第4話 魔物と死
魔物が僕の方を目がけて走ってくる。
思わず身を起こしたが、目と鼻の先まで迫って来ている魔物に対して僕が出来る事はない。
──だからこそ、無意識で身体を弾けていたのは奇跡だったのだろう。
僕の身体は脳の指令も受け取らずに動いた足の力よって前方に跳び前転をした。
咄嗟に移動した事で魔物の突進を寸前で回避していて、難を凌いだ──訳ではない。
僕に突進を躱された魔物はゆっくりとこちらに振り返って、じっと見つめてきた。
その双眸からは少なくない怒りが覗いていて、恐怖に全身が包まれた。心臓の鼓動が速くなり、口の中が異常に乾いてしまっている。
そして、身体が恐怖に支配されていると、魔物は再び突進の構えに入った。
さっきは何とか避ける事が出来たが、二回目もそう上手くいくとは思えない。
(──もうこうなったら戦わないと……!)
もし仮にこのまま突進を避け続ける事が出来ても、この場を逃げる事が出来なければ僕の人生に未来はない。
しかし、『四足歩行型』の魔物は足が途轍もなく速い──逃げられない。
つまり、僕には戦うことしか残されていない。
(勝ち目はこれっぽっちもない。けど、このまま一方的に殺されてしまうくらいなら、少しでも抗って生き残る未来を力ずくで捥ぎ取る!)
今にも突進をして来そうな魔物を前にして、僕は決意を固めた。
ヘドロの様に身に纏わりついていた恐怖を捨て、剣を構えて魔物と対峙する。
恐怖を捨てても、この巨大な体躯を前に身体が震える。柄を握る手は汗でびしょびしょだ。
しかし、僕は勝って父さんやお爺ちゃんが待つあの家に絶対に戻る!
「ブオオオオオオ!」
「二の塵──身躱し連斬ッッ!」
『塵山流二の塵──身躱し連斬』──相手の攻撃を剣撃で逸らしながら、すれ違いざまに連斬を繰り出す剣技。
一度、魔物の突進を見た僕はその速度を見切っている。タイミングを合わせて魔物の体表で剣を滑らせ、魔物の側面に回って力一杯斬りつけた。
しかし──
「硬いッ……!」
力一杯斬りかかった筈だったが、魔物の身体には傷一つ付いていない。精々、漆黒の体毛が落ちた程度だ。
地をドタドタと走り回る魔物の姿には何の変化も見られない。
「…………っ!」
そうして彼我の間にあるあまりに大きな力の差を目の当たりにして──僕は一瞬気を取られてしまった。
さっきとは違って走ったまま身体の方向を変えた魔物は、止まる事なくこちらに突進して来ていた。
気を取られていた僕の身体は完全に硬直してしまっていて、その行動に反応する事が出来ずに突進を喰らってしまった。
「──グギュガッ!」
今まで口から発した事のないような声が漏れ、気付いた時には背後にあった大木に背中を打ち付けていた。
「っっっっっっッッッッッッッッッ!」
ぶつかった衝撃で臓物が揺れ、全身の骨という骨から耳心地の悪い音が響いてきた。
肺腑からは酸素が逃げ、遅れてやってきた痛みは感じた事のないほど鋭く鈍い。
──あまりの苦痛に悲鳴すらも出てこなかった。
そして、あまりの衝撃とあまりの痛みに悶えていると、トドメと言わんばかりに雄叫びを上げて猛進してくる魔物が僕に衝突した。
僕は魔物と大木に板挟みにされ、衝撃は逃れる先がなく僕の身体の中で暴れまわり、ぐしゃりという音が鮮明に聞こえた。
「ィィ…………」
感じた痛みは声にもならず、僕の全身から徐々に抜けていく力。
そんな中でも意識だけは長く堪えていて、それが逆に辛かった。
(イタイイタイイタイイタイイタイタイタイタイタイイイイイィィィ──)
───────────────────────
──無限にも感じられたあの痛みはいつの間に無くなっていたのか……僕は何事もなかったかのように起き上がった。
「……っ!」
しばらくぼんやりとしていた思考。
ふと自分が窮地に立たされていた……いや、今にも生を手放しかけていたやっべぇ状況だったことを思い出して、急いで周囲を見回した。
「あの魔物は……なーし。身体に異常も……なーし」
座り込んだまま頭だけ動かして周辺を確認したが、あの黒いデカ猪魔物はいなくなっていて、ついでに僕の身体にも傷の一つも見られなかった。
「生き延びたのかな……? いや、あれは……」
──夢だった?
ぐちゃっと潰されたはずなのに五体満足な身体。
あれだけ苦しかったはずなのにない痛み。
さっきまで見ていたのは現実ではなく、夢であった。
そう考えるしかない状況であった……まあ、これこそが死ぬ間際に見ている夢なのかもしれないけれど。
手を握ったり開いたりを繰り返し、パンッと両手で頬を思い切り叩いた。
「痛ってぇ……」
痛みはある……夢じゃない。
という事は「さっきまでのは夢だったんだなぁ。うひぃ、怖い夢もあったもんだなぁ」と結論付けて立ち上がろうとすると──
「──いいえ、貴方は死んだわよ」
「…………はい?」
──いつの間に現れたのか、ボロいローブと人らしからぬ雰囲気を纏った謎の人物が、淡々とした口調でそんなことを告げてきたのだった。
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