裁判と判決。AIの真意は?
「被告人、鬼怒川慶は、刑法第37条『緊急避難』に該当します」
裁判所内がざわついた。
「裁判長、議論の余地もありません。緊急避難は『自己などの危難を避けるため、やむを得ずにした行為』です。医師対重症の患者という圧倒的に優位に立っていた被告人に該当されるはずがありません」
弁護士が合図すると、とある人物が出廷した。
「今から証人に出廷していただきます。」
入ってきた人物は、鬼怒川が知っている人だった。
「鬼怒川さん、彼女をご存知ですね」
「ええ、妻です」
妻の鬼怒川洋子がうつむきながら出廷した。
「ここの証拠の音声があります。話し相手は亡くなった依田さんです」
録音された音声はこうだった。
『お願い、夫を殺して』
『そんな。いわゆる不倫だろ? 暴いて離婚して慰謝料もらったほうがずっと楽だぜ』
『違うの。私のこと鈍臭いとか言って……もう許さない。殺してほしいの、報酬ははずむわ』
「鬼怒川洋子は依田 たかしさんに殺人の依頼をしました。また被告は日々誰かに追われている恐れを抱いていました。そしてその不安がいよいよ現実になる時がきたのです。それがあの依田さんが急変した時です」
鬼怒川が妻を見ると、まるで別人のようにげっそりし、下を向いていた。そして確かに誰かから追われている気はしたが、それが依田とは思わなかったし、あの急変の時、何かに気づいたこともなかった。
「あの時、被告はなんと見つけてしまったのです。依田さんのバッグの中に隠し持っていたナイフを。そこで被告は全て繋がったのです。自分は殺されようとしていたと、そしてもし依田さんを助けて元気になったら間違いなく殺されるだろうと。ですね? 鬼怒川さん」
鬼怒川は、はっとして、少し間を置いてから、はい、そうです、と答えた。
「あっ」
思わず声が漏れた。
——そういうことだったのか。
鬼怒川の中で全てがつながり始めた。
——あのAI診断、確か看護師は『鬼怒川先生のAI診断』と言っていた。そしてするべき行動が抗がん剤の投与、そしてしなかった場合の結果の主語は……
『抗がん剤を投与しないと、依田が死亡』
ではなく、
『抗がん剤投与しないと、鬼怒川が死亡』
だったのか。
あの日からFace AIも融合した試験運用が開始されたのだった。FaceAIから依田が殺人を企てていることをAIが見抜いた。その対象が鬼怒川ということも導き出していた。その上で、その「鬼怒川死亡」というシナリオを防ぐために導き出したAIの答えは、「依田を先に殺すこと」だった。方法は間違いなく死に至らしめる薬剤を大量に投与すること。
——全てAIはお見通しだったのか。
鬼怒川の表情に笑みが浮かんだ、雲が晴れたような気分だった。
——AIさまさまだな。これからもAIを信じよう。
その後、何とか敏腕弁護士のおかげで実刑は免れたものの、もっと恐ろしい「泥沼の離婚裁判」が待っていることを鬼怒川はまだ知らない。
(了)
【悲報】AIに頼りすぎた医師の末路 木沢 真流 @k1sh
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