第2話 拒絶と疑惑

朝が来た。僕はアナスタシアとブレイドにそれぞれ別れを告げると小型だが足の速い船に乗り、フローラ公女の軍船を追った。

 程なく、僕は大きなゼスト公国の軍船を見つけ、フローラ公女へアナスタシア公女の親書を渡すことができた。

「ミラードさん……。確かに我が国には優秀な魔術師が少なくあなた方の申し出はありがたいです」

 フローラ公女の顔はやや曇っていた。

「正直に申しますね。我が国との同盟にご不安があるのでしょうか? ミラードさんは、私を監視に来たのでしょ? それと同時にアナスタシア公女と親しいあなたは人質でもあるわけですが……」

 そして、優しい口調で僕を問いただした。 

「もし、ミラル公国が裏切った場合あなたは処刑されることになります。ご理解しておられますか?」

 僕はフローラ公女に一目惚れしていた。だから、彼女が公女という立場柄こう言わざる得なかったとしても、冷や水を浴びさせられたようで悲しかった。

「いえ、私はただフローラ公女殿下にお仕えするのを楽しみに参っただけです」

「お帰りください。心配は無用ですよ。ゼスト公国もミラル公国も古来から双子の島国として親しく交わってきた間柄です。私はそれに、あなたをそんな辛いお立場に置きたくないのです」

 フローラさんと楽しい船旅をするつもりだった会談前。そして、フローラさんから拒絶された今。あまりの落差に泣きたかったが僕は努めて明るく応えた。

「ゼスト公国にお疑いをかけているように誤解させて申し訳ございません。ですが、フローラ公女殿下が不審に思われるのでしたら、私は身を引きます。ご無礼をどうかお許しください」

 謝罪の言葉を聞くとフローラは優しく微笑み。

「アナスタシア公女殿下から叱られるかしら? 手ぶらで帰っては、あなたは困るのでしょう? 私からの親書を用意いたしますから、しばらく船室でゆっくりおつくろぎになってくださいね」

 そういうと彼女は僕を船室に連れて行ってくれた。そして彼女は人払いをした。船室のテーブルの椅子に向かい合って座る僕と彼女。ここが外交の場でなければロマンチックだったろうに。

「人払いしたのは、あなたに真意をただしたいからです。なぜ、あなたはここに居るのですか? あなたからは、なんというか人質になるという悲壮感が感じられないのです」

「アナスタシア殿下が私を見捨てて裏切るということは絶対にあり得ないと信じているからです」

 フローラはクスリと笑った。

「バカ。なんですね」                              「え?」                                    「権力者が部下を裏切るなんて、歴史上いくらでもあるのですよ?」

「それでもアナスタシア様を敬愛してますから」

「そっか。羨ましいです。あなたのアナスタシア様が。」

「私はフローラ様のことも敬愛しておりますよ?」

「私はあなたを殺す可能性がある女ですよ?帝国からの独立戦争で部下はピリピリしています。私があなたを救いたくても、無理なんですよ。もしもあなたのミラル公国が裏切ったら」                                     「でもフローラ様はお優しそうで、私をこっそり逃がしてくれそうです」

