世界の終わりを祈る聖女と僕の約束
広田こお
第1話 新公女の即位
僕が初めて彼女と約束したのは「同盟」だった。悪い帝国の圧政から故郷の公国を救うため、僕と彼女は共闘することを誓ったはずだった。その誓いは破られたと思っていた。
「帝国」と呼ばれる大陸を統べる存在があった。帝国は貢ぎモノの個数に応じて、元老院の議席を与える。貢ぎモノの種類は国によって異なる。
ある国は「賢者の石」。
隣のゼスト公国の貢ぎモノはオルハリコン鉱石だった。
そして、僕が居るミラル公国の貢ぎモノというと「魔の鏡」と呼ばれる鏡であった。
賢者の石というが、その実、タダの石だったりする。数を揃えるのは容易い。ある国とは帝国本国なのだが、当然、議席の数は圧倒的多数になる。帝国の実質的な支配者。
対して、オルハリコン鉱石や、魔の鏡は、作るのにとても手間がかかる。国の代表者を帝国に一人でも多く送るため、僕ら島国の双子の公国「ゼスト公国」と「ミラル公国」はがんばったが、帝国の要求は年を重ねるごとに厚かましくなり、双子の公国は島国という地の利を生かし、独立戦争を帝国に対して仕掛けることになったわけだ。
帝国のある大陸と双子の島国の間には荒海があり、海賊もでる。いかに帝国と言えども、その地理に詳しくない彼らは苦戦するに違いなかった。
帝国は密偵をおそらく送り込んでいたのだろう、前公爵はあっさりと毒殺された。そして今、僕の幼なじみであるアナスタシア=ミラルが新公女として即位することになった。
今日はその即位式である。即位式をとりまとめるのは宮廷魔術師の僕ミラードだ。僕の父も毒殺された。そして、騎士団長も毒殺された。騎士団長の息子のブレイドも即位式に同席している。僕とアナスタシアとブレイドは幼なじみであった。今年十六才の同い年。
国境は厳重に封鎖したし、僕らが毒殺される危険はないと信じたい。
美しい黒髪を結った、青い瞳のやや小柄な少女が玉座へと座る。胸には特別な魔鏡のペンダント。この魔鏡を引き継ぐことで彼女は正式にミラル公国の公女となったのだ。
ミラル公国の魔鏡には、世界を複製する魔力が込められている。
「公女殿下、今この時の世界を魔鏡に複製ください。もし世界に過ちがあったとき、複製された世界を元に、この世界をお救いください」
僕は宮廷魔術師として、決められた台詞を儀式で述べた。
公女アナスタシアはペンダントの蓋を開け、鏡に大広間を映した。
「わたくしアナスタシアはミラル公女として、世界を今複製いたします。そして世界をいつの日か救うでしょう」
と少女は幼さがまだ残るが凜とした声で宣言した。
「公女殿下、世界を救うときは私が魔境を破壊し、複製した世界を具現化いたします」
と騎士団長のブレイドも宣言する。
全員が一通りの台詞を述べて、儀式は終わった。戦時なので略式の即位式だ。
すぐさま軍事会議に入る。
「軍師ミラード。早速軍議に入りましょう」
とアナスタシア。
「隣のゼスト公国と同盟を結び、共闘するしかやはりないだろうな」
と僕は言う。
「ああ、それがいい考えだろうな。隣のゼスト公国は我らと双子と言われてきた国だし、帝国の圧政に苦しんできたのも一緒だ。堅い同盟関係が結べるはずだ」
と騎士団長のブレイドも同意した。
「もう使者は送って?」
とアナスタシアは僕に尋ねる。
「もちろん、返事も来ている」
返事はもちろん共闘してくれるという返答だった。
「それはそうだろうな。ゼスト公国もオルハリコン鉱石をあんなに帝国に送るのは無理だったはずだ」
とブレイドは返事と聞くだけで、それがいい返事だと確信しているようだ。
その時だ。
「隣国のゼスト公国の公女、フローラ=ゼスト様がミラルの方々とお会いしたいと直接来ておりますが……」
と兵士がドアの外から大声で告げた。
「入ってもらって」
とアナスタシアが短く承諾する。
彼女が大広間に入った時、僕は一瞬で恋に落ちた。
金髪のやや癖のある髪の毛を肩下まで伸ばした、茶色の愛嬌のある目をした少女。胸は戦時の軍服を着ていても、分かる程度に豊満であった。なによりその腰の曲線は僕に彼女が女性であることを強く感じさせた。
凜々しい軍服姿のフローラ公女は入室すると
「みなさん、我が国のオルハリコンの剣は、鉄の鎧も易々と切り裂きます。それほど数は揃えられませんでしたが、ミラル公国の防衛戦にお使いください」
「ありがとう。フローラ公女。ミラル公女として感謝いたします」
僕はあまりのフローラの凜々しさに何も言えずにいた。
「おい、なんか言えよ?」
