第4話 外されたティアラ
「昔好きだった人に似ていたから」
似ている、という言葉を聞いて再び彼女の言葉を思い出した。もしかしたら、あの言葉の真意はこっちなのかもしれない。
なおも彼女は続ける。視線は斜め下に向けられているようだった。
「2年になって、最初の日。あなたを初めて見たとき、私は『何であの人がいるの!?』って思ったわ」
「幻想、見てたんだろ」
「ええ、そうね」
どこか自嘲気味だった。
「私は、必死に自分に言い聞かせた。あの人と鬼灯は違う、全く別人だって。けれど、あなたを見ているだけで、心が満たされる気がしたの。一度、その甘い蜜の味を覚えたら忘れられない。次第に、あなたともっと近づきたい、もっと知りたいって思うようになった。欲望はどんどん膨れ上がって制御できなくなった」
「スーパーでいろいろ見てるとあれも欲しい、これも欲しいってなって終いには目的外のものまで買ってしまう。ほんと、欲望は人の内に住む化物だよな」
「……本当に、ごめんなさい。こんな、身勝手で気持ちの悪い幻想をあなたに押し付けてしまって。そして、ありがとう。こんな私と友達になってくれて」
「まぁ…俺が友達にならなってもいいと取れる返しをしちまったからな」
花陽はゆっくりと俺の方を向いた。顔には哀しげな笑みがたたえられていた。
信じてやりたい、こいつの言葉を。
そういう思いもあったが、確認をせずにはいられなかった。それが、今の俺だから。
「確認だ。答えてもらうぞ」
しばし瞑目し、それから「ええ」と彼女は返した。どうやらこのことに関しては答えてくれるらしい。いや、俺への恩義を感じているからか。
「俺と、お前が昔好きだったやつが似ているという証拠が欲しい。写真、あるだろ」
「ええ、持っているわ。みっともないことに」
スマホを取り出し、画面を見せてきた。
「似てる……気がするし、似てない気もするんだが」
「何を言ってるのよ。似てるじゃない。よく見たらイケメンなところとか、目の下のクマとか、ボサボサの髪型とか、それと、」
「お、おう・・・分かったから」
すげぇ勢いでまくし立ててきた。さすがに気圧された。
やった、イケメンって言われちゃった!!
もういい、という意思表示をしたのだが制止を振り切って彼女は続けた。
「それと、実は優しいところ」
「……は?」
昨日今日の関係にすぎないこいつが、まるで俺のことを分かってるかのように言ったからか、少し腹が立った。
優しい?
ふざけんな。
「一緒にすんな。俺は優しくなんかない。人間なんて大嫌いだ」
言い終えて少しばかり後悔した。思わず奥歯を噛む。
花陽は本気で驚いたように目を見開いて沈黙し、それから俯いた。表情は窺えない。
「…ごめんなさい。分かったようなことを言ってしまったわね」
「いや、もういい。お前が近づいてきた理由は一応、理解した。だが、これからも俺はお前を100%信じたりはしないしお前と『オトモダチ』以上の何かになるつもりもない。それだけは覚えておけよ」
立ち上がって公園の出口の方へと向かった。背中の方から小さくて聞き取れるか聞き取れないかの瀬戸際の声が聞こえてきた。聞いてやる義理なんてないのに足は勝手に歩みを止めた。
「ありのままのあなたを、ちゃんと見るから」
懇願しているかのようだった。
ありのままの俺。
存在しねぇよ、そんなもの。嘘に塗りつぶされて消えた。俺も世界に毒されてしまったのだ。
バカか、と心の中で吐き捨て、今度こそ公園を去った。
*****
自宅に入ると、靴の数で気づいたことがあった。
「お~い、
愛すべき弟が帰宅していた。歳はふたつほど離れている。
「うっせぇ、優。母ちゃんみてぇなこと言うな」
リビングの方から憎たらしい弟の言葉が返ってきた。やっぱ可愛くねぇな。俺のこと優って呼び捨てにするし。一回もお兄ちゃんと呼ばれたことがない。兄貴、とすら呼ばれた記憶がない。愛されてねぇな俺……
「何言ってる。母ちゃんはいろいろと忙しいから俺が代わりになってるんだよ。つまり俺は母ちゃんだ」
「バカじゃねぇの」
あ~そういうこと言っちゃうんだぁ。もういいよ!
確かにアホみてぇな理論ではあったがな。
秀はリビングでスマホをいじっていたが、俺は放っておくことにする。あれでも俺なんかよりよっぽどできのいい弟だ。ちゃんと勉強している。
水を一口飲んでから自室へと向かった。鞄を放り、上着を脱いでからハンガーにかけた。そしてベッドにダイブした。
ああー疲れたよ~、社会人っていつも疲れたとこぼしてるイメージだけどこんな感じなんだろうか。やだよー社会こわい。
「はぁ」
ため息が漏れる。どうだっていいはずなのに、否が応でも花陽のことが頭から離れなかった。
多分、あいつもそのあの人とやらに裏切られた人間なんだろう。類は友を呼ぶ、と言うが全く嫌な話だ。自分のみっともなさを見ているようでいたたまれなくなる。
空っぽの人間同士の間には生まれるものなんてないんだよ。あるのはただただ底の見えない虚無だ。
スマホの震える音がした。鞄から取り出して画面を開いた。メッセージアプリの通知が表示されていた。
「何考えてんだよ…あいつ」
全く理解不能だった。オトモダチの花陽からのメッセージはただ一言。
『女王であることを、やめるわ』
*****
翌日。大分ぐっすり寝ていたからか少し遅めに学校に着いた。なんだかんだ遅刻しないあたり俺だよな。
教室の扉を開けて中に入ると、肌を刺すような異様な雰囲気を感じ取った。人込みをかき分けて席に着く。すると、またまた前の男子が声をかけてきた。何お前、俺とそんな仲良くしたい訳?
「なぁ、鬼灯。じょ…花陽さん、どうかしたのか?」
やっぱり、その話かよ。
「ん、いや。どうかしたの?」
首を傾げ、微笑みながら返してやる。彼の顔には困惑の色が浮かんでいた。
「口調とか、雰囲気とか。それと、『女王様』って聞いたらすごい顔で睨んできたりしてこええのなんの。どうにかしてくれよ」
「へぇ…そっか」
いいんだな、花陽。今まで積み上げてきた物すべてを失うことになっても。
耳を澄ませてみると、「花陽さんどうかしたん?」「ねぇ、シオン雰囲気変わったよね」「正直、ちょっと怖い」と、あいつの話題ばかりが聞こえてきた。
「できないよ、俺には何も。ただ、見守る事しか」
「そうか~」
今のところ、何が起こっているわけでもない。ただ勝手にあいつが変わった、いや戻っただけだ。これから何が起ころうともそれはあいつの責任だ。
ただ。
気持ちわりぃ空気だ。
部屋中に流れるよどんだ空気が不快だった。だがしばらくは耐える。これでもタフな方なのだ。優はてっぺきを使った。防御がぐーんとあがった。
だが、数日たってもこの不快な空気は変わらなかった。
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