第16話「悠真の夢」

「おはよう」


 そう声をかけられゆっくりと目を開けると俺の部屋で寝ていたはずなのにどこか別の部屋で目が覚めた。

 どこだ?

 ゆっくりとあたりを観察すると見覚えのあるものがいくつか目に入った。

 このベッドに、薄いレースのカーテン。

 勉強机の椅子の上には大きな熊のぬいぐるみが置いてある。

 そうかここはかえでの部屋か。


 昨日の夜は寝落ちした気がするんだけどなんでここにいるんだ。

 まさか「夢か?」と思い頬を引っ張るが痛くない。

 マジで夢なのかよと驚いていると肩を叩かれた。


「ねえ悠馬ゆうませっかく会えたのに、無視なの?」

「もみ……、いや楓か」

「悠真はいつの間に彼女と妹の区別もつかなくなっちゃの?」

「ごめん。そういうわけじゃないんだ」


 ただここ数日ずっと紅葉もみじと居たせいか真っ先に浮かんだのは紅葉だった。

 亡くなる前はずっと楓のことを考えてたのに……。


「ねえ、もう私のことなんか忘れちゃった? そんなに紅葉のがいい?」


 唇が触れあいそうな位置までグイっと近づいてくるとそう囁いてきた。


「そんなわけ……」


 全てを見透かしたような目でこちらを見つめてくる楓に気圧され思わず目を逸らす。

 きっと姿形が似ている紅葉に楓の影を重ねているだけで、紅葉本人にかれ始めているわけではないと、自分に言い聞かせるようにそう考えた。


「そんなわけ、なに?」

「いや、だから……」

「紅葉は私の劣化コピーだから紅葉に惹かれるわけない?」

「違う! あいつは劣化コピーなんかじゃない!」

「ならなんで目らしたの? やっぱり私より紅葉のがいい?」


 俺の頭をがっしりと押さえ、逃がさないという強い意思を感じさせながら楓はさらに尋ねてきた。


「紅葉はいいよね、健康だし、かわいいし、気遣ってくれるし」

「なにが言いたいんだよ……」

「あの子に浮気するのはやめて。私のこと好きなら一緒に逝ってくれるよね?」

「楓がそんなこと言うわけないだろ……」


 俺が知ってるはずの楓はこんな状態で死んだら「誰が死んでほしいなんて頼んだ?」と聞いてくるはずだ、きっと……。

 楓の皮をかぶった得体のしれないものに、言いようのない恐怖感を覚えるがどうしたらこの状況を打開できるのか全くわからない。


「それは悠真が美化した私なんじゃない?」

「そんなことあるわけないだろ」


 いやけど、ここが俺の夢である以上今目の前にいる楓が俺の作ったイメージなのか。

 そう思うとふとみおの言葉が脳裏を過った。


『楓ちゃんはどこにいても悠のこと見てるって』


 まさか霊になって夢に出て来られるとかじゃないよな……。

 それにしても生きてた時の楓とは別人のように違うけど。

 そう考えると、自然と口から疑問がこぼれていた。


「てかなんでここに楓がいるんだよ」

「夢だからじゃない? それとも夢の中でも死んでた方が良かった?」

「そんなこと言ってるわけじゃないんだけどさ」


 そもそもここは夢なのか?

 痛みがないから勝手に夢だと信じ込んでたけど、それにしちゃ妙に映像はクリアだし音もしっかり聞こえる。

 まるでこっちも現実みたいだ。


「ねえ悠真は紅葉と付き合えてうれしい?」

「それは……」

「嬉しくないのに付き合ってるの?」

「わからないよ、ただ支えてくれるのはありがたいと思ってる」


 そう答えると、甘くねっとりとした声でささやいてきた。


「本当にそれだけ? 支えてくれるならわざわざ付き合う必要なくない? 澪にだって支えてもらってる部分あるでしょ?」

「それは……」

「ねえ本当に私のこと好きだった?」

「好きだったよ。まだ楓がいなくなった気持ちに整理は付けられてないし」

「なら整理が着いたら紅葉を捨てて別の人と付き合うの?」


 楓のまるで尋問じんもんをしているかの雰囲気に圧倒され、背中が粟立つの感じる。

 夢でこれだけ言われるということは無意識に紅葉と付き合うことに負い目でも感じていたんだろうか。

 後から振り返ってやっぱりやめたほうがとは思ったが、ここまでなのか?


「ねえ悠真答えてよ、私も紅葉も捨てるの?」

「そんなわけ……」

「ならただの支えなのに自立できるようになにっても付き合うの?」

「なにが言いたい?」

「なにって、今の悠真に好きより強い感情で紅葉と付き合う理由があるのかなって思って」


 付き合う理由か……。

 支え合うためってのはただの口実でほんとは紅葉と付き合いたかったのか?

 あの場で紅葉が死なないとわかったら拒絶できたか?

 答えのない問いが延々と頭の中を駆け巡る。

 やっぱりあの時紅葉を振り切って身を投げるべきだったのだろうか。


「ねえ悠真、紅葉のこと泣かしたも知ってるけど曖昧な態度取ってあの子で遊ぶのが目的?」

「そんなことあるわけ!」


 あの時は本当になんて言ったらいいのかわからなくて。

 軽々しく連れて行くなんて言えるわけないし。


「ならなんで悠真は都合のいい時だけ私と紅葉を分けて考えるんだろうね」

「それは、ごめん……」

「私が彼女なんだよ。中途半端にあの子に私を重ねるんじゃなくて、私を選んでよ。もう悠真を迎える準備は出来てるんだよ」

「準備ってどういうことだよ……」

「わからないの? なら教えてあげるね」


 一瞬きょとんとした顔をした後、楓は俺を壁に押し付けた。

 生前感じたことのない彼女の雰囲気に気圧され息が浅くなっているのを感じる。

 どうしたら良いと背中に冷たい汗を感じながら考えていると、楓は優しく唇を重ねてきた。


 ――――――――

 お知らせ


 本作の連載をしばらく停止します。

 申し訳ございません。

 再開時期は未定ですが目途めどが立った際は近況ノートにて報告いたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

楓の葉は紅に染まる~彼女を亡くしたその日彼女の妹と付き合うことになりました!? 姉の代わりとして付き合わせてほしいってどういうことだよ?!~ 下等練入 @katourennyuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