第18話 幻の住人

 囮役として東堂は己だけを目立たせるように声をあげ人間であった怪異どもを、康平から離すように走っている。人間は何かから逃げるさいに生き延びるという本能が働くのか、通常よりも速く、持久力に関係なく走ることが出来る。緊張の糸が張り詰められている今であれば、人より体力の少なさを自他ともに認める東堂であっても逃げ切れる可能性はあるだろう。


 しかし今回はあくまで囮役。引き付け、あれらを康平から引き離すのが彼の仕事で、自らを危険に晒し脅威を自身に集中させるのが目的である。あのバケモノに捕まれば何が起きるか定かでは無いにせよ、悲惨な末路を辿るのは必然と考えるべきだ。故に捕まらぬよう、そして康平から引き離すように逃走し続ける。これが自らが定めたやるべきこととして。


 鬱蒼とした木々の間を潜り抜け、草むらを分け入り小枝を踏み抜きながら逃げ続ける。わざと目立たせるように走り続け、不意に東堂は今が危機的状況であるにも関わらず、走馬灯のように色々な考えが駆け巡った。


 ここから出られたら真っ先に何をしようか。家に帰れば疲れてそのまま寝てしまいそうだ。結局メロンフェアで自分用に何も買えなかったな。といった他愛のないことばかりを思い浮かべる中で、康平の言葉が頭をよぎり疲弊している脚に力を込め直す。徐々に動きが鈍り始めている肉体に鞭打ち足を1歩踏み出そうとして、何かに引っかかり躓いてその場に倒れた。


 よりにもよってこんな時に、と内心で悪態をつく暇さえも与えないように人間が変異した怪異が迫り来る。十か、二十か、もう数さえまともにに分からぬほどに増えている。東堂は立ち上がりすぐに走った、とはいえ康平のように瞬時に素早く動ける訳ではない。時間が経過していくごとに息が上がり始め速度も落ちていく、フォームにもガタが出始めたがそんなことに全く意に介さず地を這う元人間達。それらが草むらを掻き分ける音が、もうすぐそこまで迫っていた。


 同時に実感する、自身の終わりが近付いている事に。ここで諦めるわけにはいかない、しかし無慈悲にも迫り来る影はその意志すら潰そうとする。いつの間にか先回りしていた元人間たちによって進行を阻まれ、東堂は足を止めた。止めてしまった。人間だったものが追い付き、飛びかかる。同じくして東堂は振り返り自らの終わりを実感しその眼を閉じて身構えた。


 はて何秒、十何秒経ったところで東堂の頭に疑問符が浮かび上がる。どれほど待っても何も来ない、不思議に思って恐る恐る瞼を開けばどうした事だろう。飛びかかっている状態のまま、元人間のそれらは中空に固定されていた。何が起きているのかさっぱりであったものの、少しばかりの時間を要してこの事態を引き起こした人物が1人思い浮かんだ。



「おーい! 東堂くーん!」



 その思い浮かんだ人物の声が耳に入った。間に合ったのだと安堵の溜め息をつき、すぐに彼のもとへと向かう。両脚はおそらく筋肉痛になるだろうがそんなものは後回し、今はただお互い危機的状況を乗り越えたことへの歓喜を共有したかった。草むらを分けて彼が居るであろう場所へと近付いていき──



「湖里君! やった……んだ、ね……?」



 そこで目にしたのは、人間の身長を遥かに越える額に2本の角が生えた鬼らしき存在と、その鬼の片腕の中にすっぽりと収まって抱えられている康平の姿であった。仏頂面を崩さない鬼とは正反対に、笑顔でピースサインを東堂に向ける康平のアンバランスさに理解が追いついていないらしい。康平はその事に気づく。



「あー、東堂君。こっちの鬼が言ってた駈剛だよ、協力者の」


「あぁ、どうも」


「まだ理解が追いついておらんようだが」


「こればっかりは仕方ないでしょ」


「それもそうだ。さて、早速だが」


「ってか駈剛、降ろして。お前を支えにすれば片足でも立てる」


「寝言は寝て言え馬鹿者、自分の体を壊しかねん奴の言葉は信用ならんわ」


「駈剛だって協力したじゃん」


「揚げ足を取るな」



 もはやこの2人にとってはいつも通りのやり取りではあるが、初めて鬼という存在を目撃し畏怖すべき対象にこうもフランクに話しかけている事実に東堂の脳はまだ追いついていない。


