第15話 複雑怪奇な路

 霧が立ち込める播弖町の一角で奇妙な合流を果たした2人であったが、康平はなぜ東堂がここに居るのか分からなかった。なにせ自身の出力をほぼフルに使い彼と離れ、到底追いつける事の無い距離を走った筈なのだ。しかし目の前に居るのはつい先程別れた東堂その人である、一体何が起きているのかは判断できないがこのような不可解な現象が発生している原因は何となく想像がついた。



「まさか……もう既に?」


(やもしれんな。ひとまず眼を戻しておくぞ)



 視神経への痛みが引いていくのと同時に、今居る環境に対して冷静に分析を開始する。走っていた時は景色が流れていて建物などの判別は付きにくかったが、今はどこからともなく現れた霧によって今居る場所が何処か分からなくなっている。かろうじて自身から半径約5m程度の距離の状況は確認できているものの、それより先の景色は全くと言って良いほど判別不可能にある。


 次に近くで息を整えている東堂へと視線を向ける。どうやってここに来たのか尋ねたかったが、ふと彼があまり体力の無い人物だということを思い出し、一旦質問は後回しにして休息を優先させた。



「東堂君、あっちの方に移動できる?」


「あ、あぁ。すま……ない」


「良いよ、君の体力の無さはよく知ってるから」


「面目ない」



 道路端の壁に寄りかかったあと、ゆっくりと地面に座らせたあと、康平はいつでも動けるように立ったまま周囲を警戒しつつ駈剛に向けて小声で語りかける。



「駈剛、仮にここが領域の中だとして、何で反応が小さかったんだ? 」


(考えられる可能性は2つ。1つは領域の制約が殆ど無い、もう1つは現実に干渉可能な領域を持っているか。そのどちらかになる)


「順番に説明して」


(怪異どもが遊戯をする際には、必ず領域内に制約を設けなければならない。最低限でも対象が領域内から脱出するための勝ち筋を用意しておく、というようなものだ。例えば俺様の鬼ごっこでも、対象が逃げるための10秒を設け、30秒以内に相手に触れなければ負けると定まっているだろう。他にも幾つか制約はあるがな。

で、話を戻すと制約を殆ど設けていない領域は怪異自身の力を強めるが、同時に領域の力が弱まり脆弱性を生み出す。故に反応が小さくなる)


「もう1つは?」


(本来領域は現実の環境を模倣しているが隔絶された1つの世界だ、干渉などまず不可能。だが偶に怪異が現実に干渉する性質を持った領域を所有することがある、その場合現実と領域の境界線が曖昧な状態になり、反応が読み取りづらくなる。故に結果として反応が小さくなるというわけだ)


「ちょっと整理させて」



 意外に長々としていたため少しばかり思考に時間を充てる。駈剛の話をもとに多少整理すると、領域の反応が読み取りにくくなる場合は2つに分けられており、1つは領域の持つ制約の少なさによる弱い領域であること。もう1つは現実と領域の境界線が曖昧となり融合した領域であるというものが今回反応が小さかった原因のどちらかだということ。



「ん、取り敢えず纏まった。だとすると今回の領域は後者になる、のかも」


(同意見だが、根拠は?)


「1番の理由はいつの間にか侵入していたって所、領域に入る際の不快な音も無かったから。あとは……入ってみて思ったけど、今回の怪異は僕らを惑しているのかもって」


(実際に怪異の存在を見るまで何とも言えんが、俺様も概ねそんなところだ。態々領域に脆弱性を持たせる利は無いからな、恐らく怪異の性質に適した領域が現実と干渉するものなのだろう)


「で、ここからどうするかなんだけど……」



 濃霧に包まれた景色に対してあちらこちらに視線を動かしてみても、一旦両瞼を閉じて耳を澄まして何かを聞き取ってみようとしてみても、何も見えず何も聞こえずまともな説明が無い。今行われている遊戯がなんであるのか、そもそもここが領域なのかさえも少々怪しくなってきている。下手に動けば益々迷ってしまいそうな世界で取る行動は、待つ事と彼がここに居ることを尋ねることぐらいだろう。


