第15話「紅葉の憂鬱」
しばらく外に突っ立っていると、恐る恐るという様子で目の周りを真っ赤に腫らした
「お待たせしました……」
「大丈夫待ってないよ」
近づこうとすると、突進するかのような勢いで俺の胸に顔を埋めてくる。
「あんま顔見ないでください」
「
「澪さんは関係ないです……」
「そっかー」
抱きついたまま一向に動かない紅葉の
もっと何か気の利いたことを言えるんじゃないかと自分の中にある今まで読んだ小説や映画のセリフを思い出そうとしたが全く浮かばない。
どうしたものかと当惑していると、紅葉から口を開いた。
「澪さんに悠真さんもいつかいなくなってしまうかもしれないって言われたら急にお姉ちゃんと重なってしまって、私独りになったらどうしようって思ったら急に泣けてきちゃって」
「大丈夫だよ……」
「お姉ちゃんもそう言って独りで逝っちゃいましたよ。なにが大丈夫なんですか?」
紅葉の光の消えた冷たい視線に当てられたじろぐが、背中に回された彼女の手がそれを許さなかった。
「逃げないで教えてください。私が独りになることのなにが大丈夫なんですか?」
彼女に圧倒されまるで全身を氷漬けにされたかのように動けないでいると、彼女は続けた。
「そうやって黙ってられるとなにもわからないんですけど」
「ごめん……」
こんな返事で満足できるはずがなく、なにか次の言葉を探していると、悲しみに呆れが混ざったような瞳の紅葉が行った。
「大丈夫って口先だけで慰めるくらいなら、私も一緒に連れて行ってください」
「そんなことしたら
もし死後の世界が存在するとして、「紅葉が独りにするなって言うから連れてきた」と楓に言ったらどうなるだろうか。
きっと地獄の最下層のさらに下に俺専用のフロアが設けられることになるだろう。
「そうやってお姉ちゃん、お姉ちゃんって……。お姉ちゃんの振りしてる私が連れて行ってって言ってるんだからお姉ちゃんが言ってるのと同じですよ」
「いや……」
「いやって、そうやって自分に都合のいい時だけ私とお姉ちゃんを分けて考えるんですか?」
「そういうことじゃない……」
「ならどういうことですか?」
俺を道路に突き飛ばすと、馬乗りになるような形で見下ろしてきた。
月からの逆光のせいで顔の見えない彼女は普段の姿からは想像できないほどの恐怖感を纏っている。
「言う気が無いならいいです、お姉ちゃんの代わりになることを望んだのも私だし……」
「あのさ……」
頬に垂れてくる水滴に驚きながら、なんとか言葉を紡ごうとすると、紅葉はいきなり唇を重ねてきた。
「『大好きだよ
「待って!」
いきなり走り去った彼女の腕を掴もうと伸ばした手は
目の前でぴしゃりと閉じられたドアの前でなにもできず呆然と立ちすくんでいると、ドア越しに漏れる光から彼女が玄関に座り込んでしゃくり上げてるのが見て取れた。
たった一枚のドアのはずなのに、鋼鉄でできた壁のように立ちふさがる。
彼女に届くかわからないが、「ごめん」とだけ言うとスマホが音を立てて震えた。
『私こそごめんなさい、明日以降はまたちゃんと演じるので許してください』
『無理しないでいい』
『無理って……。無理しないとダメなんですよ』
『そんなことない』
『ごめんなさいもう寝ます……。おやすみなさい』
まるで「これでおしまい」とでも言うかのよう一方的にそう言うと、玄関の灯りと共に紅葉の影が消えた。
一体どこで間違えてしまったんだろうか。
あんなになるまで紅葉を追い詰めていた自分に腹が立ち、口いっぱいに鉄の味を感じていると、またスマホが鳴った。
紅葉からかと期待して画面を開くと送り主は澪だった。
『ねえ私追い打ち掛けろって言った? 今さっきまた掛かってきたんだけど、通話越しですごい泣いてるよ』
『ごめん……』
『私のせいもあるからあんま強くは言えないけどさ、紅葉ちゃんに楓ちゃんのこと重ね過ぎてるんじゃない?』
『そうかもしれない……』
『あのさ、悠は紅葉ちゃんのこと精巧に出来たコピーとかだと思ってる? いくらでも変わりがいる工業製品じゃなくて、ちゃんと血の通ってる人間だよ』
『そんなことわかってるよ』
あんな姿見せられて、コピーだなんて思えるわけ。
独り残されたからこそ楓だけを好きでいないと、俺だけでも覚えていないとと思ってしまう。
ただそう思えば思うほど紅葉を茨で締め上げることになるのもわかっていた。
『わかってないじゃん。紅葉ちゃんじゃなくてずっと楓ちゃんの方見てて、お互いを支えるって耳障りのいい理由に甘えてるのはだれ?』
『……俺だけどさ』
『わかってるならいいんだけど、楓ちゃんの死を克服するなら姿形が似てる人のそばにいないほうがいいんじゃない? ずっと紅葉ちゃんの後ろに影を感じて引きずっちゃうよ』
『そう、かもね……』
ただ今紅葉と別れてお互いどうなる?
多分もって一週間というところだろう。
あの日の夜の喪失感はまるで自分自身を失ってしまったようだった。
完全なわがままなのはわかってるがそんなのに耐えられるわけがない。
『日中も言ったけど改めて伝えておくね。楓ちゃんはどこにいても悠のこと見てるって、忘れないでね』
『わかってるよ……』
それがわかってても、楓のいない悲しみを埋める方法がわからないんだよ……。
歪んだ視界をごまかすように枕に顔を突っ伏すと、今の気分とはかけ離れたような軽快な音が連続して聞こえてくる。
「なん、だよ……」
あまりのしつこさにたまらず開くと、何枚もの笑顔の楓の写真が送られてきた。
『悠が惚れたのはこの人でしょ?』
『そうだけどさ……』
『紅葉ちゃんだけじゃなくて、私もいるんだから辛いならちゃんと頼ってよ。こういう時に頼られないと私たちの関係ってなんなのって思っちゃうじゃん』
『わかった』
『私はもう寝るけど、悠も早く寝てね。おやすみ』
『おやすみ』
そのメッセージだけ送ると、徐々に意識が闇へ溶けていった。
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