 それは兎も角として、康平と駈剛は近くにある祠を一瞥したあと湖に視線を移す。先程あの祠に触れ、駈剛の手で領域の権限を奪ったとはいえ未だに主の姿すら見えていない。あの人間が変異したものが主である可能性は、集められた情報からそれらしき存在をある程度特定しているため除外。そうなると今康平と駈剛が狙う対象は竜、となるのだが。



「せめて姿ぐらい見せても良いでしょ全く、ここまでやって来たってのに」


「お前の意見はどうでも良いが、一向に姿を現さんのはどういう領分なんだかな。まぁ、であれば此方も勝手にするまで」



 駈剛は康平を抱えたまま湖に居るであろう領域の主に向かって鬼ごっこのルールを言い放つ。前回、前々回と同じ内容を湖の中に居る存在に聞こえるように大きく声を出し、近くに居た2人の耳に若干のダメージが入った。駈剛は特に気にする事もしないが、被害を受けた康平は頭を左右に振って気を取り直し、降ろすように言った。



「駈剛、降ろして」


「必要無い」


「はっ?」



 呆気に取られた康平は直後、駈剛によって上空へと放り投げられ一瞬の浮遊感を味わっている中、駈剛は10のカウントを減らして数えながら、その姿を霧状に変えて康平へと突っ込んだ。落下しながら康平の肉体は苦悶の叫びとともに変異していき、カウントが8に到達したと同時に後方宙返りを1回だけして両膝を曲げ、右腕を地面につけて着地する。突然のことでやはり頭が追いついていない東堂は何も言えず、異様に変わり果てた康平の姿に何も言えずにいた。



【────10、行くぞ】


(ちょ、待って待って飛びこおあああ?!)



 そんなやり取りがあったことなど東堂は知る由もなく、勇んで飛び込んだかのように見えたとか。




───────────────────────




 水飛沫を伴いながら垂直に足から着水するように跳んで侵入し、そのまま湖底まで到達すると駈剛は周囲を軽く確認する。足下には霧が立ち込めているがそれ以外に変わったところは無い、それどころか何の気配も感じないので何処に居るのか捜しているのだが、何故か康平が息苦しそうに悶えている。



【……あのな小僧、普通に息できるようになっておるわ。それと今俺様が表に出ておるから、息を止めても意味ないだろう】



 そう言われてハッとし、呼吸を二三度繰り返して再度気を引きしめた。溜め息をつき今ので4秒ほど時間を使う羽目になったが、一向に姿を現さない領域の主に痺れを切らしかけていた駈剛からすればちょうど良かったのだろう。嫌な予感がして咄嗟に横へ跳ぶと、先程まで居た場所に細長く勢いを持った線が地を裂いて通り過ぎた。


 水の中とはいえ領域の権限を奪い、地上と変わらない動きで避けた駈剛は着地と背後への転回を同時に行い、先程の攻撃をした敵を見据える。そこに居たのは四足を地につけ、見るからに硬そうな鱗と太く鋭利な牙を備えており、鱗と同じ色をした2本の枝分かれした角を携えた竜の姿。


 獰猛な様を隠そうともせず、竜は口を開きまた攻撃を仕掛ける。大きく開いた口から細長く何かを噴射、竜へと接近するようにして避けた駈剛はそのままの速度を保ち懐へ飛び込むと、そのまま竜の肉体へと触れた。この時点で残り22秒、呆気なく終わったと最初はそう思った。その竜の肉体が動き、右前足で踏み潰そうとするまでは。



(駈剛ッ!)