 一度思考を切り替えて、康平は休憩中の東堂に向かってここに訪れた経緯などを尋ねたところ、彼はこう答えた。



「……気になってね、君が突然何かに駆られるように走っていったのを見て。そこから好奇心の赴くまま君を追いかけようとしたけど、速すぎてどこに行ったのか分からなくなりかけてた所で、霧が辺りを包み込んでいるのが見えてね。何かヤバいと思ったりもしたけど、君を置いていく事も出来なかったからそのまま進んでいたら合流できたということさ」


「そっか。でも今度からは危険だと思ったらすぐに逃げた方が良いよ、自分ではどうしようも無い事に関わるとロクな事にならないしさ」


「自分ひとりならそうしただろうさ。でも──」



 眼鏡越しに康平を見やる双眸には、彼の意思の強さを現すようにあった。



「友達が危険な目に遭ってるかもしれないのに、無視なんて出来るものか」


「……ありがとう」


「当然のことさ。それよりも康平君、さっき」



 東堂は続けて何かを言おうとしていたところで、それを遮るように2人の耳に入ってきた“ペタ”という何とも分からぬ音。半ば反射的に道路の方へと視線を移した先で霧の中からゆっくりと出てきたのは、形容する事さえままならない1匹の生物のような怪異であった。


 細長い両腕でその肉体を引きずり地を這って移動するだろう、頭部の一部以外が灰白色かいはくしょくで染められた皮膚を持った何か。脳の辺りには黒茶色の被り物をしており、上がっている口角を崩すことなくそれは1つ目で康平と東堂を動かずにじっと見つめていた。


 この時点で2人には嫌な予感がしていた。しかし互いに何をするでもなく動かずに見つめ続けており、一向に何か動かずに遅く感じられる1分を過ごす。硬直状態が続く中、若干警戒心が解けつつある東堂とは対照的に康平は彼を連れてここから逃げる準備を、目の前に居る怪異から視線を逸らさずに行おうとしていた。



「……東堂君、刺激しないようにゆっくり立って」


「湖里君?」


「お願い。ここから逃げなきゃ、何だかまずい」



 気がする、と言おうとして目の前の怪異は突如絹を裂くような甲高い叫び声をあげた。呆気に取られた2人を他所に何度も何度も叫び声をあげる目の前の怪異から嫌な予感をひしひしと実感している最中に、右側からペタペタと連続性を伴いながら霧の中を移動する音。数からして1体だけではない、そう判断した康平はすぐに東堂を抱える。



「湖里君!?」


「良いから掴まって! 逃げるよ!」



 康平はすぐにその場から離れる。人ひとりを抱えながらにしては速すぎる速度で逃げ去った2人を叫びながら追いかけはじめ、後から続くように幾つもの叫び声が2人を追いかけている。後ろを振り返ると霧によって何も見えなくなっているが、未だにそれは聞こえており油断ならない状況に陥っていることを嫌でも理解した。


 不意に抱えられたままの東堂は康平進行先の方を見て、霧の中から迫り来るものにかろうじて気付いた。5mの視界範囲に入った3体の怪異がこちらに向かってきている。



「湖里君、前!」



 視線を戻した康平の目にも前方から迫るそれらに気付き、咄嗟に叫んだ。



「跳ぶよ!」


「へっ? ほおおおおっ?!」



 康平がそう言ってすぐ、視線が高くなり迫っていた3体の怪異が小さくなった。成人男性の上半身ほどの体躯だったものが康平の前腕の半分程度の大きさに見えるほど高く跳び、あれらからかなり離れた後方へと着地。また霧の中を走っていくが、今度は曲がり角に入り怪異の目から逃れる算段へ切り替えた。


 なるべく入り組んでいる道を選んでいるが5mより先の視界は霧により見えず、発見次第片っ端から急激な方向転換を行いつつ、障害物を無理くり避けて進んでいるためか、今の康平でも疲弊の色が現れ始めていた。そうして路地などを進んでいる内に、道が開けた空間に続いていることを確認すると、康平は一度出口付近で急停止し、見える範囲に何が居るか確認する。とはいえ見える範囲が限定されている事も相まって、結局その路地から出てゆっくりと調べなければならない。



