物って分からないの?」


 考えてみる。視線の先にはフォトフレーム。


 少し、思い出したことがある。


 「あいつ、カメラが趣味っぽいぞ。中学の頃、風景の写真を学校に持ってきて友達に見せてた…気がする」

 「そう、ありがとう」


 感謝を述べ、彼女はフォトフレームを手に取った。竹籠のような額縁のデザインだ。


 「まぁ、いいんじゃねぇか。価格も手ごろだし」


 数種を眺めて熟考し、それから「そうね」と呟き、レジへと向かった。俺は店の外で待つことにする。


 それにしても、ほんと賑わってるなぁ。だからこういうところは好きじゃないんだよ。静かに、穏やかに、のんびりと過ごせる場所がいい。例えば家とかな。おうちは最高。


 2分ほどして花陽が出てきた。手にはプレゼントの袋が握られている。


 「じゃあな」と言うと、「ええ、また」と返された。名残惜しそうな表情と口調だったが無視した。


 あいつの姿が遠くなるぐらいまで離れたところで、不意に後ろから声を掛けられた。

 

 「せん、ぱい。鬼灯…先輩、ですか…?」


 その声に、思わず立ち止まった。ぞわっとした嫌な感じが全身を駆け巡った。おい、待てよ。ふざけんなよ。お前、どういうつもりだよ。


 虚ろな心の内は恐怖と疑念、憤怒、そしてほんのわずかばかりの喜びで満たされていた。


 両の拳を強く握りしめた。歯を強く食いしばった。莫大で凶暴な感情が漏れださないように。


 話したくなどなかったので速足で歩き始めると、今度は後ろから腕を掴まれた。


 「…離せ」


 威嚇するような声音になった。


 「本当に…本当にごめんなさい。でも、絶対に離しません」


 何に対して謝罪してんだよ。それに、何を今更。


 振り払おうとしたができなかった。想像以上に強い力で俺の腕を握っていた。


 「お前…よく俺に話しかけられたな」

 

 息を呑む声が聞こえてきた。怒りが漏れ出ていたらしい。これで引き下がるかと思ったがそうはいかなかった。


 「ほんの…少しだけ。少しだけ、話をさせてもらえませんか」


 声が震えていた。けれどそこには、譲る気はないという確固たる意志が込められていた。


 ちっ。


 心の中で舌打ちした。半身で振り返る。


 睨むようにして見据えた瞳に映ったのは。


 俺がかつて愛し、そして裏切られた、憎むべき。


 苧環真理おだまきまりの姿だった。


 *****

 

 まだ夏ではないというのに日差しはぎらぎらと熱を帯びていて暑かった。だが木陰は涼しい。吹く風は心地よかった。


 今は俺の家付近の緑地公園にいる。屋根付きのベンチにふたり、大きな距離を空けて座っている。移動中、俺たちはどちらも言葉を発しなかった。目を合わせることもなかった。苧環は俺に導かれるまま、ここまでやってきた。


 俺は話すことなどなかったので沈黙していた。昼まではまだ少し時間がありそうだったので、それまでは待ってやることにする。


 声にならない吐息が何度聞こえてきただろうか。耳に届くたび、俺の胸をちくちくと突き刺してきた。腸が煮えてくる感覚がした。


 俺は、忘れていない。あの、雨の日のことを。裏切りを。


 許すことなど、できはしない。たとえどれだけ謝罪されても。


 言っただろう。俺は優しくなんかないんだって。


 もう何分経ったか分からなくなった。その時になってようやく言葉が聞こえてきた。俺も苧環も互いに顔を見てはいない。


 「私…最低です」


 は、そんなもん分かってる。


 俺は無言を貫くことにした。


 「先輩が、許せないのも…仕方がないと、思います」


 分かってんだったら何を言うことがあるってんだよ。


 「後悔……しているんです」


 口調、声音からは心底そう思っているように感じ取れた。けれど、言葉なんて信用ならない。


 「あの、雨の日。先輩を、本心じゃない、言葉で…傷つけたこと」

 「は?」


 思わず言葉が出た。だがそれも仕方がない話だ。


 本心じゃない?


 嘘の言葉?


 バカが。誰が信じられる。俺を絶望させた不気味な表情、瞳。あれらが嘘だったなんて到底思えない。


 「許して…欲しい訳じゃないです。裏切った、嘘を吐いたのは…事実ですから」


 声を詰まらせていた。今にも、泣き出しそうなほどに。


 何でお前が泣きそうになってんだよ。ふざけんな。


 気づいたら手が拳の形を作っていた。


 「ただ…ただ、聞いて欲しいだけです」


 消え入りそうな言葉の後には、続きがあった。


 「嘘の裏に隠された、真実について」


 やっぱり、聞きたくなどなかった。

 


 


 

 


 

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