「バカですね……」

 フローラは首をかしげると

「そこまで私を信じるのはいいです。でも私はあなたをどう信じればいいのですか?」

 僕は、もう彼女に告白するべきときが来てしまったことを知った。

「フローラ公女殿下。いや、フローラさん。私はあなたのことを女性として愛してしまったのです。……怒らないでください。凜々しいあなたの健気な軍服姿に一目惚れでした」

 あまりに意外な告白だったのだろう。

「ふざけないでください。人が真剣に話しているのに! もう!」

「本気です」

「そう、ならあなたは私を抱けるというの?」

 まさか無理だろうという口調で彼女は問い詰める。

「あなたが望むなら」

 フローラは首をふる。

「それは、ミラードさんが私のことをよくご存じないから言えることです!」

「え?」

「信じていいのですね? ミラードさん。私がどんなひどい女でも愛してくれると」

 彼女の目は僕を睨めつけていた。その目はかすかに光を反射している。

「……」

「どうなんです?」

「……」

「なんだ? やっぱり怖くなったの?」

「その……フローラさんはどんな方なんでしょう?」

「もし言ってあなたがそれを拒絶したら、私はあなたにひどいことをしなければいけなくなります。いいのですね?」

 僕は彼女を愛していた。だが、同時に怖くもあった。僕は彼女を愛してしまっていいのだろうか? だから、即答できなかった。それでフローラには「十分」だった。

「私のことは諦めて?」 

 フローラは微笑むと首を振って

「あなたが優しい男の方だというのはわかります。だから、あなたは私を愛したら不幸になってしまう」       

「……」

「どうやら口封じが必要になってしまったようですね」

 と彼女は優しく僕に口づけした。

「秘密。ね?」

「はい……」

「うん、信じてあげる。親書には私の独立戦争へのなみなみならぬ決意を書いておきますね」

 それを読めば、同盟は堅いとアナスタシア殿下は信じるだろう。

「ありがとうございます」

「じゃ、また会えるといいね? さよなら」

「はい……」   

 力無く応える僕をフローラさんはぎゅーっと力を込めてハグしてくれた。

「私とこんなことしたって知られたら、アナスタシア公女殿下はどうあなたを想うでしょうね」

「僕とアナスタシア様はそういう関係ではないですよ……」

 フローラはその言葉を聞くと笑った。

「困らしてごめんなさいね」

「いえ」

「こんどこそ、さようなら」

「また会いたいです」

「うん、会えるといいね」

 彼女は部屋から出るときハンカチで目を拭き、ゆっくりと僕をエスコートした。

 そうして、僕は結局、アナスタシアとブレイドの居るミラル公国の首都の港街に戻ることになったのである。       

 

                                         ミラル公国の謁見の間には真実を映し出すという鏡がいたるところに設置されていた。

 それゆえこの広間では嘘をつくことが非常に難しい。               「もしかしなくても……告白失敗?」

 帰ってきた僕にアナスタシアは容赦なくストレートに直球で訊ねた。

「はい。残念ながら……」

「ミラード君。傷心の君に酷な命令をしなければいけない」

 アナスタシアはキリッとブレイドの方に目をやると。               「ブレイド!この裏切り者を牢に今すぐ連行しろ!」

 え??

「かしこまりました!」

 魔術士で非力な僕はブレイドに難なく無力化される。そうして僕は王城の地下牢の住人となってしまった。

 連行するときブレイドは

「おまえ……からは終末の呪いが感知された」

 と言った。

 呪いをかけられた人間の周りは終末を迎えるという恐ろしい呪いだという。

「どういうこと?僕は白魔術士で世界創造の神から加護を受けている。呪いなんて受けるわけないじゃないか?僕は敵からの呪いをすべて抵抗するだけの魔力抵抗力を持っている」

「そうか……。でもお前は気付いていないようだが、お前を鏡に映すと他人の目では、はっきりお前が呪いに犯されているのがわかる。お前を野放しにするわけにはいかない」

 どういうことだ?白魔術の天才的使い手といわれた僕が、呪いなんかに犯されるなんて、よっぽど気を抜いていたに違いない!」

 そう、僕に呪いをかけた相手は確かに、僕の警戒心を完全にスルーした相手だったに違いない。なんという不覚!

 フローラさんの言葉を思い返す。権力者が部下を裏切るなんてあまりにありふれている、

と。僕はアナスタシアに捨てられたのか?いや違う。捨てるしかなかったのだ。僕と敵対するしかなかったのだ。呪いとはふと気を抜いた相手から影響を受けてしまうことが多いものだ。

「ちくしょう!」

 ああ僕も気付いてしまった。だれが僕に呪いをかけたのか?フローラさんに違いない。

 最後のお別れのキス。あれこそが呪詛だったに違いない。

 なんだって、終末の呪いなんかを!