「湖里君、湖里君」


「ん?」


「降ろしてくれ、流石に今の君の負担は減らしたい」


「またあのか……バケモノが来たらすぐに逃げられる方が良い、大丈夫だから」


「その大丈夫は信用ならない。つい先日見た君の異常なまでの身体能力や体力でも、口から息を吐くぐらいの疲労は重ねない方がいい」


「でも」


「大丈夫、確かに自分の体力は平均より低いことは承知しているさ。ただ君も休むべき時は休んだ方がいい、それに周囲を確認するにも目は多い方が良いだろう」


「それはそうなんだけど……」



 言い分は正しい、本来はこうした不可思議で不可解な空間で動く場合はなるべく周囲を見渡せる目は必要である。しかし2度も怪異と敵対した康平は今、素直にこの提案を受け入れるのは気が引けてしまう。ましてや遭遇した怪異の数もまだ不鮮明、何の遊戯かさえも判明していない。全貌がハッキリしない中で協力を仰ぐことも得策とは言い難いのでどうしたものかと悩んでいると、またもペタという軽い音が聞こえたためそのまま抱えて姿を隠した。


 下手に動くことも細心の注意を払わなければならない今、彼の言う通り体力を回復させておく必要があるので抱えたままの東堂を降ろす。まだあの怪異が移動している音は耳に入ってくるが、こちらに近付いている訳では無いらしい。やがてその音が徐々に離れていくと、2人は一時の平穏を得られた。


 溜め息をついて安堵したのも束の間、これからの方針が定まらないという懸念点がある以上このまま逃げ続けるのは得策では無い。どうしたものかと康平は考えていると、東堂は不意に携帯を取り出した。とはいえ康平は領域内では外部との連絡は取ることが出来ないことを知っているものの、その点を指摘するのはどうかと思っていた時、東堂の口から意外な事実が分かった。



「ふむ、電話は無理そうだがネットは使えるのか」



 驚きを露わにしつつも、康平は自身の携帯を素早く取りだし実際に確認してみる。するとどうだろう、東堂の言った通り確かにネットが繋がっているではないか。



「本当だ……。でも、これって?」


(おそらくこの領域が完全な閉ざされた世界として成立するものではなく、現実と干渉する性質だからだろうな。とはいえこれで外部との連絡は一応出来るわけだ)



 それが分かれば話は早い。電話機能が使えないというならSNSやメールを使い、晴彦と内田の2人に向けて協力を扇ぐ内容のものを送信し、返事を待つのみ。とはいえすぐに来るかは怪しい所ではあるが、僅かな希望は見いだせた。1つ安心していたところで東堂が康平にあるものを見せようとして近寄ってきた。



「湖里君、ちょっとこれを見てほしい」


「ん、なに?」


「今の状況と合致している検索結果が無いか探してみたんだが、もしかしたらというものが1件見つかった。少々オカルトチックになるがね」



 東堂の携帯画面に映し出されている検索結果を確認してみると、背景が青黒くどこか恐怖を煽るような色合いになっており、そこに幾つもの短い文章──まるでこの中で会話でもしているかのようなものばかりが記載されていた。



「これは?」


「オカルト・ホラー板のあるスレッドなんだが、ざっと見た感じ、どうにもこの状況と当てはまるものがあったんだ」


「……いた? スレッド?」


「あ、そこから知らない感じなのか」


「ごめん、全く」


「こういうのを見たことも全く?」


「無いね」


「なるほど……なら少し説明しようか。まあ簡単な話、不特定多数の人間と交流するためのツールと同じものだ。話題をこの掲示板に投稿し、それに興味ある人間が自分なりの意見をコメントしたり出来る」


