ゴールドカード

「あ、あんた、何してくれてんだ!? 初対面の人間にいきなりそれは流石に……!!」

 真っ白く光る空間を女と一緒にふわふわと飛びながら、何が起こったか飲み込めないままとりあえず大声で捲し立てる俺に、美女は艶やかな唇を綻ばせて答えた。

「喜んでください。あなたは選ばれた人間なのです」

「はあ? 選んだんだったらもうちょっと丁重に扱うもんだろうが!?」

「ごめんなさいね。丁重に扱っていては、あなたが頷く可能性は限りなくゼロだって分かってたものだから、つい」 

 そんなことを言ってふわりと小首を傾げるこの女。カウンセラーの俺の勘が告げている。こいつは一筋縄ではいかない女だと。

 そういえば、赤信号で横に立っていた時はキャリアウーマン風の上質なパンツスーツ姿だったような気がするが、今の彼女は絹のような光沢のある純白のドレスっぽい姿になっている。髪だってさっきは栗色だったが今は派手なほどの金髪だ。よく映画なんかに出てくるゴージャスな女神風な。

 これはガチで、ヤバいところに入り込んでしまったぞ、俺。

 しかし今更いろいろ言っても、さっき俺の身の上に起こったことは最早そう簡単には修正できない案件だろう。半ば開き直って俺は女につっけんどんに問うた。

「で、俺をどこ連れてく気だよ、あんた誰だ?」

「私は、あなた方とは異次元のとある世界を治める女神、フローラです。

 この度、あなたを『救世主』として私たちの世界へお招きいたします。

 このカードを使えば、あなたはどこでも超VIP待遇を受けられます。あなたがこの話に頷いてくださるなら、今すぐこのカードにあなたの名前を刻みましょう」

 そう言いながら、彼女はふくよかな胸の谷間からゴールドに輝く小さなカードを抜き取ってチラつかせる。偶然なのか、こっちの世界のゴールドカードとよく似ている。

「は? なんで俺がいきなりあんたの世界の救世主なんだよ?」

「占いで出ましたから。あなたが私たちの世界を救うと」

 全く意味がわからない。こんなやばい女が女神ではその異世界とやらは大荒れに荒れてるんじゃないか。明らかな雇用ミスマッチだ。

 そんな考察は口には出さず、俺は穏やかに微笑んでフローラに問いかける。

「さっき、あんたは俺が頷かないとわかっていると、そう言ったよな? 

 ということは、今回の『救世主』って仕事はそれほど楽しい内容でもないのでは?」

 フローラは美しい緑の瞳をすっと細め、唇を引き上げた。

「さあ、どうなんでしょう。それはあなたの腕次第ですわ。

 私は、占いのお告げに従ってあなたをこちらへお連れしただけですので。私の仕事は、そういう特別な方にこのカードをお渡しするところまでで終わりです。こうやって選ばれるほどの方ならば、私などが手助けしなくても運命を切り開く力をお持ちなのでしょう?」

「は!? それ本気で言ってるのか? 右も左も分からない世界にカード一枚で放り出そうって気なのか?」

「ええ、言い換えればそういうことね」

「ふざけるな! そういうのを俺たちの世界じゃ『丸投げ』っていうんだ! 仕事できない上司の常套手段だぞっ!」

「うふふ、面白い方ね。そういえばお顔もなかなかのイケメンだし、これからも時々遊びにお邪魔しようかしら。お仕事のお手伝いは一切致しませんけどね」

 楽しげにそんなことを言いながら、フローラはゴールドカードに羽のついた優雅なペンを走らせた。 

「お名前、刻ませていただきましたわ。森園 伊吹いぶき様。

 今日から1年間、あなたの活動資金や生活にかかる諸費用は、ここ『花の館』が全額負担いたします。このカードで全ての支払いは済みますからご安心を。

 あなたが今回の任務を無事成し遂げた際は、それに加え多額の報償金をお渡しし、元の世界へあなたをお送りいたします。けれど、もし何一つ成果が上がらなければ、そのカードの効力は一年で切れ、そこまでにかかった費用は全額あなたの借金になります。どうぞご注意くださいませ。では、ご武運を」

「え、ちょ、待ておいっ——!!」


 引き留める俺の声など聞こうともせず、彼女は美しく微笑んですっと姿を消した。

 手の上には、キラキラと輝く小さなカードがふわりと残されていた。



「———っってっ!!?」

 次の瞬間、俺は何か薄暗く湿った地面にすごい勢いで尻餅をついていた。

 あの女、また俺を適当な場所へ放り出しやがったに違いない。イケメンだから時々遊びにくる? くそっ、二度と来るな!!

 脳内で悪態をつきながら、とりあえず尻をさすって立ち上がる。尻餅をついた場所は、どうやら森の中の草むらだ。周囲を見回せば周りには木々が茂り、傾いた太陽の日差しが枝葉の間から心細く差し込んでいる。光はどんどんと弱まっていき、夕暮れ時なのだと分かった。

 はっと手の中を見ると、先ほどのゴールドカードがしっかりと握られている。よかった、落としてなくて。万一紛失や盗難などという事態になったら終わりだ。俺はそのカードをスーツの内ポケットに大事に収めた。


「——誰だ!?」

 その時、不意に背後からかけられた乱暴な声に、俺はぎくりと身を竦ませた。


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