第6話 落ちこぼれと魔法

「──貴方の『特別な魔法』を使えば、生き返ることが出来る・・・・・・・・・・わ」


 宥めてくるような優しい声色で、そんな事を告げてきた女性。

 しかし──


「僕には魔法なんて発現していませんよ」


 僕は誰もが認める──『落ちこぼれ』だ。


 ちっぽけで非力で戦闘センスもなく、魔法の一つも発現していない、落ちこぼれ。

 そんな僕になんて無茶なことを言ってくれるのだろうか?──これは揶揄われているのかにゃ? 泣くよ?


 そんなことを考えていたのだが、依然として女性は言った。


「いいえ、貴方には一つだけ使える魔法があるわ──『魂の転移』よ」

「『魂の転移』……?」


 ふふんと何故か自慢げにそう告げてきた女性。

 僕はそんな彼女の言葉を小さく反芻して、思った。


(なにその、メチョカッコいい魔法!?!?)


 ソウル転移トランスさせる? そんな魔法、聞いたこともあらへんですわ。

 世の中に精神に干渉する魔法まではあれども、魂そのものをどうこうしてしまう魔法なんてないのだ。


 そんなの、もはや魔法ではない。

 神の御業──とでも言うべきものであろう。


「そんな魔法があるなんて聞いたこともありませんし……僕に発現したなんて、それこそありませんよ」


 もしも、もしも、そんな神がかり的な魔法が存在していたとしても、それが僕の元に宿るとは到底思えない。

 何故なら──


 何度だって言おう──僕は『落ちこぼれ』なのだから。


「自己肯定感が低いのね」

「自分に肯定出来るところなんて、ありませんから」


 僕はそう言うと、女性から視線を外して背後を向いた。

 そこにはやはり、無様にも死んでいる自分の姿。


 僕は分不相応にも『勇者』という高嶺に憧れ、その最中に、物の見事に足を踏み外して転落した命を落とした──愚か者なのだから。


「はぁ…………ん?」


 自らの愚かしさを再び目の当たりにして死にたくなった直後、『もう死んでるんだけどね♪』と自虐でもかましてやろうかと思いながら、自らの死体から視線を外して女性の方に向き直ったのだが……僕は固まった。


「うふふ……♪」


──女性が妖艶な笑みを浮かべていたのだ。


 いや、正確には笑みを浮かべていたかどうかは分からない。

 けど、なんとなくそんな雰囲気がしたのだ。


 今までとは明らかに変わった様子に、何事かと思って警戒心を高めていると──


「──貴方には特別な魔法があるわ」


 さっきと変わらず、そんな事を言い出した。


「はぁ……」


 警戒した分、損だったなと思いながら、僕は遂に女性と話すのをやめようとした──その瞬間、今まで感じたこともないくらい膨大な魔力が動くのを感じた。


(何が起こった?!)


 そう思って、暴風の如く駆け巡る魔力の行き先を見ると、そこには──


──七色に光る魔力を僕の身・・・に集結させ、今にも何かをしようとしている女性の姿があった。


「ななな、なにをしているんですか!?」

「ん~? 言って聞かないから、実践してみようと思ってね」


 意味深な事を言う女性は未だに魔力の操作を止めずに、僕の中に魔力を練り上げていく。

 そんな最中、女性はポツリと「私、待つのは嫌いなの」と呟いた。


 それが何を意味しているのかは分からなかったが、尋ねるよりも早く女性は再び口を開いた。


「本当は貴方自身でやってほしかったけど、説得するのも面倒だから。貴方の膨大な魔力・・・・・を使えればこんな事しなくてもいいんだけど、こっちでやる以上荒業になっちゃうのは許してね」

「は?」


 何の許可を取られているのかも分からず、疑問の声を漏らしたのだが女性には届かなかったようだ。


「あ、そうそう。貴方の肉体を回復させないとね。せっかく復活させても意味なくなっちゃう♪」


 状況を理解出来ていない僕を置き去りに、テンション高めにそう言うと大気中の魔力を操る傍ら、何らかの魔法を行使した。

 その直後、現世にある、大木に寄りかかって一向に動く気配のない僕の死体を完全に再生・・してしまった。


──それはもう、完全に。


 骨も臓器も身も何もかも見るに堪えないほど潰されていた筈の僕の身体に膨らみが戻り、全身の傷がなくなっていった。

 それだけに留まらず、血色が完全に抜けて青白かった様子もいつの間にか消え、血濡れになっていた筈の服や肌に付着していた血も消えていた。


「……………………は?」


 もう、何が起こっているのか分からない。

 眼前の『非現実』に放心していると、女性は僕の身体に触れた。


「はい、片腕を現世の身体に向けて~。それで、もう片手で自分の今の身体に触れて意識して~」


 僕はされるがままに女性の指示に従い、片手を再生された身体の方へ向け、もう片手で自分のうっすい胸板に触れた。


「よしよし。そうしたら~♪ あとは魔法の名を唱えるだけ。さあ!」

「え、えぇ……?」


 困惑を極める僕の事なんか全く気にすることなく、むしろ僕の困惑を利用するかのように女性は矢継ぎ早に言う。


「せーのっ──」

「!?!?」


 『せーの』って、僕は何をすればいい? 僕は何を求められている!?

 そうだ、ただ魔法の名を唱えればいいのだ。


 魔法の名は……『魂の転移』。

 ただそれだけを考えて──唱えたのだった。


「「──『魂の転移』」」



───────────────────────



「『魂の転移』」


 そう唱えた瞬間──正体不明の力に引っ張られる感覚が正面に突き出した左手から、全身へと伝播していった。

 その力はやがて強くなっていき、遂には『立っていられない』と考えるほどに僕の身体は、自らの死体に向かって不可視の力に一歩二歩と導かれた。


「こ、これは!?」

「これが、貴方だけの特別な魔法──『魂の転移』」


 身体が謎の力に引っ張られる中、僕は半ば反射的に言葉を発した。

 そんな短すぎる僕の質問の意を女性は正確に捉えて答えた。


「本来は死を経ることで完全に乖離してしまった現世の『肉体』と『魂』を、再び融合させ、生き返ることが出来る魔法・・・・・・・・・・・・


 女性が説明をする最中も『魂の転移』による復活が進み、やがて肉体と魂が完全に一致する──その直前、女性は「最後に」と付け加えて言った。


「──『魂の転移』で肉体に入ると、『肉体』と『魂』の結び付きはそれまで以上に強くなる。この意味を考えておいてね」


 その言葉を最後まで聞き取るよりも早く、僕の魂は吸い込まれるように肉体と一致し──突如として意識が黒く染まっていったのだった。

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本質的不死の僕は世界最強に憧れている ゆみねこ @yuminyan

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