深夜の面談

 定休日、10ルカの深夜0時。

 俺たちの相談所には、風の精シェリと、闇の王クロディオスがそれぞれ別のテーブルに座っていた。

 俺たちは、彼らそれぞれに面談前の注意点を説明する。


 まず、シェリの向かい側に座り、俺は深く礼を述べた。

「こんな時間に来所くださり、ありがとうございます。面談相手の都合がこの時間しかつかなかったもので」

「いや、それはいい。イブキの手紙と同封されていた求人内容が興味深くて、来ずにはいられなかったからな」

「手紙にも書きました通り、今日の面談相手は、闇の王です。もし彼とあなたとの面談がうまく進めば、あなたは今後彼の仕事の後任者になります。——そのことは、ご了解いただいていますね?」

「わかっている。仕事内容もじっくり確認した。今後は国を明るい方へ導くための業務を行う、ということで間違いないな?」

「ええ、その通りです。あの国を闇から解放する。それがあなたの仕事です」

「またとない興味深い仕事だ!! 是非ともトライさせてほしい!!」

「任務遂行に必要な魔術・武術レベルは習得されていますね?」

「私はエルフ専門学校の合間に魔法学校と兵士養成学校へも通い、いずれの学校でも最上級クラスの卒業試験をクリアして認定証を取得済みだ。レベル的には問題ないはずだ」

「了解です。彼はこれまで本意ではない仕事に長く携わってきましたが、内面は繊細でまっすぐな性格の持ち主です。怖がらずにじっくり話し合ってください」

「わかった」


 次に、クロディオスの向かい側へ座る。

「クロディオスさん、よくご決断されましたね。お手紙でお知らせした通り、今日の面談相手はエルフの少女ですが、大変高い志とハイレベルな能力を持った、リーダーの資質を十分に備えた子です。あなたが今後あなたの国をどのように変えていきたいか、しっかり伝えてください。そして、彼女に後任を任せるということにお気持ちが固まったら、その時は——」

「この場で就任式を済ませろ、ということよね?」

 俺の胸ぐらを掴んだあの夜とは違う落ち着いた眼差しで、クロディオスは俺を見る。

「はい。隙を作れば、いつどんな妨害が入るかわかりません。我々もここまで外部に秘密が漏れないよう、厳重に警戒しつつ準備を進めてきました。ですので、あなたのお気持ちが決まり次第、後任者への引き継ぎの儀式も全て済ませてしまうべきかと思われます」

「わかってるわ。あなたからの手紙を読んで、私もそれがいいと思った。就任式に必要な道具は全部ここへ持ってきてるの。私も、一刻も早く後任者に仕事を引き継いで、楽になりたいのよ」

 闇の王として君臨した男とは思えないその柔らかい微笑に、俺たちも何だか胸の奥がぐっと熱くなる。ここまで、本当に辛い思いに耐えてきたのだろう。


「では、面談を始めます。お二人とも、中央のテーブルへ向かい合っておかけください」


 彼らは、向かい合わせに座り、初めて互いをまっすぐに見た。

「初めまして、クロディオス・ファン・ラウムウェルドです。どうぞよろしく」

「シェリ・アウロラです。よろしくお願いします」

「え……ウソ、シェリちゃんってめちゃくちゃ綺麗な子じゃない……ちょ、そのワンピ何!? 可愛すぎ、信じられない反則!! 初めて見る生地だわ〜……エルフの世界ってそういう可愛いものでいっぱいなの!?」

「え、ええまあ、そうですね……私には何がどういいんだかさっぱりわからないんですけどね……

 それより、『闇の谷』をこれから明るい方へ変えていきたいって話、本当ですか?」

「ええ、そうよ。闇なんてもうまっぴらなの!! 