【?! チィッ!】



 即座に後ろへ下がり避けたが、追撃にと何かが噴射され、それを回避するために横跳びしたあと、駈剛は竜の背後へと回り込もうとする。しかし竜はその巨大な体躯に見合わない俊敏さを用いて方向を変えると口から噴射するそれで薙ぎ払った。


 駈剛は竜の口の軌道に合わせて跳んで避けると、1度通り過ぎ去ったのを見計らって“行動を強制する力”を発動。口を閉じるように命令をかけたものの、効いている様子すら見せず噴射するそれを駈剛へと向けた。竜に向かって悪態を吐きつつ攻撃を避けまた回り込もうと画策し、実行に移す。



【チッ、能力が効かん! とすればあの竜は……おい小僧! 1つだけ眼を出す、それを使って怪しい場所を探せ!】


(何か心当たりでもあるの!?)


【時間が無いから簡潔に答えるが、あれはおそらく実体を伴った幻やもしれん!】


(幻って……じゃあ、あの竜を作り出してる本体があるの?!)


【それを探せ! 残り18秒しかないぞ、急げ!】


(ああもう、やるしかないよな!)



 駈剛は額に1つだけ眼を出現させ、それを使い康平は言っていた怪しい場所を探し始める。とは言ったものの湖底には霧が立ち込めており、怪しい場所とすればそこなのだが如何せん分かりにくい。また駈剛が竜の攻撃を避けるために動き続けているため、対象を捉えにくい上に残り時間も13秒と少ないので焦り始めていた。


 必死に探し続ける中、竜は体躯に見合わぬ俊敏な動きで駈剛に攻撃をし続けており、流石に苛立ちが見受けられる。まだ力を取り戻しきれていないからこそのもどかしさを康平は感じ取っていた、怪しい場所は未だに見つけられず内心参っていると不意に竜の動きが目に留まり、ふと康平は疑問が浮かび上がった。


 のだ。もしかすればと思い立ったところで、駈剛に向けて指示を出した。



(駈剛、アイツその場から動かないように行動してる! あれが幻だっていうなら、もしかしたら!)


【本体はその下か、ならばッ!】



 左半身を竜へ向け、右半身を下げる。襲いかかる攻撃を1度だけ避けると、そこから一瞬で彼我の距離を詰めながら駈剛は宣言する。



【オオヅメ──!】



 その宣言に呼応し、右腕は長く右手は大きく変化する。勢いのままに駈剛はその竜を押し出すと、竜は四足から土煙を伴いながら無理矢理移動させられた。次に駈剛は右手を更に大きくさせ、先程まで竜が居た下の地面に五指を突き刺し掴んだ後、引っ張り上げる。地面の土がボロボロと落ちていき、やがてそこに潜んでいた領域の主が姿を見せた。


 出水管しゅっすいかん入水管にゅうすいかんを殻の外に出した、巨大な貝であった。より正確に言うのなら、現れたのは2つの管から霧を垂れ流している巨大なであった。



(でっかッ!? いや、というか蛤ィ!?)


【なるほど、元々この湖に住んでいたものが歳を経て怪異となったものか。なぜ幻覚を出せるのかは皆目検討もつかんが──これで終いよおッ!】



 本体である巨大な蛤が現れた影響なのか、途端に竜の姿は元からそこには居なかったかのように消える。慌てたように蛤は2枚の殻を動かし逃げようとしたが、すかさず駈剛は“行動を強制する力”を発動させ蛤の移動先をこちら側へと変えた。意思に反して敵の方へと近付いていく蛤に合わせるように、駈剛は右腕と右手を元の状態に戻したあと自らも接近し、左手で蛤の殻に触れる。


 これにて、鬼ごっこは残り6秒を残して康平と駈剛が勝利を収めた。左手に触れられた巨大な蛤は力が抜けたかのように若干開きながら落ちていき、駈剛は貝殻の隙間に両手を突っ込むと、力を入れて殻を無理矢理全開させる。そして現れた中身に顔を近付けた。


