【短編】くだらない

竹輪剛志

本編・くだらない

 夜中の二十一時頃。薄暗い自室のパソコンを起動して、ゲームを起動する。

 今流行りのバトルロワイヤルというやつだ。いつのまにか爆音のゲーム起動音が過ぎて待機画面に入っていた。

 さて、行こう。戦いに赴こうとしたその瞬間。

「ん?」

 一つ、ある物が目に入った。右上にあるイチの数字。それは、このゲームを今起動しているフレンドを数だ。

 普段はゼロで動かないそこが、イチになっていた。

 なんとなしに、そこをクリックして誰なのかを見てみる。

 そこに映る文字は『Nasu』日本語で表すなら、ナス。俺の中学時代の友達だ。

 背がでかいだけが取り柄みたいなヤツで、同じ将棋部であった。運動も大して出来なくて、頭も俺より悪い。それでも趣味は合うので良く話していた。

 ふと、何となく招待をしてみた。これを受け取った相手が承認すれば、相手が自分のパーティに入ることができる。

 ポコンという軽快な、誰かがパーティに入ってくる音がする。

「よお、久しぶりだな。角輪」

 角輪は俺の苗字だ。角輪 三好がフルネーム。通話特有のホワイトノイズの乗った軽快な声が聞こえる。こいつはどうもノリが軽くて、昔はさして気にならなかったが今はそれがどうもうざったい。

「久しぶりだな。ナス」

「最近どう?」

 何気ない質問。マイクを一瞬オフにして、舌を打ち机をドンとグーで叩く。

「……まあ、ぼちぼちだよ」

 一つ、くだらない嘘をつく。まったくもって充実していない最近にぼちぼちという評価をつけて誤魔化す。

「いやぁ、俺はもう学校が始まっちまってよ。お前ら私立がうらやましいぜ」

「そうか。俺はまだだな明後日から始まるな」

 八月三十日、火曜日。デスクトップ右下の数字が目に入る。そういえば、あと少しで二学期が始まるのか。宿題も何一つやってないから知らなかった。

 というか、夏休みが始まったと知ったのも始まってから一週間後のことだった。

 いつからだっけ。五月からはもう学校に行った日の方が少なくなっていって、六月にはゼロだった気がする。

 なんて会話をしていたら、ゲームが始まっていてキャラは空の上だった。

 数百回は行ったゲームの立ち回りを行う。武器を拾い、弾を撃ち、敵を殺す。慣れたものだが、これが楽しくて、最近はこれだけが楽しくて……

「お前上手くね?」

 そんな質問がナスから飛んでくる。まあ、毎日やっていたら上手くもなる。普段昼間できない学生をゴールデンタイムに潰すのは気持ちが良い。

 Victory。簡単な英単語が画面に浮かんで、ゲームの勝者となったことを知らせる。

 待機画面に戻り、もう一度行こうとする。

「学校どうよ」

 ふと、脳内が完全な真っ白に至る。相手からすれば簡単な世間話、俺からすれば致死の弾丸。

 不意に放たれたソレは、時を静止させる。

 ほんの半年前、俺は勉学に励む日々を送っていた。あの頃の俺は最早勉強中毒と言わんばかりであって、偏差値は七十程。県内トップの公立高校を志願しており、絶対に受かると思っていた。

 だけど落ちた。時の運か、慢心か。原因は定かではないが、落ちた。絶望した。そこから流れるように滑り止めの私立に進学して、不登校になった。

 嗚呼、本当にくだらない。何もかもくだらない。落ちたことも、行った高校の奴らの程度が低いことも。何もかもがくだらない。だから、学校に行かなくなった。

「ああ、ぼちぼちだよ」

 二つ目、また嘘をつく。

「ふーん」

 現れるのは静寂。毒ガスのような静けさが心を痛める。

「なあ、お前は学校ってどう思う?」

 なんて、聞いてみる。

「まあ、めんどくさいよな」

「じゃあさ」 

 コクリと息をのんで、言葉を継ぐ。

「行かなくていいんじゃない」

 再びの静寂。少し考えるとナスは言う。

「そういうワケにも行かないだろ。一応金払ってんだし」

「はは、そうだよな…」

 繰り返される静寂は、汗を冷やす。

「何。お前、学校行ってないの?」

 なんて察しの良さ。

「………そうだよ」

 さすがの付き合いか、はたまたナスがそういう特技を持っているのか。一瞬の沈黙を越えて肯定をする。

「何でよ」

 ゲームをしないで、待機画面で延々と話している。過去を思い返して、一番表しやすい言葉で心境を話す。

「くだらないんだよ、全てが。学校の奴らも、教員も、親も。なにもかもがッ!」

 最後の方は速くなっていた。

「ふーん」

 またの静寂は、さっきより一層苦しくて。苦しくて。つらい。

「お前、前に人の上に立ちたい。って言ってたよな」 

 いつのことか、将来を語る。そんな課題だった気がする。そんなことを言ったのは。

「そうしたら、お前がいうくだらないヤツの上にも立つことになると思うんだ。だったら、それの練習だと思えよ」

 人の上に立つ。ああ、そうだったな。勉強してたのも、いい高校に入って将来、上に立つ為。

 そんなことも忘れていたのか。

「そうだな。ありがとう。……悪い、今日は落ちる」

「そうか。まあ、行けよ。学校」

 バツをクリックして、ゲームを閉じる。

 ………人の上に立つ。はは、そんなことも忘れて自暴自棄でゲームにふけって。過去に縛られていた俺が、過去に救われるのか。

 志望校に落ちたことで暗闇だった道が、後ろからの光で開けた。

 ―――――くだらないのは、俺だったんだ。

 

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【短編】くだらない 竹輪剛志 @YuruYuni

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