とブレイドが目で言っているようだったので慌てて
「フローラさん、ありがとうございます」
と通り一遍のお礼しかその時は言えなかった。
「本当にありがとうございます。我が国はこれといって強い武具のない国です。助力に感謝いたします」
と騎士団長のブレイドも感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます」
と今度は僕は大胆にもフローラ公女に握手を求めて、再度礼を言った。
フローラ公女は僕の手を軽く握ると
「どうぞ、お気になさらないで軍師様」
と僕に声をかけてくださった。
「父上を毒殺されて……帝国を憎む気持ちはみな一緒ですよ」
と微笑みを力なく浮かべ、励ましてくれた。
この彼女がなぜ、ミラル公国を裏切って、帝国の手先として攻めてきたのか?僕は後に理解に苦しむことになる。
普段なら厚く賓客をもてなすところだが、戦時ということもあり、軽い食事を一緒にとったあと、僕らは別れを惜しみながらミラルを去るフローラ公女を見送った。
何度もこちらを振り返りお辞儀を繰り返す彼女に僕は何度も大きく手を振って応えた。
彼女の姿が見えなくなると、今は公女になった僕の幼なじみでもあるアナスタシアは僕を小突きニヤニヤとした笑いを浮かべ、
「ミラード君、寂しくなるねー。ああいうのが君はタイプなのか? ん? ん?」
とからかってきた。
「え、ええ。いやいやいや。公女殿下に畏れ多いことです……」
「わかりやすかったな?」
とブレイド。
「すっごい良くわかったよね!」
とアナスタシア。
「この戦争が終わったら、告ったら? 結婚式の時は公女アナスタシア様が二人のなれそめについて挨拶してあげよっか?」
「結婚……!」
「身分違いの恋だからって、諦めんなよっ」
とブレイドは僕の肩を叩いて励ましてくれた。
「あー私失恋しちゃったなぁ。私も公女なのになぁ? ね? 私で手を打ったら?」
とアナスタシアが全くその気もないのに僕をからかい続ける。
「ミラード。アナスタシアの言うこと本気にするなよ? おれも被害者だから言っておくが、コイツはその気は全くない」
「わかってる。わかっているって」
「え……。何? やっぱり私じゃだめなんだ? 二人ともつれないなぁ」
と寂しそうな顔をわざとらしくしつつアナスタシアは、
「ミラード君、公女というものは、意外と情熱に弱いものなのだよ? ああ本当に、君たちは、このアナスタシア様がわざとスキを作ってあげていることにも気づかず……。罪な男どもだな」
「言ってろ」と吹き出すのをこらえて短く言うブレイド。
「いやいやいや」と僕もつられて笑う。
僕の一目惚れはこうしてすぐ、二人の幼なじみに見破られ、応援を受けることになった。「フローラ姫にいいところ見せないとね。ミラード君。そうだ! 私からの親書を彼女に渡す大役を任せてあげよっか?」 何にせよ会う機会が増えるのは嬉しい。
「どんな親書を?」
と訊ねるとアナスタシアは
「ふふふ、まずは接点を増やさないとね。ミラード君は魔術師として有能だからそちらでお役に立ててください的な感じの書面にしようかと」
「がんばれよミラード。お前の白魔術の腕は本物だ」
うんうん、と頷きながらブレイドもニヤニヤしている。
「ま、ミラード君がゼスト公国に居てこちらに色々と情報を送ってくれれば助かる。というのも本当だけどね?」
とアナスタシアは政略的なことも口にした。
「魔術師であるお前は、遠見の水晶の扱いに長けているし、こちらの魔術師と水晶球を使って緊密に連絡をとれば帝国軍も恐れる必要もなくなるしな」
騎士団長となったブレイドにとっても僕をフローラ公女の元に居てもらうのは安心できることなのだろう。
「そうと決まったら、旅支度してね?あと今夜は公女である私が、フローラ姫の心の機微を教えてあげるから、ありがたく思うように。ま、送別会だけどね」
フローラ公女は軍船で今日発ったばかりだから、小舟の高速船で追いかければすぐ追いつくはずだ。僕の仕事は部下の魔道師の一人に水晶球の詳しい使い方をキチンと伝えておくこと、それが済めば安心してフローラの元に赴くことができる。
魔法が使える人材は貴重だ。魔法の道具を使えば、だれでも魔法の恩恵を受けることができても、魔道具のメンテナンスには一定の魔力と魔法に対する知識が必要だ。部下の魔道師の能力はそれほど高いものではないが、キチンと引き継ぎをしておけば、水晶球の連絡をミスでできなくなり、音信不通になる危険は避けられる。
