#010 ホーム
家に着いたのは深夜二時過ぎだった。起こしたくないとは思ったが、タクシーから降りた時点で家に明かりが
荷物を整理しながら犬を寝かしつけ、シャワーを浴びて寝室に向かうと、用は済んだとばかりにパートナーは背を向けて眠っていた。それが
翌朝、目を覚ますと既に寝過ごしていた。時差ボケが治らないと明日からの業務に支障をきたすので起きなくてはいけなかったが、しかし眠く、なにもかも諦めて半日眠ってしまいたかった。が、そんなわたしにパートナーが寝室まで朝食を持ってきてくれる。ドラマみたいだ、と笑うと、いいから起きなさいと笑われた。そのまま二人で朝食をとり、離れていた間のことを伝え合った。
今よりも若かった頃、この人を連れて旅をするのが好きだった。この人が自宅を愛していることを理解する前の話だ。この人は、今思えば本当に
一方でわたしも、この家での生活がどれほど幸福であっても、どうしても遠くに行きたくなってしまう。仕事は忙しく、ただでさえ一緒に過ごす時間が取れないのに、それでも旅がしたい。ならばもう、わたしたちの人生は交わらないと、互いに気が付いたあの瞬間が人生でなによりも恐ろしかった。けれど、わたしたちはその恐ろしさに必要なだけ話し合うことができた。だから今、この人は待っていてくれて、わたしは待たせることができる。人生は長いから、またライフステージが変わるときが来るだろう。けれど、この人となら怖くない。だからわたしたちはパートナーなのだ。
並んで寝そべり、互いの顔を見ながら、笑い合う。次は一緒に行こうかと誘うわたしに、いや、と笑顔で断るこの人がやはり好きだった。パートナーの頬をくすぐって遊んだ後、買い物をするために車を出すことにした。
あれこれと消耗品を買い、車に詰め、好きなバンドの曲を聞きながら、近所をドライブする。パートナーはわたしの耳に口を寄せ、好きな香りと囁く。買ったパンの匂いかなと聞けば、友人にもらった香水のことだった。そういえばわたしたちは互いに香水はあまりつけないが、互いに匂いには敏感であった。気に入ったならシェアするよと提案すると、これはあなたの匂いでしょうと笑われた。
「わたしの匂いはあなたが探してよ、ドクター」
この人に似合うものは、わたしが一番わかる。この人は季節であれば葉が落ち始める頃の秋であるし、時間であれば
「いやらしい顔」
きみにいわれるなら光栄だと返すと、ばかな人と笑われた。
パートナーの髪を耳にかけ、ただいま、と囁く。ひねくれているパートナーは、いってらっしゃいと返してくる。大事にできているかな、と聞くと、間抜けなドクターと笑われる。大事にできているかなと聞かれると、かわいい人だな、と笑ってしまう。
次の旅ではこの人に似合う香りを探そう。見つからないかもしれないけれど、それはそれで思い出話になるし、この人は聞いてくれるだろう。
家に帰ると興奮した犬に襲われ、わたしはやはり腰を強打した。その内に骨を折ると犬たちに警告していると、あなたが鍛えなさいと笑われた。いつも笑ってくれるパートナーがココアを淹れてくれたので、窓辺の席に腰掛けて、とめどなく話した。
この時間が幸福だ。
気が付いたら夜になったが、とても話し足りない。休みを取っておけばよかったと愚痴ると、すぐ週末が来ると笑われる。寂しくないねと聞くと、かわいいドクターと笑われる。寂しいのと聞かれて、すこしねと答える。旅に出ておいて無責任な話だと
その内、わたしはまた旅に出るだろう。けれど魂はここに根付いている。無数の愛の言葉を送り合い、同じ場所で眠る。ここがホームだ。一つの旅が終わり、わたしはすこしほっとした。
空港にて 木村 @2335085kimula
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