 何の声も発さず、ただただ非力に暴れながら蛤は吸収されその姿は跡形も残されなかった。湖の中に佇むただ1つの勝者がそれを物語る。




───────────────────────




 湖から飛び出てきた駈剛を見るやいなや驚きと安堵とともに東堂はその姿を見た。肉体から駈剛が抜け出すと康平は元の姿に戻り、そして痛みに悶えて横になった。



「いだだだだあっ?!」


「湖里君!?」


「な、なんでぇ? あの時は別に痛くなかったのにぃ……」


「あの姿は一時的にお前の肉体を変化させているからな、鬼ごっこに支障が出ない様にするのは至極当たり前のことだが、それ以外は知った事ではないわ」


「うぅ、痛い……」



 さめざめと泣く康平をよそに、駈剛によって保たれていた領域はその駈剛が軽く中空で払うことで徐々に薄れ始めてた。霧状になった駈剛は康平の中へと戻り、タイミングを同じくして湖や鬱蒼とした木々は消え去っていくと、2人は広場と思わしき場所に居た。周囲にはおそらく変異していたと思われる人間が倒れており、現実に帰ってきたと安堵するも、痛みに悶える康平の声で我に返り彼を地べたから近場のベンチに運んだ。


 東堂はすぐに警察と救急隊を呼んで、彼らが来るまでの間に倒れている人物に声を掛けると容態を確認して康平の近くに移動させ、十数分が経過した所で救急車とパトカーが集まってきた。ひとまず他の人のことは救急隊員や警察に任せ、東堂はこの中で1番ひどい状態の康平を救急隊員とともに病院へと移動していく。


 検査の結果、重度の捻挫状態で手術は必要ないものの、足首は固定され暫くは理学療法の世話になることが確定した。連絡により病院には晴彦と康平の母がやってきており、またも怪我をしていたことを康平は母から問われていたが「急いでいたら捻挫していて隠していた」と口裏を合わせて事なきを得たのであった。


 そうして誰にも知られることなく、播弖町に蔓延っていた怪異による行方不明事件はこれにて幕を閉じた。翌日、松葉杖を持って通学していることを不思議がって尋ねに来るクラスメイトの注目の的になりながらも、昼休みに学校内で集まった3人は改めて自己紹介をはさみ、ともに怪異退治をするために動くことを誓ったあと校内に併設された庭で集まって昼食を食べていた。



「そういえば、昨日は聞きそびれてたけど領域の主はどんなのだったの?」


「でっかい蛤だった」


「でっかい蛤……?」


「駈剛が言うには、長い年月が経ったことで怪異になった存在だって。何で幻を見せるとか霧とか使えたのかは知らないらしいけど」


「そのことだが、これを見てほしい」



 東堂が携帯を見せてきた為、2人は画面を見やった。そこには「しん」と表示されていた。



「蜃?」


「そう。竜、蛤、そして霧。これらの情報を入力するとこの記事が出てきた。確認してみるとその名の通り、幻を見せる妖怪とあった。だが蜃の姿には諸説あって、竜。いやみずちの姿だったり、蛤の姿だったりしている。今回出くわしたのは竜の幻を出していた蛤だったわけだが……いやそれよりも、たしか今回の遊びが一体なんであったのか、駈剛さんから湖里君は何か聞いていないかい?」


「予想程度なら聞いてる。今回僕と東堂君が巻き込まれた遊びは”迷路”だと思うって」


「迷路。なるほど、あれは脱出ゲームだったと。だとすると幻を見せるという能力はこれ以上ないほど打って付けだな。迷い込んだ者を出られなくさせて、人間を怪異に変異させる……解決しなければ自分もそうなっていたのか」


「まあ倒して吸収したから、これ以上被害は起こらないよ。被害者の人たちも元に戻れたし、今回のは相手はまだ良かった。不幸中の幸いだったよ。」


「そうか」



 康平は今まで人が死ぬ怪異を相手にしてきたこともあり、今回の怪異はまだ優しいものであったことに安堵していた。そんな様子を見て東堂はそれを追求することは無かったが、彼らが想像以上の現場を見てきたことを悟る。少しばかりしんみりした所であったが、ふと東堂は駈剛に聞きたかったことを思い出し、康平越しに問いかけた。



「そういえば、駈剛さんに聞きたいことがあるんだが、聞いてもらってもいいか?」


(あん? 何だいきなり)


「何だかんだで答えてくれるから気にしないでいよ」


(おい)


「なら1つ疑問に思っていた事を。自分の知る怪異は脱出ゲームのような遊びをせず、関われば問答無用で襲い掛かる存在だと思っていたのだが……怪異とは元々そういうものなのか。それとも何らかの影響でそうなっているのか、どちらなのかを聞きたい」