 くやしい。こんなに酷いことをされたのに、僕はまだフローラさんのことがキライに慣れないでいる。僕はこの呪いから解放されることはありえない。フローラさんのことを愛してしまっているのだから。

 

 何日間地下牢で過ごしただろう。

 アナスタシアとブレイドが面会に来た。

「一体全体、いまさら僕に何の用があると?」

「ミラード君。終わりだよ……。今、公都は帝国軍の攻撃を受けている。陥落するのも時間の問題だろう」

「鏡を割って、保存していた世界のセーブポイントに戻さなければならない……」

 とブレイド。

「ああ、そうか。でも、あんなに邪険にしたのになぜいまさら僕に頼る?」

 と僕は2人に返した。 

「ミラード君すまなかった。公国の伝承をもっと真剣に考えるべきだった」

「伝承?」

「時間が無いから、セーブポイントに戻ったら私に聞くといい。その時は、私に愛の告白をすること!いいね?ミラード君。これは冗談じゃないからね」

「公国の伝承は公女殿下の未来の婿殿にしか伝えられない。ってことさ」

 とブレイド。

 頭が痛くなってきた。確かに、記憶を保持したまま、世界のセーブポイントに戻れるだけの白魔術の使い手は僕だけなわけだが。

「僕にアナスタシア公女殿下と婚約しろと?」

「うん。ごめんね。損な役回りばかりで。ミラード君はフローラ公女が好きなのにね」

 とアナスタシアはなにかをこらえるような微妙な表情で僕に言う。

「一度だけ私ミラード君にラブレターを渡したの覚えている?」

「え?」

「やっぱり覚えてないんだ……」

「白魔道師の任命状やら勅命やらしか、殿下からは手紙らしい手紙を受け取った記憶ないんだけど?」

「気付いてくれなかったんだ……。そっか。ならいいや」

 アナスタシアはニッコリと笑うと。

「ごめんね、ミラード君」

 

「他に伝えることあるか?アナスタシア?早く儀式をして、元の世界に戻さねば!」

「ミラード君。恋の暗号は頭文字だよ!もう!これ以上は言えない!ブレイド!鏡割ってしまって」

「了解!時間も無いしな」

 そう言ってブレイドは鏡を割った。

 気付くと世界は公女殿下の即位の日に巻き戻っていた。まるで何事もなかったかのように。僕は相変わらずフローラ公女を愛していたが、アナスタシアの婚約者にならなければいけない。それが、僕らを破滅から救う、アナスタシア公女殿下が残してくれた渾身の手がかりなのだから。        

                                        「ちょっと、ミラード君?」

 また同じ光景。フローラとの謁見を終え、アナスタシアがまた突っかかってきた。

「すごい切なそうな顔で恋人の顔をみている君を見て、私はどう反応すればいいか困っているよ……」

「なあ、ミラード?フローラ公女と面識でもあったのか?」 

「そうそう、なんか初対面という雰囲気じゃなかったよ。ったく、憎い男め!」

 どうすれば良い?僕が好きなのはあいもかわらずフローラ公女でコイツのことは幼なじみとしか思っていなかった。恋の暗号は頭文字というが、まだ過去にアナスタシアから手渡された命令状を確認する暇も無い。一体、どんなことを僕に伝えようとしてたんだろうか?ともあれだ。こうなっては仕方ない。僕は自分に嘘をつけない男だ。従って僕にできる唯一の手段はアレしかない。

 惚れ薬……。そう、惚れ薬しかない。惚れ薬のポーションが1つだけ魔術士の塔に保管されていたはず。あれを使って、ムリヤリにでもアナスタシアを好きになるしかない!

「ちょっと魔術士の塔に忘れ物をしてしまった……ちょっと失礼」

「ミラード君!ごまかすな!いつフローラ公女と逢い引きしてたのか白状しろ!お姉さんに!」

「ごめん、戻ったら話す!」

 魔術士の塔に急ぐ。

 そのポーションは厳重に保存されていた。ピンク色の怪しいそのクスリを僕はアナスタシアの肖像画を見ながら一気に飲んだ。

「これで僕はアナスタシアに惚れたのか?」

 文献を読む限り、ポーションの魔力は絶大であり、永続的にアナスタシアのことが好きになっていることだろう。本人と会わないと実感わかないけど。

 ついでに書斎により、過去の命令状を見てみることにした僕は熱烈な愛の言葉に驚くことになる。一文一文のアルファベットの頭文字を組み合わせると。


「大好き!」

「このバカ!いつになったら気付くのよ!」

「ムッツリスケベ」

 というような文章が浮かび上がる。

 くそ、僕は断じてバカじゃない!


