第3話 偽りの女王様

 察しは良い方だと自覚している。だからどういう事態が起こっているのかも何となく理解した。うちの窓のサッシは建付けが悪いけど…


 女王、ねぇ。そんな風に呼ばれてたのか。


 「え、待って待って。何それどこ情報?」


 あわあわしてみせると、彼は首をひねった。どうやらよく分からんらしい。


 「いや、俺も教室来たらそんなような話が聞こえてきただけで誰が発信者なのかはよく知らねぇよ。男子連中に聞いてもよく知らんみたいだし。ただ、噂ではお前と女王様が二人きりで何やら話しているところを目撃した奴がいるって」


 …まぁ、目撃されていてもおかしくはない、か。不覚。かくなる上は切腹だな。


 「ねぇ、ちなみに女王様ってのは」

 「あ?知ってるだろ。花陽さんのことだよ」


 わざととぼけた。確認するためだ。


 「何で女王様って呼ばれてるの?」


 少しばかり気になった。まだ少ししか対面していないが、表面の雰囲気からはそう呼ばれる存在とは思えなかった。


 「ああ、それ。花陽さんってさ、はっきり言って美人で可愛いだろ?それだけでクラスの中心人物、トップになれるのが学校での人間関係ってもんだ。しかも、1年のころは体育祭やら文化祭やらで大活躍だったらしいぞ」

 「…へぇ、なるほど」

 「っていうか、知らなかったのか?」

 「当然。俺、2年になるまで花陽のこと知らなかったしほとんど話したこともなかった。俺と彼女は付き合ってなんかいないよ。ただの友達だ」


 最後の方は少しばかり語気が強くなった。彼が悪いわけではないのにな。


 視線を花陽の方に向けると、彼女も同じように俺を見た。花陽の周りにも女子が集まっている。


 俺は席を立ち、廊下に出た。廊下を突き当たりまで進み、そこで足を止めた。


 振り返ると、花陽がいた。当たり前だ。合図をしたのだから。


 「これは、いったいどういうことでしょうか女王様?」

 「その呼び方はやめて」


 割とマジでキレられた。本当に嫌いらしい。


 彼女はひとつ、ため息を吐いてから口を開いた。


 「知らないわよ。こっちが訊きたいくらい」

 「‥‥‥‥」

 「ん、何ぼけっとしてるのよ」


 ふと、彼女の言葉を思い出した。


 『似てるって、思ったよ』


 ああ、そういうことかよ。なら、いいか。少しくらい見せてやっても。俺と彼女はあまり面識がない。見せたところで何を失うわけでもない。


 「いや別に。お前も知らんのか。俺はてっきりお前が流したんかと思ったんだが」

 「私はそんな姑息な手を使ったりしないわ」


 彼女の眼は苛立たし気に細められていた。こええ。


 「そんじゃあ、お前が違うって流してくれよ。そこらじゅうに」

 「何で私が」

 「俺なんか矮小な存在が言ったってあんま信じてもらえねぇからな。女王様のお言葉なら信じるだろ」

 「お前……次に女王って言ったら、命はないと思え」

 「こっわ、怒んなよ。ごめんって花陽」


 ま、とにかく。


 「そう、思わないか?」

 「……はぁ。それもそうね。私がまいた種でもあるのだから」


 そう言って、花陽は教室の方へと3歩ほど歩き、再び足を止めた。そして、背中を向けたまま言った。


 「演じて、隠して、嘘つくのは疲れるわよね。だから、こうして話し相手になってもらえると……助かる」


 そうして、彼女は教室へと姿を消していった。


 もし、さっきのが彼女の本音なら。


 確かに、俺と花陽は似ているのかもしれない。似ている、というだけの話だが。


 それにしても、発信者はどこのどいつなのやら。ぶっとばしてやりてぇ。


 *****


 あの後、女王、もとい花陽のおかげか例の噂は大分下火になった。それでも数人は気にするやつらがいたが俺と花陽は否定し続けた。


 マジで力あるじゃん、あいつ。そりゃ女王って言われるのも頷けるわ。エリザベスとか呼ばれてたりして。


 今日一日、花陽のことを観察していて気付いたことがある。


 あいつは、意外と友達が少ない。女王は女王でも嫌われ者なのだろうか。席が近い数人以外と話しているところを見なかった。昼はどっかいっちまうし。まぁ、もしかしたら別のクラスに友達がいるかもしれないが。


 もしかしたら、クラスにあまり馴染めていないのかもしれない。


 ま、俺は友達などいないがな。俺に話しかけてくる連中はいるにはいるが、彼らは俺のことを友達だなんて思っちゃいないはずだ。せいぜいお優しいクラスメイトってところか。簡単だぞ、馴染むのなんて。空気のようにただ存在するだけでいい。ただ適当に受け流せばいい。


 放課後。手早く帰り支度を済ませ、教室を出て昇降口から駐輪場に向かった。人の姿はまばらで遠くから部活動に励む生徒たちの声が聞こえる。


 自転車で校門を抜け、しばらく行ったところに人影があったので思わずブレーキをかけた。


 「あの…‥マジで怖いんだけど」

 「私たちってぇ、友達でしょ?」


 甘ったるい声を出してきた。うへぇ。糖分過多は体に良くないからな。


 「ああ、そうだったな忘れてたわ」

 「あれあれ、鬼灯くんの記憶メモリーは大変容量が小さいとお見受けしますが~」

 「バカ言え、これでも記憶力は良い方だ」


 っていうか、いつまでそのキモイしゃべり方してんだよ。


 「お前、部活は?」

 「陸上部。けど今日は貴重な休み」

 「あっそ。じゃあゆっくり休んでくれ……っておい」


 ペダルをこいで進もうとしたら、がしっと腕を掴まれた。何のつもりだよ。


 「話は最後まで聞きなさいよ」

 「そもそも話があるってことを聞いてない」

 「……教えてあげる」

 「何を」


 穏やかな目で俺を見ながら、言った。


 「あなたが知りたがっていること」


 *****


 夕方の公園は小学生やご高齢の人たちで賑わっていた。木々は緑に染まりつつあり、風は程よく暖かく心地よい。


 俺たちはベンチに座っていた。俺と花陽の間には人ひとり分の距離が空いている。


 「それで?」

 「そうね。全部は教えてあげないわよ」

 「問題ねぇよ。お前が教えてくれなくても俺から探るだけだ」


 花陽の方を見る。彼女の瞳は遠くを見つめていた。記憶を、呼び起こすかのように。


 「突然、あなたに近づいて、あなたに告白までした理由」


  黙って先を促した。彼女の端正な顔は哀しげに歪められていた。


 こう、呟いた。


 「昔好きだった人に似ていたから」


 

 

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