第3話 特訓と漆黒の魔物
(──やばい、やばい! 僕の力じゃ敵う筈がないのに……本当に馬鹿じゃないの、僕!)
お爺ちゃんをバカにされた怒りで頭の中はグツグツに煮えたぎっていた。冷静な自分が排除されていて、決闘して謝らせるしか頭しなかった。
しかし、それから時間が経過して下校している途中には、グッツグツに煮えたぎっていた頭の中が完全に冷め切っていた。
頭の中が冷めた結果、何が起こったのか──事の重大性とその無謀さを理解して震え上がった。
あのイルビィにあそこまで啖呵を切って刃向かったのだ、今更無かった事になんてしてくれないだろう。
勿論、お爺ちゃんを侮辱した事に関しては今でも許せないし、今すぐにでも謝ってほしい。
しかし、僕に彼を謝らせるだけの力は……ない。
──つまり、僕に待ち受けている未来は退学してこの都市を出ていく事だけ。
マズイ、マズイ、マズイ、マズイ……それだけは何としても、何としても回避しなければならない。
とりあえず少しでも力を上げないと……と家にも帰らず、山に直行して獣を狩りに来たのだが──
「キィィィ」
「グァッ、グアッ、グァッ……」
「キキキッ」
この山に生息する大型で攻撃性の高い獣は都市の安全保持の為に、出現が確認された時点で狩られてしまう。
それ故に、この山には滅多に人を攻撃しない様な小さな獣しかいない。それこそ、武の道に入っていない者でも簡単に倒せてしまう。
これでは強くなんてなれない……けど、お爺ちゃんに稽古をつけてもらおうにも、自分がしてしまった事が余りに考えなすぎて、正直顔を見せられない。
そもそも一晩で実力差が埋まる程、僕とイルビィの力の差は近くはない。もっと言えば、彼の実力まではどれだけ鍛えても僕では永遠に届き得ない。
──それほど絶望的な状況なのであった。
「じゃあ、どうする?!?!」
思わず叫んでしまうくらいには焦っている──そんな時だった。
「──ブルオ゛オ゛オ゛」
「なんだ……あれは?」
ドシンッ、ドシンッと地響きの様な音が近付いて来ていると思った直後、巨大で真っ黒な毛皮を纏った猪型の魔物が巨大な木を薙ぎ倒しながら現れた。
僕のさっきの叫んだ声が彼の魔獣を起こしてしまったのか、相当気が立っている。
余りの迫力に思わず身を隠してしまっていたが、正解だったかもしれない。
あんな魔物……今の僕では絶対に相手にならない。アレに見つかった時点で、学校を退学になったり、この都市から追い出される……そんな事はどうだって良い
──死ぬ!!!
その姿は初めて拝むが、魔物というのは勇者様によって倒された
そんな存在を生み出した魔王は約百年間もこのメリカ大陸を支配していた魔族で、今までどんな強者でも敵わなかったほど強い。
その強さを助長していたのはその身に流れる魔法に特化した魔族特有の魔力。
その魔力によって創り出された魔物はその辺の獣とは比にならないほど強い──この広大なメリカ大陸が支配されてしまったのも、魔物の存在が主要な要因として挙げられるくらいには大きい程だ。
しかも、目の前で鼻を鳴らしているあの猪型の魔物はその見た目の通り『四足歩行型』に分類されている魔物で、『四足歩行型』は共通して脚力がとても強く、とにかく足が速い。
僕の走る速さではとてもじゃない逃げ切る事が出来ない。
だが、それでも普通の魔物は剣や魔法を扱える大人が集団になって相手にすれば倒す事が出来る──現に今まで現れた魔物はそうやって狩られてきた。
しかし、あの猪型の魔物は今まで何処に身を潜めていたのか、尋常でないほど大きい。
背丈は僕の二倍、体重は二十倍くらいありそうだ──まあ、数値が大きく見えるのは僕がヒョロっちいのもあるんだろうけど……。
それでも、こんなに大きな魔物の存在はこの辺りでは全く聞いた事がない。僕ら人間の目から逃げながらどんどんと大きくなっていたのだろう。
まあ、どうあっても僕じゃあの魔物は倒す事が出来ない。
このまま息を潜めて、アイツが何処かに行くのを待とう──そう思っていた時だった。
「キキッ!」
背後でそんな鳴き声が聞こえた。振り向くとそこには子猿が居て、更にそいつは飛びかかる様な姿勢をしていた。
マズイ……と思った時にはもう遅い。小猿は自慢の腕の力で自らの身体を正面に向かって飛び、僕の胸にぶつかって来た。
僕のヒョロい身体ではそんな小猿の跳び蹴りも受け止める事が出来ずに蹴り倒された。
そのまま隠れていた茂みを倒しながら、僕の身体は地面に転がった。
低木が突き刺さりかけて痛い腰を摩りながら目を開くと、僕の視界には木々の間から覗いている茜色の空と……あの魔物が映っていた。
運が悪かったのは小猿が背後に現れた事に気付けなかった事か、それとも僕が小猿の蹴りを避けられなかった事か──明らかな物音を立ててしまった僕らを魔物はじっと見つめていた。
──気付かれた。
はっきりとその事を理解した時には魔物は突進の構えをしていた。
溜まった鬱憤を晴らす為に取り敢えず目の前の存在を消す──後ろ足に力を込めて今にも走り出しそうなその構えにはそんな意志が込められていそうだ。
殺意しか感じられない魔物の存在には流石の悪戯小猿もお手上げ、僕を置いて一目散に逃げていってしまった。
これで標的は僕だけ。体勢を低くする事で重心を落として準備完了なあの魔物の目には僕しか映ってない。
「──マズイっ……!」
鬱憤を晴らすのみを目的に僕を殺す事だけを考えている魔物は、僕の方を目がけて走り出したのだった──
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