 そうして僕は謁見の間にもどった。

「ミラード君?遅いよ?忘れ物とってくるだけで……」

 とアナスタシアは僕に少し怒った口調で言った。

 とその時僕は、アナスタシアの美しい黒髪と青い瞳を見た。とっさに目をそらしてしまう。コイツこんなに可愛かったか?フローラさんを今でも僕は愛していた。だが、それ以上にこの少女の快活さとキビキビと動く仕草に心を奪われる。なんて、愛らしい少女だろうか。

「い、いや、ちょっと過去の命令状を見直していたんだよ」

 顔の火照りが抑えられない。ドギマギしてしまう。

「え?命令状?なんで、そんなものを見て??あ……」

 アナスタシアは優しく微笑むと。

「さてはミラード君。やっと私の魅力に気付いたね?」

 と言った。

「い、いや。僕バカかな?」

「あ、最後のヤツ……」

 

「いや最後から二番目のヤツだったかな?」

 と正直に答えてしまう僕。バカか!

 

「なにさ!ムッツリ!」

「い、いや。さすがにアレはひどいんじゃ!」

「私が何年待ったと思うの!」

 とアナスタシア公女殿下は僕を詰問した。

「ま、いいや、ミラード君。あとで報告書を頼む!」

 返事を書けってことかよ!

 

「アナスタシア……。本気だったのか?」

 ブレイドがアナスタシアに話しかける。

「え?え?何のことかな?」

「良く事情はわからないけど。ま、いいや、がんばれ!」

「くぅ……。何をがんばるのよっ」

「さて?」

 とブレイドはとぼけた。

 

 報告書を書いている。

 正直暗号文を折り混ぜながら、真面目な報告をするのはなかなかに骨の折れる作業だった。

 

「アナスタシア公女殿下、初めて見た時から、愛しています」 

 という暗号文を報告書に組み込んだ。

 あとはアナスタシアが職務にあたっている書斎にこれを自分の手で送り届けるだけ。

 

 緊張しつつ、そのドアをノックする。

「ミラード君?」

「は、はい」

「報告書はできた?」

 と彼女は不安そうに僕を上目遣いで見る。

「あの?口頭で言ったらだめかな?」

「うん、お願い!」

 僕は彼女の目を真っ直ぐに見る。

「アナスタシア公女殿下、初めて見た時から、愛しています」

 やった!言えた!これも練習の成果か?

「ふーん。それって三歳ぐらいの頃のことだよね……」

 彼女は机から離れると僕の真っ正面に立つ。

「私も、そうだったよ……」

 と意外なことをアナスタシアは言った。

 すると突然彼女は僕に抱きついてきた。

 キューっと僕にしがみついてくる!心臓の鼓動を感じられるかのような距離だ。いや、これはきっと自分がドキドキしているからだろうか。

「ずっと、ずっと、心細かった!」

 と彼女は激白した。

「ミラード君に無視されているって思ってたの!」

 彼女の目からは涙がボロボロとこぼれ落ちていた。思いもかけない、アナスタシアの涙。

 それから彼女は自分一人で国を支えなければいけないという重圧に耐えかねていたことを僕に伝えた。なんでも、婚約者にしか伝えられないことがあるという。

「婚約……してくれるよね?」

 とそっぽを向く彼女。

「もちろん」

 僕はもうフローラのことを忘れていた。こんなにカワイイ彼女を放っておけるわけないじゃないか!

「言っておくけど、ミラード君はお婿さんだから……。側室をとるのは許さないぞ!」

 釘をさされた。でも、その時僕は心の底から思えたんだ。

「アナスタシア、君だけをずっと愛し続けるよ」

「あ、公女殿下抜けたね!ふふ。不敬者!」

「え?」

「いいのいいの。でも二人のときだけだからね!あとでブレイドには婚約すること伝えようね!」

 とても、はしゃいだ声で彼女は僕に語りかけた。

「婚約指輪、ちょうだいね!」

「うん」

「嬉しい!」


 そのあとブレイドに婚約することになったことを伝えると。

 ブレイドは

「女心ってやつは本当にわからないものだなぁ。まさか、本気だったとは……」 

 と驚いていた。

 

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世界の終わりを祈る聖女と僕の約束 広田こお @hirota_koo

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