本質的不死の僕は世界最強に憧れている

ゆみねこ

第1話 憧れと虐め

「──勇者の凱旋だ」


 何処ぞの誰かが叫んだその声は都市に居る全ての人々を熱狂させた。八百屋も肉屋も魚屋も、会計中の人だって自分のしている事を忘れて、建物を飛び出した。

 しかし、そんな大きな熱の正体が分からなかった者がここに一人──僕だ。僕は御使いを済ませ、この小さな身体には多すぎる量の食材を抱えて、帰宅している最中のことだった。


 中央道の方に向かって走っていく者達に押されて、あっちへよろよろ、こっちへよろよろ。僕の小さな身体では大人達の力にはとてもじゃないが逆らえない。

 だから本当に偶々だったのだ──


──人垣の間から青年が見えたのは。


 沢山の人に囲まれても全く怯む事なく歩いている青年はとても気高かった。

 その気高さを見せつけているのは腰に携えられた純白の剣でも、傷つきそれでもなお美しい鎧でも、何処までも深い青のマントでもなかった──それを着ている人間本人だった。


 名前も知らない彼がこの世の中心であり、それ以外は全て端役の様にすら思えてしまう。

 彼はそれだけ──格好良かった。


「──かっこいい」


 口の端から漏れ出たその言葉が青年の耳に届いたのか、彼は僕に手を振ってくれた。

 そんな手を振ってくれている彼に慌てて手を振り替えしている時、僕の心臓はドクンと大きく拍動した。


 やがて、僕の心拍は短く速くなっていき……その胸の高鳴りはいつまで経っても止む事はなかった。

 

──僕は勇者に憧れた。


───────────────────────


「──おい、落ちこぼれ」


 そう言って僕を呼んだのは同級生のイルビィ・グラム。金髪紅眼で嫌に顔が整っている彼は悪女にモテるが故に今日も引き連れている。当然、そのおこぼれに与ろうとする男達も彼の背後には多い。

 そんな容姿に優れている彼は類い稀ない剣の才も有している──この学校史上最高の天才とも呼ばれている程だ。


「てめえ、いつまでこの学校にいやがるんだ。さっさと出ていけよ」


 そんな彼にどうして僕が目をつけられてしまっているのか──それは単に彼の気まぐれ。

 彼は気に入らないから、ただそんな理由で周囲の気に食わない同級生や下級生……果てには上級生までもこの学校から追い出してしまう完全なる暴君だ。


 彼の周りにはイエスマンしか存在していないし、この実力主義の学校ではそんな彼の横暴すらもまかり通ってしまう。

 これも夢の為、僕は嫌々ながら嫌な笑みを浮かべている彼の方を向いた。


──彼の行いがまかり通ってしまう学校。それが都市一の剣士学校であるこの『魔剣士学校』。


 古くからあるこの学校はとにかく強さを重んじている。信条として『弱肉強食』が掲げられてすらいて、強い者にはとことん甘く、弱い者にはとことん厳しい環境だ。

 かく言う僕は周りに比べて身体の成長が非常に遅く、この小さな体格の所為で非力で、そのうえ魔法の一つも発現していない。そんな僕に付けられたあだ名は──『落ちこぼれ』。


 生徒もそして教師すらも認めるこの学校が設立されて以来、飛び抜けて落ちこぼれだ。

 期末の実力試験を受けてみればびりっけつ。全生徒強制参加の外部大会にすら出させてもらえない。頭脳は多少良い方だが、武力を重視するこの学校ではそんなもの何の価値にもならない。


 言ってしまえば、僕はイルビィとは完全なる真逆に位置する存在なのだ。

 今まではイルビィにそんなみっともなさが面白いと放置されてきた僕だったが、遂には飽きたのか僕の弱さを目につけて、事あるごとに殴る、蹴るなどの暴行を加えられてきた。


 当然、学校側はイルビィのする事を黙認しているし、寧ろこのまま僕にこの学校を去ってほしいとすら思っているだろう。


「──聞いてんのかよ!」

「ぐっ……!!」


 彼はそう言って後ろに大きく足を振り被り、僕の胸骨を狙って思い切り蹴り飛ばした。

 こういう時の為なのか、彼の靴底は物凄く硬い。つま先が当たった部分から何かにヒビが入るような感覚が全身に響き、気付いた時には壁に寄りかかって床に腰を着けていた。


──吹っ飛ばされたのだ。よもや同い年の子供が放ったとは思えない程の蹴りは僕の小さな身体を軽々と吹き飛ばし、壁に衝突させた。


「ぎゃははは、弱すぎて紙屑みてえに飛んでいきやがった! これは傑作だ!」


 彼の言葉で彼の取り巻き達も笑う。イルビィから色々なおこぼれを貰う為にいる彼らだが、それでも一定以上の力はある。

 こうして虐めに助長しても、学校からは何のお咎めもなく許されている。


 僕に降りかかる暴力の数々に、僕を嘲笑う多くの声。いつしか、これが僕の日常となってしまっていた。

 勇者様に憧れた時のあの時の情熱はまだ胸に宿している。しかし僕の心は荒み、ボロ雑巾の様にクタクタになってしまった。


「イルビィさん、もう直ぐ授業が始まりますよ。こんな奴に構っていないで行きましょう?」

「ああ? 俺は俺の好きに生きる……指図するんじゃねえ!」

「グフっ!!」


 余計な事を言った取り巻きが僕と同じ様にイルビィの蹴りを食らって吹き飛んでくる。

 当たったら痛いんだろうな……そんな呑気な思考が脳裏を過っているうちに、蹴り飛ばされた彼の身体が僕に衝突した。


「チッ……そいつの所為で興醒めだ。お前ら、コイツらをキッチリ可愛がってやれ」

「「「は、はい!」」」


 イルビィはそんな事を指示すると、片手で僕を、もう片手で取り巻きの男を掴み上げて、軽々と窓から投げ捨てた。

 腰を打った痛みが全身を支配している中、投げられた男以外の取り巻き達が窓から飛び降りてきた。


──そして、いつもの様に不敵な笑みを浮かべると僕をリンチにしたのだった。

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