(あぁ、それか。後者で間違いない)


「後者で合ってるって。ってかそれって」


(名無しだ。あれが決めた、そして俺様達に課した)



 駈剛が言うには、本来怪異というのは波長のあった人間に対して関わり、あの手この手を使って弱らせて同じ存在に引き込もうとするし、癇癪のままに人を殺すこともあれば愉悦の為に恐怖させてから殺すこともある。そこに名無しが現れたことで、無法であった怪異にある規則が設けられた。弱い存在は領域を持つことさえ許されず名無しのもとで管理され、実力が認められた存在だけが決められたルールのもと、領域に引き込んで襲うことが許されるのである。



「だってさ」


「名無し、か。そして駈剛さんの目的はその名無しを倒すことで、今はそのために湖里君と協力して失った力を取り戻そうとしていると」


「僕は母さんを守りたいだけ。利害の一致ってヤツだよ」


(それでいい、お互いその方が気が楽だろう)



 聞きたい事を聞き終えた東堂は満足したところで、ふと携帯を見れば予鈴まであと8分といったところであった。



「そろそろ予鈴が鳴る頃か、移動しよう」


「もう? なんか時間が経つのが早く感じるや」


「康平君、分かるんだけどおじいちゃんみたい」


「そこまで老けた覚えはないんだけどなぁ……」



 そのような他愛ない会話を交わし、3人はそれぞれ授業に間に合うように移動していったのであった。ただ康平に憑りついている駈剛だけは、何やら考え事をしていたようだったが。




───────────────────────




 そこは形こそ現実と何ら変わりない景色ではあるが、周囲の景色はすべて赤紫色に着色されていた。そして人の気配というものが1つたりとも無く、代わりのように存在していたのは無数の黒い人型に加え、異形の存在が犇めいている。粘土細工みたく成形されたような姿の人型や壊れたブリキ人形のようなナニカが歩き回り、地には人間からすれば不快に見える虫や、両目があったであろう空洞から血を垂れ流しながら獣のように移動する人であったモノが徘徊していた。


 異質、狂気、不可解。まるでこの世の掃き溜めのような世界が広がっており、そんな場所を文字通り浮かんで見ている存在が1つあった。全体的に赤紫色のモヤによって輪郭がつかめないが、異様に目立つ双眸は確かにこの世界を見下ろしていた。そうして佇むソレの近くに、烏の特徴を有した人型が現れた。



「報告。蜃が倒されました、同時に播弖町に範囲を広げていた領域は駈剛に権限が移り、力を着実に取り戻しているようです。」



 ゆっくりとその目がその人型へと向けられた後、ナニカは緩慢な動作で空を見上げた。それを見ていた烏の人型はどこか苦々しい表情をしながら問いかけた。



「……それよか、本当にアレを野放しにして良いんですかい?」



 先程とは打って変わって口調に軽さが加わったが、そう話している烏の人型はどこかこのナニカを心配するような声色が含まれている。



「あの蜘蛛は下手に縛りあげねぇと、アンタに何をしでかすか分からねえですぜ。ただでさえあれは」


戎磨じゅうば



 ナニカが流暢りゅうちょうに声を発し、烏の人型の名を呼ぶ。戎磨じゅうばと呼ばれた烏の人型はそこで言葉を止め、ナニカの言葉を聞く姿勢を取った。



【皆マデ言ウナ。モウ、変エラレン。アレニ干渉スル事モ、今ハ出来ン】


「けどよ……!」


コレハ、決メ事ダ。ソレヲ俺ガ覆セバ、全テ水泡ニス】



 変わらぬ決意。戎磨は自分が何を言おうとこのまま突き通すつもりなのだと改めて思い知り、これ以上は無駄だと悟って溜め息をついた。



「そうかい。なら止めやしない、アンタがどんな選択を下そうと……ただ一縷の望みを叶えるために、どれだけの犠牲を出そうとよ」



 そう言って戎磨は背中の両翼で自身を包み込むと、数枚ほどの黒い羽を残して消え去った。残されたナニカは視線を下へと移し、間もなく霧散して消え去った。そしてナニカが見ていたである視線の先に、一匹の小さな蜘蛛が道路を渡っていたのだった。

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