 あなたが書いたエントリーシート、見せてもらったわ。どうすれば社会がより良いものになるか考えたい、そのために全力で働きたいって、熱っぽく書かれてたわね。あなたになら私の後を安心して任せられるって、はっきりそう思った。

 長い年月で腐り切ってしまったあの国を、これからはあなたのしたいようにバリバリ改革してやってちょうだい!!」

「えっと……もし、悩んだり迷ったりした時は……?」

「いつでも、なんでも私に聞いてね。忠実な私の右腕だったカラスのピーコを置いていくわ。あの子に話してくれれば、あの子がすぐさま私に伝えにきてくれるし、返事もしっかり届けるから、安心して。

 それから、就任式であなたに引き継ぐ王笏おうしゃくは、国を動かすための強大な力を持った道具なの。あの王笏に名前を刻まれた者の意向は、誰にも妨害できない。だから、あなたが明るい方を目指して指揮を取り続けてくれれば、あの国も必ずその方向へ変わっていくわ。それだけは確かよ。

 ——どうか、叶えて欲しい。私ができなかったことを」


「……クロディオスさん。どうか私に、その任務をお任せください。何がなんでも、実現してみせます」


 彼らは、力強い眼差しで互いをしっかりと見つめ合った。







 彼らの面談は、滞りなく合意に至った。

 そしてその後、すぐに新王の就任式が執り行われた。

 クロディオスが、美しい黒のビロードに包まれた大きなケースから、儀式用の祭具を取り出した。銀の王笏と王冠、美しい銀の羽のついたペン、そしてビロード仕立ての漆黒のマントだ。

「もういやね〜、こんな真っ黒。まあ、気にしないで。伝統行事だから我慢してちょうだい。シェリちゃん、この椅子に座ってくれる?」

 シェリがフロアの中央に据えられた椅子に座ると、クロディオスはなんとも見事に装飾された王笏を彼女の足元に静かに置いた。そして、銀に輝くペンを手にする。

「じゃ、始めるわよ」

 そう言ってから、彼はすっと真剣な面持ちになって銀のペンを頭上に恭しく捧げた。

 そして、何か小さく唱えながら、シェリと王笏の前に跪く。

 すると、銀のペンについた羽が少しづつ輝きを増し始めた。暗い深夜の店内を、銀の羽の発する光が煌々と照らす。


「我、闇の王クロディオス・ファン・ラウムウェルドは、汝、シェリ・アウロラへ王笏及び王冠を引き継ぐことを、ここに宣言する——この笏にその名を深く刻み、揺るがぬ証とする」

 クロディオスは王笏を手に取ると、銀の光を放つペンでその表面にゆっくりとシェリの名を刻み始めた。

 刻まれた文字は、ぱあっと眩い光を放ちながら、笏の内部へ吸い込まれるように消えていく。

 全ての文字が輝きながら吸い込まれると、クロディオスは笏を高く掲げ、シェリに恭しく手渡した。そして、傍らに並べた王冠とマントを手にしてシェリに歩み寄り、深く跪いて礼をしてから彼女の背後に立つ。

「新しき闇の王、シェリ・アウロラに、大いなる祝福を」

 そう告げながら、クロディオスは彼女の頭に銀の王冠を静かに乗せ、その白い肩に滑らかな漆黒のマントを纏わせた。


「これを以て、新王の就任式は滞りなく執り行われた」

 クロディオスの厳かな宣言を合図に、銀の羽は少しずつ輝きを弱め、やがて店内はランプの薄明るく照らす空間へと戻った。


「さ、これで終わり。シェリちゃん、頑張ってね!!」

「ありがとうございます!! 死ぬ気で頑張ります!!」

「死ぬ気なんて必要ないから! 死んじゃったら困るから!」

「クロディオスさん。一つ提案なのですが……この次の仕事は、エルフの森で探されたらいかがでしょう? 日々ファッションやメイクのアイデアを欲しがっているものたちがウヨウヨいますので。こんなイケオジなファッションコーディネーターがキュートなブティックとか開店したら、間違いなく受けますよ」

「え……それ本当? 本気で言ってるの!?」

「本気です。前闇の王に向かってふざけた冗談言う度胸は流石にありません」

「ああ……何て素敵な話かしら……夢みたい! そうね、考えとく! ってか明日にでもお邪魔してみようかしら!? 

 あー、とうとうこの真っ黒で辛気臭い制服を脱げる日が来たのね!!」

 そんなやりとりをしつつ、二人はなんとも明るい笑顔を交わし合った。



 一方、闇の深部で長く執り行われてきた禁断の儀式の一部始終を目の当たりにした俺たちは、全身をガクガクと震わせて立ち竦んでいた。


「う、うわ……すごいもの見た……めちゃくちゃすごいもの見た!!!」

「アイラ、このことも絶対誰にもしゃべっちゃダメだぞ! わかってるよな!?」

「う、うん、わかってるって!!」

 歯の根が合わないまま、俺たちは小さく囁き合ったのだった。



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