第2話 お爺ちゃんと決闘宣言

 今日も痛む身体に鞭を打って、勇者になりたいという夢を叶える為に必死に登校をする。

 痛む身体と言っても、僕の身体には骨が折れているどころか青あざ一つ残っていない。痛いのは幻視痛に近い。


 どうして、身体中を殴られ、蹴られと暴行を受けていて、ヒビが入った様な感覚までする事があるのに怪我の一つもないのか──その理由はお爺ちゃんだ。

 僕のお爺ちゃんは効果はあまり良くないが、治癒魔法を使う事が出来る。毎晩、『授業が厳しくて』と嘘をついて、お爺ちゃんにその魔法を掛けてもらっているのだ……後は、お爺ちゃんの厳しい稽古の後とかにも。


 今の僕が何の障害もなく、五体満足に生きられているのはお爺ちゃんのお陰と言っても過言はなかった。


 それに僕の家は母さんが居ない家庭で、ここまで育ててくれたのはお父さんとお爺ちゃん。

 僕は父さんもお爺ちゃんも心の底から大好きだった。


──だからなのだ、ああなってしまったのは。


「──で、いつになったらこの学校から去るんだイティラてめえ。こっちはてめえが無様過ぎて視界に入るだけで気分が悪くなる。さっさと出ていけよ!」


 イルビィは顔を顰めて、更には肩をすくめてそんな直接的な言葉を言い放ってきた。最近の彼はいつもこんな感じだ。

 彼の虐めの標的となってもう半年以上が経過する。今まで彼の虐めをこんなに耐えた生徒は居なかった。大抵は一ヶ月で心が病んでしまい、この学校を去っていく。


 しかし、僕は違う。この胸に勇者様という憧憬を抱き、ここまで一心不乱に歩んできた僕はこんな所で折れる訳にはいかなかった。

 それに家にそこまでお金がないのに、無理をしてまで僕をこの学校に通わせてくれているお父さんとお爺ちゃんの存在が僕の心の支えとして、心が病んでしまう一歩手前で踏みとどまっていた。


「ここまで無様になったのも、てめえにザコ流派を教えた爺さんの指導が悪すぎたのかもしれねえなあ!」


 イルビィはそう言うと「ぎゃはははは」と口汚く笑った。彼としてはいつも通り、僕を煽ったのだろう。

 効果のあるなしに関係なく、取り敢えず思いつくだけの事を言った。


 しかし、僕にとってはその言葉が今まで言われた何よりも重たく、何よりも怒りを増幅させた。

 普段の彼の言葉に対しては何も思わないとは言わないが、それでも殆ど心を靡かせなくなっていた。しかし、大切で大好きなお爺ちゃんを侮辱されたのは何が何でも許せなかった。


──そして、僕は今まで無理矢理封じ込めていた彼への恨みも反抗心も何もかもが一気に爆発した。


「──取り消せよ……。取り消せよ、その言葉!!! そして、今すぐ謝れ!」

「なんだって? もしかしてぇ、落ちこぼれのイティラ君がこの俺に命令しているんでちゅか?」


 赤子に語りかけるかの様に話しかけて、更に僕の怒りを煽ろうとしている。

 やっと煽りに対して反応したのだ、この機を彼が逃す訳がない──普段ならそう思えたのだろうが、生憎僕の頭には完全に血が昇っていた。


(イルビィはどうすれば僕に従う? どうすれば、コイツを謝らせる事が出来る……?)


 僕の脳内を支配するのはただその考えだけだった。

 そして、彼の憎たらしい顔を睨みつけながら考えた末に出た答えはただ一つ。


「──決闘だ」


 僕ら剣士にとって何よりも重く、何よりも神聖なる行い。それがこの決闘。

 起源は僕らの祖先がまだ言葉を発していない頃から行われている……とも言われている決闘は男と男の対立をより熱く、より雄々しい方法で決着を付けようとするもの──要は力比べだ。


 当然ながら、僕とイルビィの戦力差を念頭に置けば赤子ですら選ばない手段だろう。

 しかし、謝らせることだけを考え、他のことは何一つ考えていない今の僕には、この何とも無謀な手段を選択するしか他に方法はなかった。


「は、はは……ハハハハハ!!! てめえが俺と決闘? 笑わせるのも大概にしろよ。天才と落ちこぼれじゃ勝負にならないんだよ」


 僕のそんな選択は一瞬だがイルビィを戸惑わせた……が、直ぐに言っている事の馬鹿らしさを理解して大笑いを始めた。

 そんな笑いを前にしても怯まない僕を見て、彼はキッと目を細めて言った。


「まあ、てめえがそんなに叩きのめされたいっていうなら受けてやるよ。その代わり負けたらてめえ、この学校……いや、この都市から出て行けよ! 当然、大好きな家族とは離れ離れだ」


 決闘は対立を収める行い──すなわち、敗北者の背には勝者の要求が纏わりつく事になる。

 つまり、もしも負けたら僕は彼の言う事を聞き、僕はこの学校を……そして、この都市から出て行かなければならなくなってしまう。


 僕が未成年であるのに親と引き剥がされる事なんて関係ない。だって、それが決闘なのだから。

 だからこそ、熱くなっていた頭の中に一瞬だけ冷静な自分が帰ってきた。


(この学校を去る……そんなことしたら応援してくれているお爺ちゃんや父さんにがっかりさせてしまう。それに、離れ離れになんて絶対になりたくない!)


「そんなの対等じゃないじゃないか!」

「自分の力をしっかりと自覚して決闘をしなくても俺は良い。その代わり、てめえの爺さんを馬鹿にするのは止めねえけどなあ!」

「……いや、いい。僕は絶対にお前を倒して、謝罪させてやる!」


 冷静な自分はヒートアップした頭から簡単に追い出されて、僕はただ『謝罪させる』というただ一点の使命に向かって走り出してしまった。


──どれだけ大きなリスクがあっても大好きなお爺ちゃんが侮辱されるのは絶対に嫌だったのだ。


「明日の放課後に決闘だ!」

「いいだろう。明日までに荷物をまとめてここを去る準備をしておけよ!」


 そして僕らは互いに背を向けて、真逆の方向へと歩んでいったのだった──

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