「へぇー。それで、この掲示板? には何が書いてたりするの?」


「どうもこの空間らしき場所に迷い込んだと思われる人物の内容になっているな。幾つか抜粋したものを言うぞ」



 そのスレッドから現在の状況と一致している点として、某市の東区にある町に訪れた際に突然霧が辺り一面に発生していたというもの。ただそれに気付くまでその人物はその霧が梅雨が近いから、という考えであったために特に気にしなかったらしい。ただその霧が濃くなり、5m先から見えなくなっていく辺りで異変に気付いた模様。


 掲示板を立ててこの状況を知る有識者に聞いてみたが、お目当ての情報に辿り着くまでにパーソナルデータやそうなった経緯について訊ねられていたため割愛。読み進めていくと2人が体験したあの怪異に追いかけられた内容を、何度か打ち間違いを訂正しないまま投稿していたようだ。この時点でかなりの焦り具合が見て取れる。


 ただ、その不特定多数の人間からすれば到底受け入れ難く、濃霧に包まれた景色の写真は投稿されているためまだ信用する事は可能だが、あの怪異に関してはこの投稿者の目撃情報しか存在していないためガセネタでは無いのかとの反応を示す者が多数居た。


 とはいえ投稿者は一刻も早くこの空間から抜け出したいと考えていたようで、あの怪異が近くに居る時はペタペタと少々粘着気味の音がすることを見抜き、脱出を試みた。そして東堂が次の内容を言おうとしていたところで、あの絹を裂くような甲高い叫び声が遠くから聞こえたため2人は身構えた。



「かなり遠いな。他にも誰か居るのか?」


「……! 東堂君、今すぐここから移動する準備を。」


「湖里君?」



 険しい表情へと変わった康平がすぐに立ち上がり、一体どうしたことかと尋ねようとしたと同時に彼は後ろに振り返り咄嗟に叫んだ。



「東堂君、後ろ!」



 咄嗟に後ろを振り返ると、東堂の眼前にまであの怪異が迫っていた。突然のことであったため頭も回らず、飛びかかる怪異に為す術なくやられると思い目を閉じた。


 しかし一向に何かがぶつかってくる気配も、何かが掴んでくる気配も無かったため恐る恐る目を開くと、痩せ細った手で掴もうとしているギリギリの位置で停止しているではないか。



「東堂君! こっちに!」



 どういう事か判断する前に、康平の一声で我に返りその怪異から離れる。東堂が彼を見ると、何やら怪異に向けて右手を突き出し、微妙に腕が震えながらも掴むような形で維持している。色々と聞きたいことが出来たが康平のもとまで近付き、空いている左腕で東堂を抱え込んだ彼はすぐにその場から離れ去った。同時に怪異も動き出し、甲高い叫び声を挙げたあと2人を追いかける。



「湖里君、君は……」


「話はあと! それより、今からさっき甲高い叫び声が聞こえた方に向かうよ!」


「なっ、何を考えてるんだ君は?! わざわざ敵の方へ近付くなんて!」


「ここに迷い込んだのは僕らだけじゃない! あの時警察から訊ねられた、もう1人の迷い人がここに居る!」


「……まさかっ!」


「全速力で行くから、舌を噛まないように口閉じてて!」



 康平はそう言って、今よりも更に速く走り始めた。受ける風圧がかなりのものになっており、東堂は目を閉じなければかなりキツイ様子だった。かろうじて分かったのは、およそ人が出せる速度から見える景色の動き方をしていなかった。乗用車にでも乗っていると言った方が良いだろうか。ともかく、康平は急ぎもう1人の迷い人を救うために走っていく。




───────────────────────




 ここに1人、まだ言葉を発することも歩くことも拙いであろうほどの幼子が居た。この子は家族と一緒にメロンフェアに来ていたのだが、初めて見る人の多さや町の賑わいによってどこか興奮していたのだろう。また、何が起きているのかきちんと理解しておらず両親に連れ回されることに多少の不快感もあったのだろう。未知なる世界へと好奇心の赴くまま飛び出したかったのだろう、実際に家族の目がほんの少しだけ離れた隙に飛び出して行ったのだから。


