第5話 後悔と女体三位寸法
「──あら、そんなに驚くことないじゃないの? ぐちゃあって派手に死んだじゃないの?」
「……あなたは?」
目の前の謎の人物は僕の理解を置いてきぼりに、大きく身振り手振りしてさっきの
しかし、その大きな動きに反して、顔を隠すように目深に被っている黒いフードは一切はためくことはなく、その顔を拝むことは出来なかった。
だが顔は見えなくても、その声や体つきから判断するにその人物は──女性だった。
全身を覆う黒いローブのせいで見た目の様子は殆ど分からないが、長身の割に至る部位のシルエットは非常に細く、また袖から唯一露出している手は不健康なほどに白かった。
「貴女は……?」
「私が誰かなんてどうだっていいじゃない?──それよりも、もっと聞くべきことがあるんじゃないかしら?」
僕の問いにはどこ吹く風といった様子で、自らの思い通りに会話を進めようとしてくる謎の女性。
その様子から無理に反抗しても意味がないと悟り、女性の問いに答えるべく頭を回した。
(聞くべきこと、聞くべきこと……?
マズイ、あまりに目の前の女性が細すぎてそんな質問しか思い浮かんでこない──しょうがないでしょ、男の子なんだカラ☆
一度しょうもないことを思いついてしまったら、どれだけ考えても
もはや自力で答えにたどり着くことを諦めた僕は、「う~ん、うぅ~ん」とわざとらしく唸り声を上げながら、女性の方を何度も何度もちらちら見て、「答え
そんな様子の僕に呆れたのか、目の前の女性はわざとらしくため息を吐いて言った。
「貴方が聞くべき質問は『僕が死んだってどういうことですか?』でしょう?」
「あっ! 僕が死んだってどういう事ですか?!」
「完全に忘れていたのに、よくもまあそんな剣幕で言葉が紡げたものわね……?」
呆れを通り越して、もはや引いてすらいそうな謎の女性。
けど仕方がない、思い浮かばなかったのだから。
しかし、思い出した今ならはっきりと問える。
「僕が死んだってどういう事ですか?」
「そのままの意味よ? 貴方は魔物と大木のサンドイッチになって死んでしまったの」
「でも、僕はこうして動いていますよ」
手を握ったり、飛び跳ねたりしてみるが問題はない。
やはり、さっきの痛みも苦しみもこの身体には存在していない。
しかし そんなことは分かっているといった様子で女性はある地点を指し示した。
「信じられないのは無理ないわね。でもね、あそこをご覧なさい」
ひどく痛ましげな様子でそう言った女性は、僕の背後に向けて指を差した。
そこはさっきまで僕が座り込んでいた地点。
さて、何があるのだろうかとその方向を見てみると……。
──本来あるはずの凹凸がぐちゃりと完全に潰れ、蒼白しているであろう顔すら真っ赤に血濡れた『
「うっぷ……」
本来、自分自身では確認することになる筈はない
妙に酸っぱい胃の内容物を吐き出し、暴れる鼓動を必死に押さえつけようとした。
しかし、混乱する精神はどれだけ経とうとも静かにはならず、いつまでも手は震えたままだった。
「どう……して?」
全くもって纏まることのない思考の中でふと出てきた言葉を、僕は意味も分からないまま紡いだ。
「…………」
女性は目の前で蹲る僕を無言で見下ろしていたが、何を思ったのか、程なくして淡々とした口調でこう告げた。
「ここは『魂の世界』──現世で死した者の魂が
あまりに荒唐無稽で信じられないことを、何の冗談でもないといった様子で告げてきた女性。
(魂の世界……? あの世の一歩手前……?)
もともと混乱していた僕の頭では、その言葉を理解することが出来なかった。
しかし──
「どうして……っ」
依然として動きを見せない自分のように見えるナニカ。
べっとりと付着した血は赤黒くなりだしていて、時間の経過をうかがわせる。
──イティラ・トロム《僕》は死んだ。
それだけは、否定しようがない事実だった。
「馬鹿だ、僕は……」
イルビィに馬鹿にされた時、いつもの様に冷静でいられたなら。
大して強くもなれない『弱者』の分際で、力を求めたりなんてしなかったなら。
見栄なんて張らないで、お爺ちゃん達に相談をしていたなら。
山からすぐに出ていたなら。
僕にもっと力があったならば──
「──っ! ……っと!」
キリがないほど多くの後悔が頭の中を駆け巡り、自らの愚かさを呪った。
しかし、呪ったところでもう遅い──僕はもう死んでしまったのだから。
「──ちょっと! ちょっと、しっかりして!」
「…………っ!」
悔恨に囚われ、後悔の濁流に吞まれていた僕を、女性の声が救い上げてくれた。
女性はいつの間にか目の前で膝をつき、僕の肩を掴んで大きな声で僕を呼び掛けてくれていた。
彼女の声が僕の終わらない思考を振り払ってくれた。
「……僕はどうすれば」
目の前の女性がその答えを持っているかどうか分からない。
しかし、僕は藁にも縋るかのような思いで、そう尋ねていた。
「ふふっ」
何が楽しいのか小さく笑みをこぼした女性。
僕はそんな様子に思わず切れてしまいそうになったが、女性は手のひらを僕の眼前で開いて制止を促してきた。
その後、大きく一息吐いた女性は数秒もしない間に様子を取り繕い──言ったのだった。
「安心して、大丈夫よ。──貴方の『特別な魔法』を使えば、
──と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます