第11話 回り廻りて流れ尽き

 午後1時50分、琥蒲第三小学校近くの小さな喫茶店に先んじて入店している康平と晴彦の2人が人を待っている。少し早く着いてしまった為この僅かな時間を潰せるものが無いか少し考えていたが、そう考えていたところで待ち人である内田が入店してくる。特に何の苦労もなく2人を見つけた内田は、彼らの向かい側の席に座り注文を尋ねてきた店主にホットコーヒーを注文し、ひとまずの自己紹介を済ませた後に本題へと入る。


 今回集まったのは他でもない、この3人が遭遇した怪異に関わる全てを交換し合うため。まずは康平から語られる──前に店主がホットコーヒーを持ってきていたため一時中断、珍しい集まりであった為に気になって店主は訊ねたが、話す内容が内容であるため“学校の課題で職業に関するあれこれを調べている”という建前を用意しつつ、それをもとに話を展開していき、ちょうど良いタイミングで他の客がやって来たことでそちらの対応をするために3人から離れた。


 本題に入る頃にはちょうど集合時間の午後2時を示していた。早めに集まっていた事が少しだけ良い方向に回っているらしいが、それはさておき本題である怪異について康平は現在知る情報を伝えていく。最初にあの異質なバケモノの事を怪異と呼んでいること、つい1ヶ月ほど前に石禾町で似たような怪異と遭遇し解決に導いたこと、ここ数年で起きている異常な事故などに全て怪異が関係している事を前置きし、前日に起きたことについて話を進めた。


 その話を聞いていた内田も本来であれば眉唾な話だったり、単なる空想や妄想の類だと一蹴するのはとても簡単な選択肢を取る。実際の出来事を見聞きし、あまつさえ被害者となった人物をその目でハッキリと見ているのだから否定しようが無い。ただ一夜明けているとはいえ、己の目で見たその事実を現実だと未だに認めきれない部分がある。



「……ひとつ、聞いてもいいだろうか?」


「なんでしょう?」


「もし、君たちの言っている事が全て事実なのだとしたら、それを証明できるものを見せて欲しい」


「……えっ? い、いやいやちょっと、待ってください!」



 隣に座っていた晴彦が有り得ないものを見たような、そんな表情と反応を露わにする。ただその声の大きさはこの小さな喫茶店ではよく響く、それに驚いて店主も入ってきた客も3人の方を見やり、気付いた晴彦もバツが悪くなりながらも簡単な謝罪として礼を行い少しだけ間を空けると、内田に小声で問いただす。



「貴方だって、あの場所での出来事を見たでしょう?! それに今回の元凶の恐ろしい姿も! それを貴方は見ていた筈なのに、どうして……」


「君の言い分は当然の事だと思う」



 苦々しい表情のまま、1度コーヒーを飲みソーサーにカップを置いて内田はコーヒーの水面に映る自身の写し身を見ながら言った。



「確かに、あの異様な世界で異常な出来事を体験し、実際にその怪異とやらが人を襲うところも見た。あれは、現実なのだろう」


「だったら──」


「ただそれでも、自分が見ていた物が信じられないんだ。今まで追ってきていた事が全て、怪異という異常な存在によって証明されることも……今までやって来ていた事の全てが無意味なものになっているのでは無いのかという事も、全て」



 内田の視線はずっと、コーヒーに映る自身だけを見ていた。2人は彼の話をただじっと聞いていた。康平は何かしら思うところがあるのか、内田から視線を逸らしテーブルの一部へと向けながら思考する。



「今まで……今まで、事故防止のために様々な案を立ててきた。身を粉にして安全を心掛けるようにとやって来た……殆ど無意味な結果になっている事になっていたとしても、いつか続けていれば必ず形となって現れることを願いながら、ずっとやって来た。

それが……それが、警察でもどうしようも無い存在が引き起こしていた? この増加し続ける事故の全てが? そんな異常な存在を君らみたいな学生がやっつけて解決した? ハハッ……悪い夢みたいだ。今まで信じてやってきた事が、全て無意味だった? なんの冗談なんだと思っているよ」


「でも、それは──」


「分かっている」



 ただ静かにそう一言だけ告げた内田の表情は、2人から見えずにいた。ただ彼の手元にあるコーヒーだけが、本人の諦観による絶望の表情を映し出していた。



「分かっているんだ、そんな事は。その全てが事実なのかもしれないと……無意味なことをやり続けていたという現実だということも。だからこそ、今一度ふんぎりをつけたい。自分のやってきた事の全てが無意味だった現実を、受け入れるために」



 目の前の大人の発した我が儘に晴彦は悩んだ。今この場で内田を納得させることの出来るようなものは何も無い、どうしたものかと考えていると内田は悩んでいる晴彦に向けて次のことを言った。



「安心して欲しい。君らには協力する、それに変わりは無い……これは単なる我儘だ。自分自身を納得させたいがための、とても幼稚な願いだ。だから今すぐ証明出来るものが無くとも──」


「分かりました」



 内田の言葉を途中で遮ったのは、康平だった。内田が視線をそちらへ向けると、康平は何かを決めたような様子で彼を見ている。少しの間、康平の言っている事が理解できなかった2人であったが、それを気にすることなく康平は言う。



「今すぐ、でしたらちょうど良いものがあります。そちらをお見せすれば、貴方は納得されるのですよね?」


「……言っただろう。これは我儘だと、態々慰めにもならないような嘘をつかなくても良い」


「僕はこういった状況で嘘はつきたくありません」



 そう告げたあと、康平は自身の左手が開閉する様子を見やり1度両瞼を閉じたあと、開くと同時に視線を内田と晴彦の2人に向ける。



「今から見せるものは、僕と協力者の関係性を示唆するものとなっています。それを見て驚くとは思いますが、どうか心の内に留めるようにお願いします」


「協力者?」


「前回の怪異も、僕ら2人で解決に導いた訳ではありません。他に協力者が居たからこそ無事解決に至れたんです……もしも彼が居なかったら、僕らもこうして生きている事は無かった」


「でも康平君、協力者との関係って言ったって……この場に居ないのにどうやって」


「ごめん晴彦君、また謝らなきゃいけない」


「えっ?」


「実はもう、この場に居るんだ」



 その発言に呆気に取られる2人であったが、それを他所に康平は続ける。



「今から見せるものは他言無用でお願いします。そしてこれを見てしまったからには、貴方も晴彦君も本格的にこの事態に介入する必要がある……僕の秘密を守って欲しいので」


「秘密……?」



 1度だけ首肯した康平は、自身の左の手のひらを見せ2人に注目するように指示し、その秘密を見せた。案の定、というほか無かったが2人は驚愕の表情を見せ、それを見届けた康平は左手を膝上の位置に置いて言った。



「協力者は、僕と共に居ます」








 それからしばらくして、あの喫茶店で話し合いを終えた3人は明日の午後9時30分頃に作戦を実行することを決め、それぞれ帰路につくことになった。しかし道中、康平は晴彦と別れ付近にあった公園のベンチに座り誰にも気づかれないような小さな溜め息を1つ吐く。それに気付くのは自分自身と、康平の中に居る駈剛だけ。



(溜め息が多くなったな、あの男の話を聞いてから遥かにな)


「……うるさい」


(ハッ、否が応でも聞く羽目になるのだ。気になりもする。それで? 一体全体お前は何を憂いているのだ?)



 からかい混じりにそう言った駈剛に辟易しつつも、康平はベンチの背もたれに姿勢を預け見上げるようになった視線で空を見ながらポツリポツリと呟く。



「今回僕らが救う人達は……決して善人とは呼べない人達ばかりだ」


(あぁ、そうだな)


「寧ろ、在校生や学校や周りに迷惑をかけて、そんなことを反省すらしないような……そんな人達ばかりだ」


(お前の基準ではそうなのだな)


「……社会的に見ても、決して擁護されるような人達じゃない。そんな人達のために、僕らは動いて良いのだろうかってさ」


(放っておけば、お前の母親が危険な目に遭うぞ。死ぬやもしれん)


「分かってるよ、そんなこと。でも……救うべきなんだろうかって、考えてる」


(ようは見殺しにしても良い人物ばかりであるから、救いたくないと)


「……まぁ、そんなところ」



 しばしの間、康平も駈剛も話すことは無かった。ただただ外部の環境音だけが流れ、静かに時間だけが過ぎ去っていく。鳩が1、2羽ほど康平の足もとにやって来るが、すぐにそこから離れて行ったのを見届けた辺りで駈剛から話しかけた。



(なぁ、1つ聞くが)


「なに?」


(お前は因果関係について考えたことはあるか?)


「いや本当になに? いきなり因果関係って、どういう事?」


(まぁ話は最後まで聞け)



 姿は見えないが駈剛は喉を鳴らして前フリを行い、これから本題に入るぞと言わんばかりに示したあと、話を続けた。



(俺様が覚えている限りでは昔お前が居た時はそういった事、今回の怪異に襲われる事になった人間共があの学校と関わる事は無かったのだろう?)


「まぁ、僕が覚えてる限りではだけど。昔在校していた時はそういった話は聞いてない」


(でだ、お前が進学して時が経つとそういった人間共が増えていった訳だ。ちょうど怪異が発生したのも、その辺りの時期と見て間違いないだろう)


「……だから?」


(感の悪い奴め。要はだな、お前の嫌う人間共が増えた要因はのでは、というやつだ)



 駈剛がそこで言い終えると、2人の間に数秒の余韻が生じた。そして不思議そうに訊ねる康平が、この話を再開させるのであった。



「有り得るの? そんなこと」


(よくある話だ。例えだがある所に不幸な人間が居たとしよう、しかしその不幸の要因が其奴自身が悲観的だからとか周囲の環境がそうさせているとかでは無く、別の要因がそうさせているから不幸になっているという事例は多い。人間であるお前らは気付くことさえ殆ど不可能だがな)


「……じゃあ、なに? 学校や在校生が今回の被害者達に迷惑を被ったのは、別に僕が気付かなかったとかじゃなくて、その頃に怪異が発生したから引き寄せられたって言いたいのか?」


(そこまで気付けば後は分かるはずだ)



 康平は考える、もしもそうであったとしたらと。しかし長年そういった怪異やらの話にはとことん詳しくない人間の代表格である康平にとって、その考え方はある種の逃げのように思えて仕方がない。踏ん切りのつかない様子を見かねてか、駈剛は更に続けた。



(全く……考えてもみろ。お前が在学していた頃にそういった輩の話は聞いたことなど無かったのだろう? そして進学しあの学校から離れた後に怪異は生まれ、その影響によりお前の嫌う人間共の話が増えた。つまるところ今回の怪異が全ての要因である可能性は十二分に有り得るのだ、それを倒せばお前の母校で起きている悪循環は少しずつだが消えて無くなるのだぞ? 何を躊躇うことがある)


「……全てが怪異の仕業、という訳でも無いはずだ」


(だが今回は怪異が要因であるのは間違いない)



 暫しの間、思考を巡らせた。もしそれが本当だとして、仮にあの学校に巣くう怪異を倒したことでそうした人間の話を前のように聞かなくなるのは……と、そこまで考えて特に意味の無い否定意見が出てしまうのは康平の性なのだろうか。



「……根本的な解決になっていない」


(あっ?)


「たとえ怪異を倒してその悪循環が消え去ったとしても、結局そういった輩は居るままだ。怪異を倒した先で消えていくわけじゃない」


(……はぁ、今はそこに拘るところでは無いぞ。まぁ確かに、俺様たちが怪異を倒したところでそういった輩が消える訳では無い。だがそこまでやる必要も俺様たちには無い、今回はあくまで怪異を倒し俺様の力を取り戻すためにしているに過ぎん。目的を見失うな。それにだ──)



 今まで姿を現さなかった駈剛が、ここで初めて姿を見せ康平の背後に周り囁くように言う。



(そういった輩は、後でお前が裁けばよい。今は守るべきものとやるべき事のみに注力しろ、良いな?)


「……態々こうする必要はあった?」


(一々揚げ足を取るな、鬱陶しい)



 多少の軽口を叩けるぐらいには踏ん切りがついたようで。駈剛の発言を康平は頭の中で反芻させ、少しの間だけ目を瞑り何かを考えたあとベンチから立ち上がり、アパートへの帰路へとつく。



(ようやく動いたか、全く面倒な奴だ。お前は)


「うるさいな、自分でも面倒なのは分かってるよ。……けどまぁ、ありがとう」


(礼を言われる覚えなぞ微塵も無いがな)


「あぁ、そう」



 素っ気ない態度ではあったが、駈剛の言葉で康平は一応ではあるがやるべき事をやると区切りをつける事が出来た。何を思い、何を考えたのかは駈剛も分かりはしないが、兎にも角にも今回の事態が解決に導かれるのは決まった事となったようだ。








 そうして迎えた翌日。天気はあまり良くはなく、雲が全てを覆い隠すような空模様であった。とはいえ予報では雨が降る訳ではなく、それはまた明日の出来事となる。そんな日ではあるが康平と晴彦は本日の予定では塾を終わらせたあと、すぐに琥蒲第三小学校前に向かう事になっている。帰りが遅くなるのは致し方ないが、親を待たせてしまうのは少し悩ましく思いながらも事態の解決が優先と考えて行動することにした。


 内田も今回仕事の番ではあるが、時間を見繕って集合場所に来てくれると前回の話し合いの際に言っていたので、何か特別なことがない限り来ないことは無いだろう。一応何かあった時のためにSNSは交換しているので、そちらで分かるようにはなっている。


 その予定とは裏腹に、学校生活では特に何事も無く授業担当者の話が進んでいく。隣で寝惚けている幼馴染みを他所に、次の期末テストに出るであろう箇所の要点を調べたりしながら知識を蓄えていくことを忘れない。


 こうして時間だけが流れていき、学校も終わり塾の時間も終わりを迎えて、特に内田からの連絡もなく予定通り康平と晴彦は琥蒲第三小学校前まで辿り着いた。時刻の都合上、僅かにある街灯の光だけがその場を照らしており周囲と隔絶されているような雰囲気だけが漂う。その街灯の下で待っていると1台の車が彼らの近くに停まり、その運転席から内田が降りて来た。互いに見合った後に学校の壁に3人が近寄り、康平はバッグから園芸用ショベルを取り出す。



「準備は良いですね? 作戦は覚えてます?」


「あぁ、大丈夫だ」


「晴彦君も良い?」


「準備は出来てるよ」


「なら、始めましょう」



 その直後、康平は園芸用ショベルを両手で持ち刃先をぶつけるように勢いよく振り下ろした。学校の壁に傷がつくが、それでも構わず続けて2度、3度と繰り返していく。金属の当たる音が響き何も知らぬ人物が来ないかと内心ヒヤヒヤしながらその様子を見届けていると、5度目に差しかかろうとしたところで異変は起きた。



かーごーめ、かーごーめ。

   かーごのなーかのとおりぃはー



 かごめ歌が3人の頭の中で聞こえてくる。上手くいったと僅かに安堵したのも束の間、ここからが本番であると気を引き締めた。



いーつ、いーつ、でーあーう。

   よーあーけーのばーんーに


つーるとかーめがすーべーったー


うしろのしょうめん、だーぁれ?



 言い終わった直後、3人の頭の中で黒板を引っ掻くような不快な音が鳴り響く。またも同じく康平だけがかろうじて立っていられており、不愉快極まりない音が頭から消え去る頃にはまたも視界は自分たちが屋上に居ることを示していた。



「あなた達、またここに来たの?」



 少女の声が聞こえる。そちらの方へと視線を向けると今回の元凶である怪異、七不思議の7つ目と対面した。康平の手にある園芸用ショベルをチラと見て、どこか呆れたように目の前の怪異は言った。



「わざわざ自分から襲われに来るなんて、変な人達。まあ私は遊ぶことが出来ればそれで良いんだけど」


「自分の欲のためにこんな真似をしているのなら、それを懲らしめに来るのは当然の事だと思わないのか?」


「アハハハッ! 変なお兄ちゃん! どうやって私を懲らしめるっていうの? ただの人間のくせに」


「ああ、普通では無理だ。だから、お前の遊びで僕が勝つ」


「……へぇ?」



 そう言ってのけた康平の目の前に、いつの間にか移動していた怪異は何も映さぬ真っ白な目を康平へと見えるように、浮いて視線を合わせる。浮いたことに対して晴彦と内田は驚く様子を見せるが、真っ白な目を康平はただ見続けていた。



「そんな風に言ったの、お兄ちゃんが初めてよ」


「勝つ自信がある、そのために策も用意してきたからな」


「ふぅん……だったら、いますぐ遊ぶ?」


「その前に、条件をつけさせろ。遊ぶのはそれからだ」



 康平が提示した条件は3つ。1つは3回戦勝負して1度でもこちらが勝つことが出来れば、康平たちの勝利とすること。1つは何があったとしても再戦をしてはならないこと、結果は結果とする。最後の1つは、鬼を康平1人だけにする。これだけの条件を提示しているが、怪異は特別悩む様子もなくその条件に是と意思を伝えた。



「まぁ別に、3回全部私が勝っちゃうから良いんだけどね。バカなお兄ちゃん」


「バカかどうかは、遊びを終えてから決まる事だ」


「強がりもそこまで言うと妄言に聞こえるよ、精々死を覚悟してなさい。……にしても、人数が少ないわね。少し遊ぶ人を増やそうかしら」



 そう言って怪異は両手を上げると、いつの間にか異常な数の人型の何かが屋上に蔓延っていた。その全てがノイズに覆われている為かろうじて人の形をしているのは分かるが、それらが何であるのかに関しては少しだけ考えた結果、内田が予想を言った。



「まさか……この人型は全て、被害者か?!」


「んー、被害者? この人達はみーんな、この学校に危害を加えてきた人ばかりだよ。えーっと確かこの人の名前は……ヤマ、ロク──」


「ッ、山県陸朗か!? 」


「そうそう、そんな名前だったわ。この人は学校がうるさーいって喧しくしてたのよ、自分がうるさいのに何を言ってるのか意味不明だったんだけど、この学校に危害を加えてくるからここに閉じ込めたの。魂だけね」



 内田の想像通りであった。おそらくここに居る全ての人型は被害者の魂であり、この怪異によって魂だけ抜き取られ延々と囚われている。その数は優に20を越えているようで、怪異は誰も何も言ってないがその魂を捕らえた理由を説明し始める。



「この人はー、夜学校の壁におしっこしたから捕まえてー。この人は学校の子たちに怒鳴り散らしたから捕まえてー。この人は……ああ、勝手に学校に入ってきて色んな子に迷惑かけたから捕まえたんだ」


「……まるで自分が正義の味方とでも言いたげだな」


「そうよ、だってこの人達が生きてると色んな人に迷惑がかかるもの。だったら捕まえておく方が皆にとって良い事じゃない?」



 怪異はあっけらかんとそう言ってのけた。確かにこの怪異が捕まえているのは社会的に見ても何をしているんだと言いたくなるような人間ばかりであり、生きている限り迷惑をかけ続けるであろう人物も居た。ここに居る魂の1人や2人が消えても、誰も気に止めはしないのだろう。だが康平はその怪異の発言を一蹴するかのように答えた。



「はッ。御大層な言い訳ばかり並べて自分を正当化してるだけだろうに、原因がお前自身にあると気付きもしないで」


「……はっ?」


「昔僕はここに在学していたけど、そんな人に出逢った事も話を聞いたこともなかった。でも僕が卒業してからその話が増えた、お前が生まれたのもちょうどその頃だろ」


「何が言いたいわけ?」


「お前が生まれたから、悪い人が増えたって事実にまだ気付いてないんだな。滑稽だよな、この学校に不審者が生まれ続ける理由がお前が生まれたからだって」



 その発言で、どうやら怪異は怒ったようだ。その怪異から発せられる紫色のモヤが色濃く周囲に放出されており、それらが魂たちを直撃し苦しみ悶え始めた。そして晴彦と内田の2人もそのモヤに当てられて調子が狂い始めた。ただ1人、康平だけを除いて。



「……あなた、よっぽど死にたいようね。そこまで言えるのなら覚悟は出来ているんでしょうねぇッ!?」



 怪異が少女の姿から変化し、亡者のような容姿へと変わる。綺麗な髪の毛は宙に浮きボサボサに逆立ち、四肢が長く伸びて骨が見えるほど痩せ細り、両手も細く長くなり爪も鋭利となった。極めつけに顔は肉が消え失せ骸骨の形に沿うように皮膚が張り付き、白ばかりの目は血管のようなものが浮き出て歯が全て鋭利なものへと変化した。変わり果てた姿を見ても尚、康平は億さずに言った。



「ならやってみろ、お前の得意のかごめ歌で勝負してやる」


【その言葉、後悔しないことね……!】



 今ここに、怪異と人間の命懸けのお遊戯が始まった。

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