Ⅱ邂逅
カイ・ログニアは、アルトニス皇国に拠点を構えるタドラー新聞者の優秀な記者だ。日々世を沸かせる情報を集めると共に、長年存在が謎に包まれているウォーリという人物を追っていた。
その執念は凄まじく、彼自身に魔術の才能は無いのにウォーリの名が載った魔導書は全て目を通し、内心恥ずかしいと思いながらも児童書の「ウォーリを探せ」も全部隅々まで目を通した。
そして、魔術史、世界史を深く学び、彼の名が載っている事象も調べた。それらに細かく目を通してみると、それらに登場するウォーリ・クルトニス・グロリアの年齢は全て異なっていた。
いよいよ世襲制の名かと思ったときに、別の矛盾が生じる。
・千二百七十五年 ー ウォーリ・ クルトニス・グロリア(四十二)が炎魔術において革命的な発見をし、いままでの炎魔術の前提を無かったことにした。
・千二百八十二年 ー ウォーリ・クルトニス・グロリア(二十八)が更なる上位の光魔術を発見する。
おかしい。何がおかしいというと、年齢だ。時が進んでいるのに若返っている。かといって四十二と二十八が世襲するかといったら、四十二の方が死んだとかでないとおかしいだろう。
そして、過去にウォーリが死んだという情報は一切無い。カケラも無い。全く無い。なんなら、彼が死んだという情報を得るために歴史を勉強したといっても過言ではない。
そんなこんなをしていると十年の月日が経過した。すっかり歳をとってしまったと日々ぼやく日々。そんな冬のある日、彼と白髪の目立つ人物がタドラー新聞社の応接間にいた。
「いやぁ、これはお忙しいところお越しくださりありがとうございます。私はタドラー新聞社のカイと申します」
何枚か刷り、常にスーツの中に入れている名刺の一枚を差し出して、挨拶をする。それを一瞥すると彼は無視をして上着を脱いで椅子に腰掛ける。
「別にいいよ、手紙見た時に名前は覚えたし。私はできるだけ人から物を貰わないようにしているんだ」
そのプライドなのかは分らない徹底と、彼が発する独特の覇気にカイは少し押されそうになる。
早々に名刺を内ポケットに戻して、彼と対面の席に座る。
「いやぁ、暑いねぇ。外は寒いのに、屋内と来たらこれだよ。嫌になるね。まあ、私が暖房を作ったせいなんだけど」
そう言って彼は分厚い年代物のコートを脱いで背もたれに掛ける。だが、ニットは外していなかった。
目に飛び込んで来るのは赤と白の縞模様。ついで眼鏡、ついで水晶のついた立派で高価そうな魔術杖。
カイは確信した、彼こそが ウォーリ・クルトニス・グロリアであると。
「で、私に何が聞きたいんだい? 炎魔術、水魔術、それとも占星術について?」
彼は少し二ヤついて聞き始める。
「いえ、私はあなたの経歴について聞きたくて」
「経歴ね。まあ君からの手紙を見た時に大体察したけどね。この封筒は、三百年前から使われる歴史あるタドラー新聞者の紋様だ」
数日前、この街に ウォーリが来ているという情報を掴み、彼はチャンスを逃さまいと招待の手紙を出した。
「では単刀直入に聞きます。貴方は何代目のウォーリ・クルトニス・グロリアなんですか」
「何代目?面白いことを聞くね」
その一言、カイはとてつもない何かを感じた。
「はい。歴史書を読み解くと、貴方の年齢がおかしいことが分ります。そこで私は貴方の名が世襲するものであると解釈しました」
「ふーん、世襲ね。普通はそう思うよね」
彼は薄く嘲笑するようにそういった。
「普通はそう思う。どういうことでしょうか?」
「まあ、そうだな。私が言えることは、私は一人だけということだ」
「一人だけ。どういう事でしょうか?なら歴史上のウォーリ・クルトニス・グロリアは誰なんですか」
彼は杖を持ち、コートを着ながら、一言。
「私だ」
それを言うと、彼は立ち上がり、出ようとする。
「待ってください!それだけでは何も分らない!どういうことなんですか!?真実を教えてください!」
扉に向っていた足は止まり、こちらを向く。
「本当に、いいのかい?」
その目に、吸い込まれそうになった。底なしの深淵、俗世を食らう暗黒。数多の真実を見届けた眼。足が一歩引きかけて、立ち留まる。
逆風に対抗するのは、ジャーナリズムと好奇心という名の追い風。その二つと一つが対抗し、拮抗し、カイをその場に押しとどめる。
「構いません。教えてください」
「ほお、面白い。後悔するなよ」
彼は座り直し、再び口を開く。コートは着たままだ。
「鍵よ、顕現せよ」
静かに、ウォーリがそう呟くと空間に鍵が出現する。いや、あれは鍵なのか?鍵というには少し大きく簡素な形だが、鍵以外で形容するには違う気がした。
「これは世界渡航鍵。これを持つ者が、世界を渡れるってこと」
どういうことだろうか。
「これを持つ者は、古今東西今昔どこにでも行くことができる。いわば、歴史の中心人物ということだね。これを持つ者が辿った歴史がいわゆる正史となるわけ」
ますますわからない。
「っていうのが表向きの説明。こっからが、本題」
前菜で、わからなかった。
「この鍵は、神様が適当なヤツに渡して、そいつを神の便利な使い魔にさせる道具というワケ」
「どういう、こと、ですか?」
「占星術ってあるじゃん、未来を見るヤツ。あれって、神様によって既にこの先起こる事象が決められているから見れるワケよ。で、こう思ったことない?」
彼は鍵を仕舞うと、次を継ぐ。
「未来なんて、今起こったことで変わってしまう、過去に戻れたら未来を変えれる。おっと不思議なことに此処にその力がある。では、何故やらないんだ?」
「何、故?」
「それは簡単。私は神に操られているからだ。私が過去を変えようなんて思っても、それは実は神様が私にそう思わせているだけってこと」
崩れていく。
「この鍵は、歴史の分岐を防ぐための物。だから私はあらゆる時代、あらゆる場所に現れる」
ああ、ああああ、あああああ
「愚者にこの事実を伝えても、語り継がれない。賢者にこれを伝えたら発狂する。哀れなことに、君は君自身の人生が全て決められていて、レールの上を走っていたことに気付いてしまった」
彼は宙に鍵を刺す。
「君が私を呼んだことも、君が私にこの話を聞いたのも、君が記者になったのも。全て、決められていたことなんだ」
「ああああ、ああ、あああぁぁぁぁ」
「残念。君は少し、精神が弱すぎた」
冒涜的な神の操り人形は鍵を回して、どこかに消える。残るのは、壊れた者のみ。
「あああ、ああああぁぁ、ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ。ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
彼の深淵の眼は、狂気の眼だったのだろう。ウォーリを、探してはいけない。
【短編】ウォーリを探せ! 竹輪剛志 @YuruYuni
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