引き継ぎをスムーズに終え、僕は、またアナスタシア公女の執務室へと向かった。
ドアをノックする。
「ミラード君? どうぞ」
アナスタシアが僕に部屋に入るように促す。
「よ?」
そこにはブレイドも居た。
「席につきなよ」
アナスタシアとブレイドが丸い円卓の席に着いているところに僕も遠慮無く座る。
「ミラード君が身支度している間に戦況の報告があってさ……」
「先遣隊は帝国軍の補給部隊をうまく衝いて、なかなかの戦果をあげたらしい」
とアナスタシアとブレイドは言った。
「しばらく、そうだな一ヶ月ぐらいは、騎士団は暇になりそうだ」
「つかの間の平和……だね。フローラ姫と楽しく過ごして、告ること!これは公女としての命令だから、絶対ぜーったいに恋愛成就してくるんだぞ?」
「ありがとう、アナスタシア。がんばってくるよ」
「振られたら、私が婿に貰ってあげてもいいんだぞ?」
「おう、その時は頼むよ」
とアナスタシアの瞳をみて笑って言う。
「へー珍しく素直じゃん。なんかカワイイね……こういうミラード君も。恋は男を変えるんだね」
アナスタシアは僕の直視から眩しそうに目をそらし
「全く……。こうカワイイと調子狂っちゃうな」
とつぶやいた。
「お、アナスタシアがなんか照れているな」
ブレイドがチャチャを入れてもアナスタシアはしばらく黙って、いつもの彼女のように、冗談を飛ばしたりもせず。ただ、席に座ってたたずんでいた。
沈黙が続く。
給仕に簡単な酒と料理を頼む。
黙々と呑み、おつまみを頬張る僕たち3人。
だが酔ったら、みんな本音で話せるかというと、とてもそんなものではない。
アナスタシアが本当のところ、僕のことをどう思っているのか訊ねることなどできるわけもない。大体知ってどうするというのだ。アナスタシアのことは大切な女友達で、主君としても敬愛している。それを聞くことはアナスタシアの気づかいを無にすることになる。そう思うと、思いとどまるしかなかった。
やがて、会話がまた始まる。その内容は、あろうことか、フローラ公女への愛の告白をどういう言葉で伝えるかの議論だった。
「おい、ミラード君。君はそれでも、それでも男かね。」
「じゃぁ、『フローラ公女殿下愛しています』でどうでしょう?」
「ま、いいよ、さっきの『スキです』だけよりずっと良い」
「シンプルに伝えるほうが僕は良いと思うのですが……」
「ん? じゃぁ、ちょっと練習してみようか?」
「え?」
「ほれほれ、私をフローラ公女だと思って、言ってみ?」
僕はアナスタシアを真っ直ぐ見ると
「フローラ公女殿下、初めて見た時から、愛しています」
と告白の言葉を告げる。
「あん? ダメダメ。そのフローラのところを、アナスタシアに置き換えて、もう一度」
「そ、それは……」
「はん、言えないだろミラード君。本人に本人の名前で言うからこういうのは練習になるの。わかったら、つべこべいわず言え!」
「アナスタシア公女殿下、初めて見た時から、愛しています」
やべ、目そらした。だめだとても直視して言えない……。
「ふーん。知らなかった。それって3才ぐらいの頃じゃん」
「い、いえ」
「ミラード君。なかなか、ませているね」
彼女は微笑み。
「私は照れずに言えるよ。ミラード、私も愛しているわ。ほら言えた」
く、悔しい。コイツやっぱり気が無いな。
「さすが恋愛の達人!」ともちあげてみる僕。
「まぁね。宮廷で歯の浮いたようなことを言うのは慣れているから。別に恋とかじゃないよ。弱冠十六才の少女がけなげに政略やってんの! もう、こっちの苦労わかってよ!」
そっか、コイツ心を込めずに、さも心がこもったような演技で言うことなんて日常で、苦労しているんだな。
「なんかゴメン。苦労かけて」
「俺は軍人だからそういう気苦労は少ないし、ミラードもまだ政治慣れしてないよな」
「ま、これから頑張れ」
とアナスタシアは投げやりに言った。
「君は文官で外交も担当なんだから、こんなことじゃ困る。じゃ、もう一度練習」
と言ってアナスタシアは僕を真っ直ぐ見つめる。
「アナスタシア殿下。敬愛しております」
と僕はその視線に応える。コイツも苦労していると思うと、照れて言うわけにはいかなかった。今の僕にできる精一杯の頑張り。
「よろしい! 合格。さて、ミラード君が立派な外交官になったところで今日はお開き」
僕らは執務室を出て、おのおのの寝室へと向かい、僕はすぐ眠りについた。
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