 しかし現実は無情であり、突然見える景色が無くなり全てが霧によって包まれると途端に不安に襲われた。ここには愛してくれる両親は居らず、他の人さえも居ない。あちらこちらと彷徨いながら、ここに居るわけの無い両親を泣きそうになりながら探していた。


 とはいえ動き回れば疲れてくる。体力的にもまだまだ発展途上であるこの子は、今まで動き回っていたことにより疲弊し道路に座り込んでしまった。誰も見えないこの世界でそうしていると、突然どこからからか聞こえ覚えの無い甲高い叫び声が響いた。驚いて慌てて立ち上がり、座っている場所から離れると一軒家の壁が見えそちらまで歩いたところで転けてしまった。


 膝小僧や手のひらが擦りむけ、若干血が滲みはじめる。それ以上に伝わる痛みによって、今まで我慢していたものが決壊し倒れたまま泣き出してしまった。何処にも居ない両親を探していたのに、一向に見つからない事実を受け入れることが出来なかったのだ。おそらく大人であったとしても、この霧に包まれた世界をなんの宛も無く動き回るリスクを考えると、到底動けはしないだろう。泣きたくなってしまうだろう。


 そうして泣き続けている中、その子どもは気付かなかったが粘着気味に鳴る何かの音が近付いていた。そしてその音の正体が見える範囲にまで近付いた途端、怪異はその場で叫んだ。ここに獲物が居ると周りに報せるために。子どもはまだ痛みもあるのに、その上何か分かりもしないバケモノの甲高い叫び声によって更に泣きじゃくった。


 それからすぐ別の場所で同じく甲高い叫び声が聞こえたが、今この場に居る怪異は子どもを捕らえるために近付いていく。動きもしない獲物など、素早く動いて労力をかけるつもりも無いと示すかのように、ゆっくりと。


 怪異が子どもの近くまで寄って、その細長い腕と手で掴もうとしたその時。怪異は何かが勢いよく風を切ってこちらへと迫っていることを感じ取った。かなりの速さで近付いてくる何かを確かめるために、怪異はそちらに視線を向けてじっと見つめた。その正体とはすぐに相まみえた。


 突如霧の中を突っ切って現れたのは、1人の人間だった。車と同等の移動速度で現れた人間は、後ろに誰かを抱えたまま右手を突き出し怪異を掴むような形をとる。すると子どもの傍に居た怪異は身動きが出来なくなり、迫り来る人間に対してなんの対処さえもせず頭を踏んずけられ颯爽と逃げていった。


 人間が走り去っていくと縛られていた感覚は無くなり、すぐにそちらの方向へと振り向いた。するとどうした事か、いつの間にか狙っていた子どもが居なくなっているでは無いか。先の人間が走り去っていった方向と、子どもが居なくなった場所を交互に見やって怪異は叫び声を挙げた。獲物を盗られた、絶対に許さないとでも思っているのだろうか。叫び声を挙げながら人間が走り去った方へ駆けていく。


 何やら地に足が着いていない感覚と、浴び慣れない風。そして誰かに掴まれている感覚を知った子どもは、目を開きその正体が誰なのか視線を上にあげた。そこに居たのは誰とも知らぬ男の人、右腕で子どもを抱え込み左腕で背中に誰かを背負っている知らぬ人間であった。



「湖里君! 次はどうするつもりだ!?」


「このまままた入り組んだ場所に入って敵の目を撒く! 逃げ切れたらどこかで休みながら、あのスレッドを見て何か対策を立てる! 今はそれしか方法が無い!」


「分かった、頼む!」



 そう会話を交わしたあと、2人を抱えて走っている康平は子どもの方へと視線を向けたあと、直ぐに視線を戻す。



「怖かったね、もう大丈夫」



 子どもを安心させるように抱えながら右手で背中を軽く摩る。涙や鼻水で服が濡れながらも、絶対に離すことの無い力強さと人の暖かさを感じてか、子どもは泣き止んでいた。


 この時はまだ何事もなく帰ることが出来ると皆そう思っていた。決してそうなるなど、何処にも保証するものは有りはしないのに。

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